56.桐塚優乃はハラマ鉱山の事を聞く
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読んでくださって本当にありがとうございます。
思ったより長くなった鉱山の説明。
説明文が多いので、さらりとどうぞ。
大公アンド総監メイド長アンド襲撃者たちがいなくなった部屋で、あたしはしばらく呆然自失の状態だった。
ようやくまともに会えた元凶、もとい大公に言いたいこと全部言ってすっきりはした。でも、結果、流れは更に嫌な方向に向かったよね?
薄々予想はしていたけど、あの野郎、ぜんっぜん人の話聞かないし!
聞いても全部曲解してくれていた気がする。つまり、あたしの訴えは一つも聞き入れられていないってことなんじゃないの?
このやるせない怒りはどこで発散させればいいの?!!
「やっぱり、大公の住居破壊するしか……」
「ユ、ユウノ様落ち着いてください!!」
くふふふふ、と笑ったあたしにレジーナさんが駆け寄ってきた。
飛び出そうとするあたしの身体を抱きかかえるようにして、必死に止める。
「止めないでくださいレジーナさん。あのオオボケ野郎に一矢報いなきゃ、腹の虫がおさまらないいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「なりません!そのようなことをなさっても、大公閣下を楽しませるだけです!!!」
「なんですか、それは?!!」
「大公様の意志に逆らっての行動。そういったことをあの方は非常に楽しまれるのです。ですから、ユウノ様の言動は……その」
言いづらそうなレジーナさんに、あたしは彼女の言いたいことを悟った。
つまりなに。
あのボケは、最強すぎて自分にたてつく相手がいないから、たまに出る反逆者の行動を楽しんでるってこと?!!
「ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ユウノ様!!気を静めてください!!」
「大公閣下の歪んだ性格は今更治りませんよ!!」
「平穏無事…に、生活するには……しばらく息を潜めなければ……余計に…あの方の目を引きます……!!!」
レジーナさんだけでなく、ビョウ族のメイドさんとカヨウ族のメイドさんまで一緒になって、吠えるあたしのなだめにかかった。
よくよく聞くと、みなさん思いっきり大公のこと貶していませんか?
「みなさん大公付きのメイドだったんですよね?そんな風にあいつのこと言っていいんですか?」
「こういう反抗的な態度を初期にとりましたら、あの方付きの侍女として酷使されました」
哀愁籠るレジーナさんの顔に、あたしは一瞬怒りを忘れた。
え、なに。レジーナさんたちそんなに強い精神力を持っているの??
「生きていれば色々なことがあるものですよ」
ふ、と遠い目をしたビョウ族のメイドさんの悟りきった目。
「穏便な……生活とは……甘美な響き…だと……この千二百年で……学びました……」
深いため息をつくカヨウ族のメイドさんの諦めの滲んだ言葉。
もしかしなくても、三人そろって大公に噛みついて逆に気に入られたんですね。
「苦労されていたんですね……」
「百年もすれば慣れますわ」
陰のあるレジーナさんの笑みに、あたしは返す言葉が見つからなかった。
先達の意見は聞き入れた方が絶対にいい。
くううう。これじゃあ、大公の住居破壊計画は頓挫かあ。
「やると命の危機とは違う意味で、危険度アップしますかね、やっぱり」
諦めきれずお伺いを立てると、三人はそろって深く頷いた。
このまま感情のままに動けば、自分で自分の首を更に占めるってことだよね。
あああああああ、もう!どうしてあいつはここまであたしの神経逆なでしてくれるの?
「八つ当たりの相手なら心当たりあるぜ」
「ほんと?アザラッツ!!」
それまであたしたちの事を黙って見ていたアザラッツが、にやり、と笑った。
「あのプレートメイル野郎。大公が来た瞬間逃げやがった。たぶんあいつの雇い主の所だと思うぜ」
「それってもしかしなくてもニェンガのこと?」
「ああ。大公のお墨付きもらってんだ。どんだけ八つ当たりしても、何の問題もない相手だろ」
そりゃ、焼こうが煮ようがあたしの自由的なことは言われたけどね。
じゃあ、お言葉に甘えて、なあんて簡単に考えられるほどあたしは強くはないんだよ。
「あたしの八つ当たり=(イコール)ニェンガへの処罰になりそうで、すっきり爽快とはいきそうもないなあ」
刑を執行する以上、感情に任せちゃいけないと思うんだよ。となると、きっちり考えて行動しなきゃならない。すっきりどころか、もやもやが溜まりそうな気がする。
あたしは、英才教育を受けたわけでなければ、帝王学どころか法学すらまともに学んでいない。社会科の授業でそこまで詳しく習わなかったし、半分寝てたし。おまけに倣ったのは遥か昔過ぎそんな知識、タンスの肥やしになってるよ。
たまたま、シークンになって強大な力を手に入れてしまった。
それだけで、あたしには大きな責任がのしかかってくる。他者を自由に裁いていいという特権を与えたあいつは、あたしがどんな判断を下すのか見たいんだろう。ニェンガの事をあたしに丸投げしたとき、あいつの目は”お前は愚かな判断を下すのか”って言っていた。
うるさいわ!そんなこと言うなら、自分で何とかしろ!!
