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58.桐塚優乃は敵地に乗り込む

 いつもより少し短いです。

 

 天煌宮の中心に一点の曇りのない黒と白の鉱石で作られた建物がある。これが大公の宮。冥耀宮めいようきゅうって名前らしい。向かって右隣にあるのが、白と淡い紫の宮。これが正妃ウィスプ様の宮、彗燐宮すいりんきゅう。反対の左隣に一回り小さく建てられている六つの宮には側妃様たちがそれぞれお住まいなんだって。

 天煌宮の敷地内には他に公子・公女様方の宮とその配偶者たちの宮がある。大公の孫と言えるヒトたちは、成年を迎えていれば独立して城下町に屋敷を構えているらしい。

 余談だけど現在あたしの宮も建設中らしい。なぜなら、あたしが今暮らしているのって、冥耀宮の一室なんだよね。大公と同じ屋根の下で暮らすとか冗談じゃないから。

 それくらいなら、大人しく新しい家をもらうよ。なるべく質素にしてください、台所・リビング・寝室・風呂・トイレがあれば十分です、とは言ったけど受け入れられるかどうかは非常に怪しい。これだけあれば暮らしていくのには十分すぎるんだけどなあ。

 参考にしたのは昔、いつか家を出て一人暮らしをするとしたら、と考えた1LDKのアパート。広すぎると掃除が大変だし使わない部屋も出てきそうだしね。


 話が逸れた。


 えっと。あたしが今いる場所は、冥耀宮の裏に木々に囲まれて建っている宮。紗璃宮しゃりきゅうっていう大公の愛妾たちが住んでいる建物。

 紗璃宮には、大公の愛妾’sがまとめて暮らしている。後宮みたいなものだね。彼女たちには、一人一つの宮は与えられない。入れ替えもそれなりにあって永住するわけじゃないから、おかしくはないけどね。

 もらえるのは、大公の子どもを無事に産んで側妃になった時。側妃になる条件は、大公の子どもを産むことだっていうんだからびっくりだ。


 不気味なほど静まり返った紗璃宮をあたしは進む。先導するのはアザラッツとレジーナさん。あたしを挟むようにアネットさんとマアラさんが続いて最後尾をニイルがついてくる。

 すでにあたしが行くことは伝わっていたみたい。愛妾たちどころかここで働いているヒトたちの姿も見えなかった。要所要所には衛兵が立っていたけどね。彼らは一礼すると、無言で道を開けてくれた。

 転移陣の間からあたしたちが出てきたときも、慌てず騒がずすんなり通してくれたよ。

 これは、大公の根回し、とみるべきかな。いくらあたしが公女だからって、大公のプライベートゾーンにずかずかと入っていけるとは思えないもん。

 レジーナさんが問題ない、と太鼓判を押してくれた理由もそのあたりなんだろうな。あたしの行動は大公公認ってことか。

 あいつの手のひらの上って感じで、面白くない。むかつくんだけど、この差が現実なんだよね。


 くっそう。いつかぜええええったい見返してやるんだから!


 紗璃宮は二階建ての建物。一階と二階がそれぞれ大きく四つに区切られている。玄関ホールから北東、北西、南東、南西、それに二階に続く階段へと廊下が続いている。その先には、愛妾が住む部屋の他に侍女の部屋や風呂、食堂などがそれぞれあるらしい。ニェンガが与えられているのは、二階の南東にある部屋だった。

 階段を上った先は、玄関ホールと同様円形のホールがありそこから四本、学校の廊下くらいの幅の廊下が伸びていた。

 その中から南東にある廊下を選ぶ。

 先を進んでいたアザラッツが、一歩廊下に足を踏み入れたところで歩みを止めた。


「アザラッツ?」

「よかったな。盛大なお出迎えだなぜ」

「あれのどこがいいわけ?面倒なだけじゃん」


 皮肉を込めたアザラッツの言葉に、あたしはため息をついた。

 アザラッツの視線の先、十メートルくらい向こうにプレートメイルが立っていた。手には剣を持っていて、すでに臨戦態勢だよ。殺気を隠そうともしない。

 そして、彼の後ろに続く道を数十匹はいそうな魔獣が興奮した様子で道を塞いでいた。

 のっぺりとした人面に近い顔のうしろに胴の太いトカゲのような赤黒い身体がある。前足の上部からは腕が生えていて先はカニの鋏みたいだった。知能は低いけど本能で魔力を操るゼハウドっていう下級魔獣の一種だったかな。

