57.桐塚優乃を支えるヒトたち
ハラマ鉱山の実態を聞いて、あたしは頭を抱えた。
一応の参考にはなったけれど、じゃあニェンガもそれでよろしく、と簡単に言えない。惨たらしく死を迎えるしかないんだって知って、ひょいと選ぶことができるほどあたしは他者の死に鈍感にはなれない。
あたし、どうすればいいんだろう。ニェンガをどう扱えばいいんだろう。
彼女は事件の黒幕だ。だから、コミネたち以下の刑罰にはできないって言うことは理屈では分かっている。
でも、心がついていかない。罪人だからって簡単に割り切ることができるほど、あたしは強くはない。
「あまり難しく考えるな。ユノがどうしたいのか、が大切なんだ」
思うとおりに動けばいいというニイルに、あたしはうなだれた。
「それが分かんないんだってば。ニェンガを許したくはないけど、殺したいほど憎いってわけじゃない。でも、コミネたちの刑のこと考えると、黒幕の彼女を降格処分で終わらせるのはさすがに無理。ってなると、やっぱりコミネたちと同じような刑になるんだけど、それって人としてどうなのって思っちゃうしいいいい」
堂々巡りだ。ここにきて逃げるっていう選択はできないから、向き合うしかないんだけど。
だって、ここであたしがニェンガを放置したら彼女を咎める存在はいなくなる。大公の決定があるから、ハーレイ様もロダ様もニェンガに手を出せない。
このままニェンガを野放しにしておいたら、あいつは同じことを繰り返す可能性だって十分ある。あたしたちみたいな目に合う子が出ない、なんて言いきれない。それに、実行犯だけ処罰されて首謀者が罰せられない、なんて理不尽は許しちゃいけないって思う。
あたしがやらなくちゃいけないんだ。
こう考えるとつくづく大公が憎らしい。あいつのやる事なす事あたしにとっては全部ろくでもない事ばっかり。
「八つ当たりでもなんでもいい。ユノ。一度ニェンガに会ってみたらいい」
「ニイル?そりゃ、会いに行くけど、改まってどうしたの?」
「ユノはニェンガという愛妾に一度も会ったことがないから余計に判断に迷っているんだろう?直接顔を合わせれば、優乃なら女がどんな存在か分かるはずだ。そうすればきっと自然と自分がどう動けばいいのか見えてくると思う」
一理ある。コミネと違ってニェンガには一度も会って言葉を交わしたことはない。
コミネたちをずっと犯人だと思っていたせいか、黒幕の存在はあたしの中では弱い。
ニェンガ、というヒトを認めることができれば、少しは考えが変わるかな。
「そういう意味でニェンガの所に向かうっつーなら、俺はあんま賛成できねえな」
「アザラッツ?」
口を挟んだのは意外なことに、腕を組み渋面を作った竜人族だった。
さっきはあたしの八つ当たりしに行けって背中押したくせに、その心境の変化はどういうこと?
「あんたは命を狙った俺の事を助けるような奴だ。そんなあんたが、ニェンガと言葉を交わして同情しない保証があるのか?逆に情けをかけねえ可能性の方が低いだろ?」
「否定できないのが辛いところだなあ」
「だったら」
「でもね。ここでニェンガと話もせず、適当に罰を決めることはあたしにはできないよ。ずうっとグダグダと悩み続ける自信がある」
選択肢は狭い。処刑か拷問かハラマ鉱山送りか、はたまたそれ以上の刑か。多分これより下の刑を大公は許さないだろう。駄目出ししてくるんじゃないかな。意外と、ロダ様当たりが諭しに来るような気もする。
だけど、相手を知ることなく厳しい処罰を与えることなんてあたしにはできない。答えが出ず、時間だけが無駄に過ぎてしまう気がする。
それは、情けないでしょ?
「あたしは、ニェンガに会う。それで、彼女と話すよ。言われなくても元々、乗りこむつもりではあったからね」
さっきレジーナさんにお願いしかけたのはニェンガの所に案内してほしいというものだった。だって、せっかく知った黒幕が、あたしの知らないところで消えるのは嫌だった。せめて、話をして彼女にも文句を言ってやりたかった。
ちょっと方向性はずれた気がしないでもないけど、やることはあまり変わらない。
ニェンガという存在をあたしの中で確立させよう。
「それに、アザラッツだって、プレートメイルと決着つけたいでしょ?」
あたしのことけしかけたのだって、それがあったからなんでしょ。見え見えだよ。
に、と笑いかけたら、アザラッツがばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。正直者め。
「というわけで、案内お願いします、レジーナさん」
会いに行くって言ってもその対象がどこにいるのか知らないんだよねえ。ニェンガを探すために、天煌宮の中歩き回るのは嫌だ。
どこで、大公一家に遭遇するか分からないデンジャラスな場所を探検なんて怖すぎる。
「かしこまりました。ご案内いたします」
レジーナさんが、諦めきったような顔で頷いてくれた。
ありゃ。止められると思っていたから、ちょっと意外。
「行ってもいいんですか?」
「止めても無駄、とお顔に書かれておられますよ」
あっはっは。正直者の表情筋め。
「プレートメイルはアザラッツに責任を持ってもらいます。ニイルも多少は戦えるようですし、アネットとマアラもおりますから問題ないでしょう」
おお。なんか保護者に許可もらった小学生の気分だ!……あながち間違っていない気がする。
アザラッツ、プレートメイルを倒せなかったらレジーナさんに怒られそう。本人も同じようなことを思っていたみたいで、ちょっとだけ自分の言葉を後悔するような表情をしていた。……がんばれ!
「じゃあよろしくお願いします。それから、すごく今更で申し訳ないんですが、アネットさんとマアラさん、ですよね」
実はビョウ族とカヨウ族のメイドさんの名前って聞くタイミングがなくてずっと知らなかったんだよね。申し訳ないさで一杯になりながら名前を聞くと、二人は嫌な顔をせずに改めて名乗ってくれた。
「はい。わたくしがアネットです。末永くお仕えさせていただきますね、ユウノ様」
末永くって、お仕えって……。拒否権ないよって表情言っているのがビョウ族のメイドさん。
「マアラ……です……。大公様と違って……可愛らしい方で……嬉しいです……」
さりげなく大公を貶しているのが、カヨウ族のメイドさん。
いいのか、それで。いいんだろうね、多分。気にしたら駄目だあたし。相手はあたしの十倍以上を生きているお姉さんたちだ!!
「ええ、と。お二人に紹介していなかったので。あっちの親父っぽい竜人族がアザラッツで、無愛想だけどとってもいいヒトなロウ族がニイルです。成り行きであたしのキンドレイドになった運のない二人、とも言います」
「あんたな、自分を卑下するなよ。仕えがいのあるクアントゥールだと思ってるんだぜ?あと親父は余計だ」
「ユノは俺が守りたいと思った女の子。それでいい」
恥ずかしいので、正面から褒めるのはやめて。
ほら、また顔に熱が溜まってる~~~。
「お顔が真っ赤ですよ、ユウノ様」
「お可愛らしいですね」
「いじりたく……なります」
「ほんっと隠し事の出来ねえ顔だな」
「正直なところはユノの美徳」
あんたら、誉めているようでさりげなくあたしのこと貶してるね?
親愛の情があるのはよくわかるんだけど。
どうせ、馬鹿正直の単純思考ですよ!!ふん!!