「レジーナさん。ハラマ鉱山ってどういうところなんですか?」
参考までに、さっきメイドたちが送られた場所について聞いてみる。
コミネが恐怖に駆られていた場所だ。精神的にも肉体的にもつらい場所なのかもしれない。内容によっては、ニェンガもコミネたちと同じ刑ですむかもしれない。
他のメイドはともかく、共犯のコミネとは同レベルの刑でよい気がするんだよね。
あたしの期待に籠った声に、レジーナさんのつぶらな瞳がす、と細くなった。
「ハラマ鉱山は、魔石の採取場ですわ。標高三千三百三十五チェインズ(約一万メートル)のわが国で七番目に大きな山でもあります。労働者は多くがクアントゥールに逆らったキンドレイドになりますわ」
一チェインは約三センチで、一チェインズイコール百チェインだったはず。ってことはハラマ鉱山ってエベレストより高いんだ。一番高い山は何メートルあるんだろ。今度調べてみよう。
「罪人の強制労働場ってことですか」
それにしては、コミネたちの怯えを思い出すと首をかしげたくなる。懲役を言い渡されたにしては悲壮感が半端なかった。
大公の死んだ方がまし、って言葉も気になる。
鉱石の発掘は重労働だろうけど、死ぬよりはまし……。
ちょっと待って。レジーナさんは鉱石の採掘じゃなくて、魔石の採取って言ったよね。
「魔石の採取は法で禁じられていますよね?」
「正確には、許可なき殺害による魔石採取の禁止ですわ。家産法により、国民の場合は本人の死後残る魔石は血縁者が引き取ることになっております」
それは知っている。
魔石、というのは石と言われているけれど本物の石じゃない。生き物の死後残された心臓の事を指す。体から取り出された心臓はしばらくすると鉱石のようにかちこちに固くなる。まるで魔力が込められた石みたいだから魔石っていう。
アーバンクルの生き物は、全員が例外なく魔力を持っている。その魔力は、死んだ後も多少心臓に残っている。アーバンクルでは、魔力は色々と使い道があるから魔力が籠っている心臓は重宝されるんだ。食用に屠殺される家畜の心臓は、肉とは別に高値で取引される。
大昔には魔石欲しさに結構悲惨な事件や戦争が頻繁に起こっていたらしい。中には、絶滅してしまった種族や動物もたくさんいるんだとか。というわけで、今は国際法によって、どんな生物であろうと魔石目的の殺害を禁じている。でないと、際限なく争いが起こって苦労するのは国を治めている魔人だからね。
魔人は魔力が余っているから魔石なんて基本必要としない。一般種族だって普通に生活する分には、自分たちの持前の魔力で十分。だから、魔人に逆らってまで魔石を巡る争いを起こす連中はあまりいないんだって。
「魔石採取は相手によっては危険でしょうけど、罪人に対する刑罰の一環なんて理由じゃあ、いくら大公でも許可出せなくないですか?」
魔石欲しさに、ハラマ鉱山に住む生物殺すのは色々問題あると思うよ。
公然と国が法を犯したら、右へ倣えって連中が出てきてもおかしくない。
「もちろんですわ。ハラマ鉱山の魔石採取はユウノ様が考えていらっしゃるものと少し違いますの」
「といいますと?」
「ハラマ鉱山には、エストウルという高い魔力を持つ魔獣たちの巣なんですわ」
「エストウルの巣、ねえ。えげつねえなあ」
どうしてそこで納得できるの、アザラッツ。あたしにはさっぱり意味不明だよ。
見れば、ニイルも得心が言ったような顔をしている。メイドさんたちは最初から知っているから、特に反応は見られない。
分かっていないの、あたしだけ?
