4.桐塚優乃は仕事中
申し訳ありません。
この話を飛ばしていました。
アーバンクルの説明が少し入っているので、よろしければさらりとお読みください。
ちょうど汚れ物の仕分けが終わった時に、聞き慣れたタイマーが鳴った。
びるるるるる。
虫の羽音に似た音を立てて洗濯機が止まった。この音だけは、いつまでたっても好きになれない。
蚊の羽音にそっくりなんだよ。
ああ、あれは本当に頭に来るやつらだったよね。あたしの安眠を妨害するにっくき敵。うっかり蚊取りマットを焚き忘れると、その日の夜は悲惨なものになった。温暖化の影響かどうか知らないけど、いつのころからか一年中っていうくらい姿を見るようになった。
そんなに頑張るなーって叫んだのも今じゃいい思い出だけど。
「よっと」
ドラム缶型の機械の中から、ざっかざっかと洗濯物を取り出す。キンドレイドになってから、あたしの身体能力間違いなく三倍には上がった。
今だって、びっくりするようなスピードとパワーでシーツを出して、新しい汚れ物をぶち込む。蓋をして、洗濯機の側面についている水晶のような透明な石に魔力を流し込んだ。
魔力っていうのは、この世界の住人が必ず持っている生体エネルギーの一種。自分の意思でいろんなことに利用できる、魔法みたいなもの。
で、魔力を流し込んだ石は魔充石。その名の通り、魔力を蓄積することができる石。この石に溜められた魔力が、洗濯機を動かしてくれる。
地球での電気のようなものかな。魔充石を使って動く機械のことを総称して、魔器具っていう。
魔力はアーバンクルでは一般的なエネルギー源として使われている。魔器具を使うときは間違いなく魔力が必要になるね。
この世界に電気はない。だから発電所なんてものもない。個人が保有している魔力が、唯一のエネルギーかもしれない。それでこの世界は周っているから、何の問題もないんだろう。
必要な魔力を送って、スイッチオン。超厄介な汚れだから、手洗いモード最強で回したとも。
一番魔力食うんだよね。これ。
そうこうしているうちに、次々とタイマーが鳴り、あたしは同じような要領で仕事をさばいていった。
「よいしょ、と」
洗濯物を詰め込んだひとつ十キロ以上にもなる洗濯籠を、軽々と持ち上げて洗濯場を出た。本当に腕力ついたなあ。見た目マッチョにならなかったからいいけど。
洗いあがった洗濯物は、六階屋上の干し場に持っていく。エレベーターはあるけど使わない。巨大な籠を頭に一つ、前に一つ持って階段をえっちらおっちら上る。
業務用のエレベーターであったとしても、あたしみたいな下っ端が使うとあまりいい顔をされない。以前一回うっかり、上位のメイドと鉢会せた時に、思いっきり嫌味を言われた。
あんな目に遭うのは一回で十分。他の洗濯メイドの仲間たちも同じ考えみたい。みんな、メッチャクチャ長い階段を、日に何十往復もしている。
初めのころは、毎日足が棒になったよ。今じゃ慣れちゃったけど。たぶん百往復だって出来ちゃう体力があるって。
誰ともすれ違うことなく階段を上り切って、開け放たれている扉をくぐった。風が気持ちいい。
天気は快晴。雲一つない青空って気分がスカッとするよねえ。
「ケノウ、追加だよーー」
「ありがと、ユウノ。こっちに持ってきてもらえる?」
「はいはーい」
風にたなびく白いシーツの向こうから呼ばれて、あたしは洗濯物の間を縫うようにして奥に進んだ。
干し場は広い。バスケットコート二つ分プラスαくらいの面積は軽くある。
せっかく干した衣類をひっかけないように気を付けて歩いていくと、ひょこひょこと動く、綺麗な赤い髪を見つけた。
基本的な体格はあたしとあまり変わらない。大きな違いは、地面まで届く長い腕と、後ろに突き出た細長い卵形の頭かな。腕には、関節が二つあって、結構と複雑な動きもするんだよ。あたしに気付いたケノウが、笑顔を浮かべながら振り返った。片方で顔の四分の一くらいある大きな赤い目に、あたしの姿が映っていた。
「はい。よろしく」
「ええ。あ、これ持っていってもらえる?」
丁度最後の一枚を干し終えて空になった籠を差し出された。
「もちろん。まだほかにもある?」
「入口に山になってるわ」
「了解。持ってちゃうね」
「よろしく。今日はこの回でおしまいかしら?」
「残念。シャラが大物持ってきてくれたから、もう一巡あるよ」
おちゃらけて言うと、ケノウがあらまあとため息をついた。
その気持ちわかるよ。洗濯が増えれば増えるほどあたしたちの仕事も比例して多くなるからね。
「そういえばシャラは?」
「取り込んだものを中に持って行ったわ」
「今日は動き回ってるねえ」
「乾きがいいから、入れ替えが激しいのよ」
ケノウが肩をすくめて言った。
干し場には自動送風機が四隅に置かれていて、常に適度な風が洗濯物に当たるようになっている。その上今日みたいな晴天ってなると、うまくいくと二時間ぐらいで乾いちゃうんだよね。すごいなあ。
もちろん、送風機の動力も魔力。動かしているのは大抵干す係りのケノウとシャラ。便利な送風機だけど、一日中動かしているとものすごく疲れるみたいで、二人とも夜はいつもぐったりしている。
あたしも洗濯機を回し続けているから、結構疲れるけど二人ほどへばることはないかな。
一度に三十台動かしてなんでそんなに元気なのって前にシャラに首を傾げられたことがあった。洗濯の中で一番魔力を食うのが洗濯機だからね。一番酷い時は、乾燥機も一緒に動かすんだけどなあ。
それをやると、倒れるからやめなさい、ってケノウに怒られる。あたしの身体を心配してくれている彼女にあんまり心配かけられなくて、なるべくやらないようにはしてる。
必要なときはやってるけど。
あたしって下っ端にしては魔力保有量が多いみたいなんだよね。
この職場では助かるので、バンバン利用しているよ。
「うまくいけば、この回までは今日中に乾くね」
「それだと助かるわ。明日に回る量は少ない方がいいもの」
確かに。今日の仕事は今日中に片づけちゃうのが理想だよね。日が暮れるからって、中に取り込む必要がないのは楽でいいんだけどさ。
干し場に洗濯物がないっていう状態は滅多にない。夜だろうと雨だろうと毎日干している。ここ、夜や天気が悪い日はシェルターみたいな形で屋根が全体を覆うようになっている。非常に便利だ。
ビバ、天気や時間を気にせず干せる環境。
あたしたちの仕事に大いに貢献してくれている。
「この後、どんどん持ってくるけどいい?」
「もちろんよ。階段の往復頑張ってね」
「は~~い」
少なくともあの長い階段を三往復はしなきゃなんないだろうなあ。
ちょっとうんざりして間延びした返事をしたあたしを、ケノウがくすくすと笑った。
「なによう」
「ユウノは素直だなって思って」
「どうせ単純ですよー、だ」
べえ、と子供のように舌を出して、あたしは籠を持って駆け出した。
……幼子を見守るような目で見送るケノウの視線を背中でビシバシ感じた。