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53.桐塚優乃の八つ当たり




 さて、どうしようかな。あっちの方が人数的には有利だし。

 何よりプレートメイルの男は油断大敵な相手だし。

 レジーナさんたちが強いって言っても、数の暴力ってあるし。

 険しい表情をしているメイドたちに、あたしはうーん、と眉を顰めた。


「ユウノ。あいつ俺にやらせろよ」


 あたしが迷っているのを見透かすかのように、アザラッツが踏み出しプレートメイルの正面に立った。

 やる気満々なのはいいけど、昨日あっさりやられたってこと忘れてないよね?


「……勝算あるの?」

「ま、何とかなるだろ。昨日とは状況がまるっきり違うからな」


 って言ってもあんたねえ。キンドレイドになって一晩しかたっていないんだよ。それもクアントゥールは、あたしだし。流石にあの強敵倒すのは、無理じゃないかな。

 いくら竜人族産の身体より身体能力の底上げはされているとはいえ、魔力の差は変わらないんだから。無茶はよくないって。


「心配しなくても死なねえさ。それに、礼はしなくちゃな」


 アザラッツの声のトーンが後半で一段は下がった。あたしでもわかるくらい殺気が籠っている。

 プレートメイルに負けたこと気にしてたんだね。

 やる気、というか殺るき満々だね?これは止めるだけ無駄だな。

 大体、力関係考えれば殺す気で行かなくちゃ負けちゃう気がする。


「死なないって約束守ってよ」


 これで死んだら、一万年先まで笑い飛ばしてやる。

 あたしの覚悟を踏み倒して、あっさりあの世逝きなんて冗談じゃない。


「わあったよ」


 あたしの心配が籠った言葉を軽く請け負ったアザラッツは、暗殺者と鋭い視線を交わしあった。

 プレートメイルもアザラッツを敵、と認めたらしい。武器を構えた彼の全身から、アザラッツに負けない殺気が噴き出す。

 ぶつかり合う二人の気迫に、室内の空気が揺れた。

 仕掛けたのは、アザラッツだった。大きく息を吸った彼の口から炎のブレスが吐き出され、プレートメイルを襲った。


「かあ!」


 プレートメイルが襲い掛かる炎を気合いで薙ぎ払った。人体くらい簡単に燃え尽きるにちがいない炎が紙のように一刀両断され、掻き消えた。

 敵の大きな動きに、わずかな隙が生まれる。アザラッツが一気に間合いを詰め、懐に潜り込んだ。

 急所を狙う彼の攻撃を、敵が膝蹴りで防ぐ。流れるようにアザラッツの背中に切り付けた男に、アザラッツが頭突きをかました。顔を覆う兜の顎にひびが入った。


 石頭!!


 顎に入った攻撃によろめく男を、アザラッツが蹴り飛ばす。

 フルプレート.がアザラッツの蹴りを、左腕でガードしたらしくダメージを負ってはいなかった。一瞬で体勢を立て直し、真空波をアザラッツに向けて飛ばした。

 それをアザラッツが短剣で弾く。彼の代わりに、壁の一部がすぱっと切れた。

 素人目に見ても、二人が互角の勝負をしていることが分かる。

 昨日の戦いで戦闘技術に差がない二人の勝敗を分けたのは、キンドレイドとしての能力だった。

 キンドレイドになって一日なのに、もう体を馴染ませるなんてアザラッツ侮りがたし。

 そして、傭兵としての確かな実力。アザラッツの自信も頷ける。

 フルプレートも昨日ほどの余裕が見られない。 

 おお、と関心していたあたしの背後で、武器がぶつかり合う音がした。振り向けば、ニイルが、あたしに襲いかかってきたウ族のメイドを止めていた。他のメイドたちも臨戦態勢に入っている。


 ごめん、ニイル。助かった!目の前の戦闘に完璧に気をとられていたよ。


 レジーナさんと他二名のメイドさんたちも手に物騒なものを持って、コミネ部隊と睨みあっていた。


 みなさん、その手にある鎖鎌と金属の鉤爪と二又に分かれた鞭はどこから出したんですか?


 敵方のメイドたちよりも、武器を構える格好が様になってる。

 ちなみにニイルは、ビョウ族のメイドさんと同じような鋭い鉤爪を使っていた。ニイル、あんなもの持ち込んでいたのか。

 あたしは武器なんかないから、例のごとく魔力を溜めている。魔力を一気に解放すればいつかみたいに呼吸困難に追い込むことができるかも知れない。でも、そうするとレジーナさんたちまで巻き込むんだよね。

