54.桐塚優乃は大公に正面から歯向かう
あたしの問いに大公は答えなかった。あたしを深い漆黒の瞳で見下ろしたまま、動こうともしない。
このタイミングで出てきて、こいつ何様なんだろうね?
つーか、何しにきやがったって感じ?
「今絶賛取り込み中なんだけど。何の用?」
コミネたちは戦闘不能っぽいけどね。後始末は色々あると思うから、忙しいんだよ?
あんたの住居破壊にもいかなきゃいけないしね。
相変わらず、大公は無言のまま微動だにしない。
格下の相手の言葉なんて聞かないってか?そっちがその気ならいいよ。
こうなったら自棄だ。せっかくのチャンス。逃したらもったいないでしょ。
「あたしの前に出てきたってことは、あたしのやり場のない怒りの的になってくれるってことだよね?違うって言っても聞かないから。つーか聞け?あんたには、あたしの八つ当たりの的になる義務がある!!」
びしぃ、と人差し指を突きつける。ここであったが百年目、ってやつだね!
大公が、わずかに目を細めた。おおう。流石に不敬だって怒ったかな。
でも、今はそんなもの怖くない。ぐつぐつと腹の底で煮えたぎっている怒りが、こいつの圧力を全部跳ね返してくれる。
「世の中全部あんたの思い通りになると思ったら大間違いなんだからね!確かにあんたは強い。でも、この世の全てを思い通りになんかできないんだから!!あたしは、あんたの操り人形なんかには絶対にならない!」
最強と謳われる魔人を相手に、何を言っているんだって馬鹿にされるだろう。
そんな常識知ったことじゃない。こいつが押し付けてきたものなんて、あたしは何一つ必要としていない。
もしも。
五十年前死ぬんだったら、それでもよかった。そうすれば、あたしは地球で日本で家族の下で、桐塚優乃として死ぬことができた。。
IF論だ。だって、それはあたしが生きているからこそ言えることだから。死にそうになったら、あたしは絶対に生きることを選ぶと思うもん。
その結果、手段はどうあれ、生きてここに立っている。助けられた、と言えるのかもしれない。
だからってこの先の人生すべてこいつのために使わなくちゃいけないの?そんなの、死んでいるのと同じじゃん。人形のように決められたことだけやって、あたしから平凡で幸せだった日常を奪った相手を敬って生きろ、なんて。
そんなの、絶対に嫌。
生き残った以上、あたしは、死にたくない。
意思のない人形のようになって生きるなんて、死んでいるのと同じでしょ。
そんなのお断り。あたしの人生も命も身体も考えも全部あたしのものだ。
クアントゥールになんて、あげない。
それがたとえ最強と詠われる魔人だろうと、知ったことか。
あたしの宣言に、大公は怒りに顔を赤く、していなかった。
くっそう。涼しい顔だよ。腹立つなあ。
飼い猫に噛みつかれたら、怒るでしょ、普通は。
ことごとく斜め右上を走っていく奴。
「それで?」
「あたしは、あんたの娘になんかならないって言ってんの!楽しかった女子高生ライフと人間としての人生返してよ!それが無理だって言うなら慣れ親しんだメイドライフを返せ!あんたのせいで死にかけるわ、訳のわからない世界に放り出されるわ、苛められるわ、命は狙われるわ、よくわからない環境に放り込まれかけてるわで、散々だ!!何よりあたしの人生狂わせたこと、謝ってよ、犯罪者!!」
「なぜ私が詫びる」
こいつ、あたしに何したのか、まったく自覚してないな。そりゃ、キンドレイドにされるってこっちじゃ名誉なことだけどね。異世界にその常識が通じると思うな、このすかたん!
ほんっとに頭に来る!!
「無自覚だろうが人が嫌がることやったんだから、謝るのが当然!大体、人の事轢いておいて、小指の先ほども悪いなんて思ってもいないんでしょ!その辺含めて自分がやったこと反省して、あたしに謝れ!!」
「生きたい、と願ったのはお前だ」
それってあれ?ガイパーに轢かれた時のこと言ってる?
あの巨大な蹄に蹴られた時、死にたくないって思ったでしょうよ。覚えてないけどさ。
でもそれって、ごく普通の事だと思うんだけど。
「死に掛けたら誰だって思うわボケエエエエエエ!!」
助かる見込みがないって思ったら、余計に考える。だって、まだ成人すら迎えていない未来に希望を持つ女子高生だったんだよ。
日々の生活を厭ってたこともなく逃げたいと思ったこともなく、ごくごく平穏に暮らしていたら。
事故って死ぬなんて冗談じゃないって思うの当然じゃん。
だから、あたしは悪くない!!