「ニイル、エストウルって何?!」
「そのウ族のメイドさんが言った通り、高い魔力をもつ魔獣だ。身長は平均で八十チェイン(約二百四十センチ)。短い四本の足と長い尾がある。背中にトサカのように突き出した瘤が尻まで並んでいるな。頭の頂上に柔らかな曲線を描いたような巨大な角が一本と鼻の上に左右に一本ずつ短い角がある。突き出した口からは口端から一本ずつ牙がつきだしているな。雑食で何でも食べる。ハラマ鉱山に住んでいる連中は、岩石あたりを主食にしているんじゃないか」
一番突っかかりやすいニイルに突撃したら、彼は苦笑しながら教えてくれた。まるっきり困った妹を扱うお兄ちゃんだよ。いいけどさ、別に。逆にかしこまられることがなくて、安心するし。
アザラッツがニイルの説明に補足をしてくれる。
「こいつらの特徴は、一つの住処を定めるとよほどのことがない限り移動をしないってとこだな。リーダーの雌がいて、そいつの指揮の下に数百匹の同族が行動をする変わり種だ。死も、事故がない限り巣で迎えるっつーあんまり野生じゃ聞かねえ習性を持ってるな」
「比較的短命で繁殖力も高く、魔力も中レベルだ。魔石の価値もそれなりに高い」
なるほど。死ぬ場所が決まっているんだったら、定期的にその墓場的な場所に行けば法を犯すことなく魔石が取り放題ってことか。
それくらいなら、公共事業にすればいいんじゃないかな。あんまり危険はなさそうだし、刑罰っていうほど厳しくない気がする。
コミネたちの罪状ってやっぱりそこまで厳しくないのかな。
「誤解があるようなので申し上げますが、ハラマ鉱山送りは処刑の上の刑罰ですわ」
首をかしげていたあたしを見かねたように、レジーナさんが言った。
強制労働が処刑の上?普通逆じゃないかなあ。生きているともしかしたら、罪が軽減される可能性だってあるでしょ。
「確かに二人が言うようにうまくやればエストウルの巣は、非常に魅力的な採取場ですわ。ただ、彼らは総じて攻撃性が高く、悪食なんですわ」
「巣に侵入した者は容赦なく貪られるんですよ。普段岩石や植物ばかり食べている連中には、侵入者は格好のごちそうといったところですね」
ビョウ族のメイドさんが内容に似つかわしくない、爽やかな笑顔を見せた。
その爽やかにごまかされないよ。それって、キンドレイドたちがエストウルのご飯になっているってこと?でもでも、キンドレイドってみんな強いんだから、魔獣にやられるとは思えないんだけど!
「……エストウルたちが……巣を移動することを防ぐために……彼らに危害を加えることは……禁じられています……。鉱山送りのキンドレイドたちは……魔力を制限され……武器の使用も許可されていません」
カヨウ族のメイドさんのボソッとした説明に、あたしは頬をひきつらせた。
それって抵抗なんてほとんどできない。死にたくなければ、逃げろってことだよね。
常に死と隣り合わせの労働現場って、過酷すぎるでしょおおおおおおお!!
「当然のことながら死亡率は高いですわ。おかげでハラマ鉱山のエストウルたちは魔力量が上がりまして、採取できる魔石も上質な物ばかりですの」
「ああ。キンドレイド食ってキャパシティ上げるわけだ」
レジーナさんがサラリ、ととんでもないことを言ったら、アザラッツがほほう、と感心していた。
あたしのじょうしきが、ほんと、つうようしないせかいだわーー。
ニイルがちょっとだけ呆れたように肩をすくめていた。
「仲間意識が高いから、ごちそうは仲間内で分けるだろうな。それなら、一体一体が無理のない範囲で能力を底上げできるというわけか。効率的だな」
「ねえ。それって結局、処刑と変わんないんじゃない?!」
というより、一発で死ねる処刑よりタチ悪いよね?!
これが、大公の死んだ方が良かった発言の真相か。散々酷使されて最後はバリバリむしゃむしゃ獣のエサの未来。
そりゃ、コミネたちが悲壮な顔するわ。せっかくキンドレイドになったのに、そんな死に方するなんて屈辱感も半端ないと思う。
アザラッツがえげつないって言った意味がよくわかったよ。