 正直、可愛くない、というより気色悪い。RPGに出てくるモンスターそのものだよ。


「なんで、魔獣がいるかなあ」


 衛兵たちは何をしているのかな。こんだけうじゃうじゃ魔獣がいるんだから、普通気づくでしょ。


「魔獣をここに持ち込むなど、非常識極まりない者ですね」


 いつもより一段低い声音のレジーナさんが怖い。

 よりにもよって、大公の宮の目と鼻の先にある場所に魔獣が侵入しているんだもん。腹立たしいんだろうなあ。彼女、あたしのところに来る前は大公の侍女だったらしいからね。

 青筋立てていても不思議じゃないって雰囲気。


「どうせ、大公様が衛兵たちに手出しさせなかったんでしょうね」

「楽しまれて……いらっしゃる……」


 アネットさんとマアラさんも似たような感じだ。ただし、怒りの矛先は若干違うらしい。

 そうか。衛兵さんたちあたしたちだけじゃなくてニェンガ関係全部に手出し禁止令が出てるんだね。紗璃宮が静まり返っているのって、余計な面倒事に関わりたくないっていうことへの表れだったりするのかな。

 なんにせよ、あたしがやる事は決まっているんだよね。

 まずは、目の前の邪魔者をどかさないと動きようがない。


「ねえ。一応聞くけど、通してくれない?」


 無理だとは思うんだけどね。無駄な争いは避けようって思っちゃうんだよねえ。

 案の定、プレートメイルは馬鹿にするように鼻で笑ってくれたよ。失礼な奴。


「この状況を見て言うか?」

「いや、だってねえ。もう大公にも見捨てられているんだし、これ以上抵抗して罪を増やす必要はないんじゃないか、と思うんだけど」


 宮の中に魔獣を入れているだけでも罪状増してるよ。迎え撃つ気満々みたいだけど、仮にあたしたちをどうにかすることができてもその後のこと考えてないよね。全部ばれているんだから、逃げることも言い逃れることも絶対無理だって。


「どの道、生き延びる術はない。ならば、始めたことは最後までやり通すだけだ」

「うっわ。迷惑な初志貫徹。やめてほしいんだけど」

「だな。ユウノ先行けや。ここは俺らがやるからよ」


 アザラッツが幅広の短剣を抜いた。アネットさんとマアラさんが武器を構えて、彼の横に並ぶ。


「三人じゃ危ないよ」

「問題ありませんよ。あの程度の魔獣ごときわたくし一人で十分です。マアラには念のためにアザラッツのサポートに回ってもらうだけですよ」


 アネットさんが今日の夕飯は肉じゃがですよ、的なノリで言えばマアラさんも薄く笑って頷いた。


「建物の……被害を……最小限に……します」


 敵を倒せることは確定しているんだ。それよりも、周囲の被害の心配って、どれだけ余裕があるの。

 大公の傍にずっと仕えていたヒトたちは、心構えが違うねえ。大丈夫っていうんなら大丈夫なんだと信じよう。たとえ、アザラッツが恐ろしいものを見るような目で二人を見ていたとしても、気にしない!


「では、三人が道を開いたら参りましょう」

「分かりました」


 レジーナさんの言葉にあたしが頷くのと同時にマアラさんが動いた。

 二又の鞭が生き物のようにしなりながら、プレートメイルに襲い掛かる。プレートメイルは余裕をもって攻撃を避けたが、後ろの魔獣たちは違った。

 唸る鞭に前方にいた人面トカゲ、じゃなかった、ゼハウドが紙のように引き裂かれた。

 マアラさんの攻撃を避けたプレートメイルに、アザラッツが詰め寄る。ヒット&アウェイが彼の流儀らしく、相手の急所を狙った攻撃が多い。躱されるとすぐに距離をとって再び出方を伺う。三度目、とあってお互いに相手の事が分かってきているんだろう。プレートメイルも剣を構えてはいるものの、安易に攻めようとはしていなかった。


「ユウノ様、今のうちにお行きください」

「……はい!」


 アネットさんに背中を押されるようにして、あたしはマアラさんが作ってくれた道を駆けた。先導してくれるのは、レジーナさん。後ろをニイルがついてくる。

 ゼハウドたちがあたしたちに襲い掛かろうとしてきたけど、それらは全てアネットさんが放った黄色く光る魔力の矢に貫かれた。ばち、と矢が放電し、更に周りにいたゼハウドが感電して床に倒れた。

 メイドとは言えキンドレイドだけあってみんな強い。戦闘経験の少なさで、戦ったらあたし負ける自信がある。魔力解放する前に攻撃されたら終わりだもんね。

 駆け抜けるあたしたちをプレートメイルが止めようとしたけど、アザラッツとマアラさんの妨害で無駄に終わった。


 あっけないほど簡単に魔獣たちの防壁を通り抜け、あたしたちは小さな戦場を後にした。





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