「生きることを選択したことに変わりはない。わたしはその手段を与えただけだ」
「他人の人生一つ狂わせといて、よくそこまでどうどうとしてられるね、あんた。さいってい」
「知らぬ。お前に運がなかった。それだけだろう」
「その上開き直るし。だったら、これ以上干渉してくるな、変態」
「私の物をどう扱おうとわたしの自由だろう」
「その、人を物扱いする態度むかつく!!あたしは、人形じゃないって言ったでしょうが!!その耳は、飾り物なの?機能してないんだね!」
「意志無き人形が私を楽しませることができるわけがないだろう」
「論点がちがあああああう!!あたしはあんたの所有物じゃないっつってんの!あたしの命も体も人生も、あたし自身の物だって言ってんの。理解しなよ、すかたん大公!!」
「ほう」
大公が再び目を細めてあたしを見た。流石に我慢の限界ってやつかな。
多分こいつ、生涯でここまでコケにされたことないだろうし。絶対俺様だし。
馬鹿だのボケだの言われて喜ぶような性格じゃないに決まってるし。
うん。
頭が冷えたら、あたし結構とんでもないこと口走ってたなって理解した。
こりゃ、死亡フラグ立ったね。間違いなく。
く。こうなったら徹底抗戦だ。そんで、隙見て全力で逃走するしかない。ここまで来たら、とことん抗ってやる。
「ユウノ。あれらをどうする?」
「へ?」
ファインティングポーズをとったあたしは、いきなり話題を転換されてついていけない。
間抜け面をさらして動きを止めると、大公はひどく楽しそうな顔をしてあたしの後ろを指さした。
そこには。
精も根も尽き果てたって様子のコミネたちが座り込んでいた。
かろうじて意識は保っているけど、今にも気を失いそう。実際、何人かは白目向いているようにも見える。
少し離れた場所では、レジーナさんたちが呆然と立ちすくんでいる。彼女たちの方は、いくらか元気そうだ。顔色も悪くない。
ニイルは、コミネたちとあんまり変わらない状態。アザラッツは……どこかなあ?
これは、あたしの怒気と魔力に当てられたかな?馬鹿大公もあんまり魔力押さえてないっていうか、必要以上に駄々漏れさせている気がする。
……気絶しない彼女たちの精神力に。乾杯。
すっかり忘れてた。大公に喧嘩売ることで頭が一杯だったよ。
「どうするって言われても、なんかやることないっぽいしなあ。せいぜいメイド長……じゃなくて、衛兵に引き渡すっくらいかな」
「お前を傷つけようとした者たちだ。消さないのか?」
どいつもこいつも。
あたしは殺しは犯罪だって教えられた国の生まれなんだって。
裁判も何もかもすっ飛ばして死刑執行なんてできるわけないでしょうが!!
やりたくもない。
「命が危険に晒されているわけでもないのに、殺すなんてまっぴらごめん」
「ほう。代わりの他者に手を汚させるか」
「なんでそうなんの。別に殺さなくったって降格処分とかメイドクビ、とかいろいろあるじゃん。反省を促すために向こう百年無休&無給で奉仕でもいいかなあ」
うわ。自分で言っといてなんだけどそんな長期間、奉仕活動って絶対やだな。
これ、精神的に相当来るんじゃないだろうか。
「憎くはないのか?」
「嫌いだけど、殺したいとは思わない。大体、あたしの気を晴らすために殺してこんな奴らの死を背負うなんて馬鹿らしい」
あたしは殺しを楽しむ人間じゃない。
こいつらの命を奪うってことは、こいつらの未来を奪うことだ。
他者の命一つ奪ってまでやる価値のあることかって言われると、絶対違うって断言するし。
殺したりしたら一生後悔するに決まってるもん。
アーバンクルの常識なんて知ったこっちゃない。あたしは理不尽にヒトを殺したくない。
それだけだ。
「本当に、面白い」
そうですか。あたしみたいな考え方する存在がそんなに貴重か。
「っひ」
やさぐれてもいいかなあ、って八つ当たり気味にへたり込んでいるメイドを見たら、コミネが小さく悲鳴を上げた。
ちょっと。人の顔見て悲鳴あげるなんて失礼な奴。
がたがた体震わせてさ。あたしそんなに怖い顔してる?
してるかも。それも全部馬鹿大公のせいだ。
なんて、考えていたら、いきなり腕を引かれて体を反転させられた。