 一応上級メイドのコミネたちが、どれくらいの魔力で倒れるのかが分からないからなあ。

味方も攻撃しちゃうし、最後の手段に取っておくことにする。

 ニイルが、ビョウ族のメイドを押し返し、レジーナさんの鎖鎌が敵方のメイド二人の武器を弾き飛ばした。


「ぎゃあああ!!」

「キャアああああ!!!」


 こっちのビョウ族のメイドさんが緑人族のメイドの手を切り裂いた。カヨウ族のメイドさんの鞭がチワワ顔のワン族に百烈たたきをお見舞いする。

 アザラッツは、部屋の隅でプレートメイルとやり合っている。完璧に二人の世界だよ。


「出番、ないよね。これ」


 コミネたちは、完全にレジーナさんたちの強さに圧倒されている。戦闘初心者が出る幕ないね。出たら足引っ張りそうだし。

 というわけで、おとなしく部屋の隅に寄る。

 情けないなあ。守られているだけって。一緒に戦えればいいんだろうけど、しゃしゃり出たら邪魔にしかならないのが分かる。

 ヒト任せって苦手なんだよね。これだったらあたし一人の時を狙ってくれたらよかったな。


 そうすれば、あたしのせいでみんなに戦わせるなんてことさせないですむのに。


 あたしは、無力だ。

 魔力はあるけど、戦い方がなっていない。これぞ、宝の持ち腐れ。

 あの場に一緒に立つことができない弱さが嫌いだ。

 ぎゅ、と拳を固く握って、あたしは小さな戦場を見た。ここで起きたことを一つも見落とさないように。あたしがぐずぐずしていたから起こったこの争いから、逃げないように。


「ユノ!」

「「「ユウノ様!!!」」」


 四人があたしの名前を呼ぶのと同時に、頭上が翳った。

 強烈な殺気に、状況を確認する前に体が動いた。万歳をするように上げた両手から、魔力を放出する。


「ぎゃああああ!!」


 耳障りな悲鳴を上げて、あたしの上に転移してきたコミネが吹き飛んだ。細い体が高い天井に打ち付けられ、床に落ちた。

 人間なら、確実に死んでいた攻撃に、彼女は裂傷を負った程度だった。多少ふら付きながらも立ち上がり、恐ろしい形相であたしを睨む。

 シミ一つない綺麗な顔が、今は憎悪で醜く歪んでいた。


「コミネ。どうして、あたしが嫌いなの?」


 純粋に湧き出た疑問だった。あたしがコミネを嫌うのは、彼女が嫌がらせを繰り返してきたから。侮蔑の言葉を浴びせてきたから。

 でも、あたしから彼女に何かしたことはたぶん、ない。反抗的な目で睨んだこととかはあるけど、殺したい、と憎まれるほどの事をした記憶はない。

 だから不思議だった。彼女があたしを殺したいと思うのが。

 そんなあたしに、彼女はいびつな笑みを向けた。


「あんたみたいな、ちんちくりんが大公様から多大な恩恵を受けた。それが許せないのよ」

「それだけ?ケノウたちも?」

「当たり前じゃない。美しくも気の利いたことも言えない、不器量な集団。あんたたちがあの偉大なお方の前に立つ可能性がある、というだけで許されない罪だと知りなさい!!それだけならまだしも、あの方の力を否定するかのように眠り込んだ。それにもかかわらずあの方自ら城に運ばれるなんて。どれだけ付け上がれば気が済むの!!」


 ……駄目だ。あたしこいつとはどうやったって相容れないわ。

 昏睡状態に陥っている間の事なんか知るか、阿呆!!


「付け上がるも何も、あたしたちをキンドレイドにしたのは大公だっつーの。むしろあたしたちに選択権がなかったって分かってる?」

「うるさい、うるさい、うるさーーーい!!ダラス様に選ばれながら、そんな口をたたくなんてなんて恩知らずなの!!!!」


 逆上して叫ぶコミネはまるで絵物語に出てくる鬼女だ。せっかくの元はいいのに台無しだよ。

 大公至上主義者に、大公の事嫌っている、って言ったら火に油を注ぐだけだよね。面倒くさいなあ。大体恩知らずだなんて、言いがかりもいいところ。

 轢き殺されかけられて誘拐されて人間やめさせられたんだよ?その元凶に感謝しろって言われても、絶対無理!!

 コミネもリエヌも、黒幕のニェンガって女も。みんなして自分の思い通りにいかないからって、あたしたちに八つ当たりしているだけだ。

 千年以上、軽く生きてるんでしょ?あたしより大人なんでしょ?

 だったら、自分のクアントゥールに意見の一つも言ってみろ!


「あたしたちが大公にふさわしくないっていうなら、あたしたちをキンドレイドにした大公に見る目がなかったってことなんだよね?」

「なんですって?」

「そうでしょ?あんたは、あたしたちの事ふさわしくないだのなんだの言ってるんだからね。でも、あたしたちを眷属にしたのはあいつの判断。ってことは、あいつの目が節穴ってことになるよね?」


 コミネをキンドレイドにした時点で、何にも考えていない気はするんだけどさ。あいつが、ニェンガだのコミネだの自分のキンドレイドを野放しにしている時点であたしの大公に対する評価は駄々下がりの一方。

 その被害がケノウたちやあたしに来てるんだからね。こう考えると、どこまでも迷惑な存在だな、馬鹿大公め。


 ああ。もう。腹立つなあ。


 ふつふつと腹の底から怒りがせり上がってくる。黙り込んだあたしから、コミネが一歩後ずさった。


「な、なによ」

「べつに?逆恨みをしてくるあほメイドと面倒しか押しつけてきやがらない馬鹿大公に腹が立って立って。この怒りのやり場をどこに向ければいいのかと」

「な……ひぃ」


 なんですって、って言おうとしたんだろうけど、コミネの言葉は途中で小さな悲鳴にとってかわられた。

 人の笑顔見て悲鳴あげるなんて、失礼な。

 にしても、人間、怒りが臨界点越えると笑顔になるって初めて知ったなあ。

 いつの間にか、室内の戦闘音が消えていた。

 レジーナさんたちメイドさんがひきつったような顔であたしを見ている。ニイルとコミネ取り巻き部隊は、へたり込んでる。アザラッツはプレートメイルと根性で立っているって感じかな。

 ……この状態覚えがある。しまった。最後の手段に取っておいた魔力解放やっちゃった。

 案の定、味方の行動もとめちゃっているよ。

 ……魔力駄々漏れだあ。まずい。止めたいんだけどうまく抑えられないんだよねえ。

 こういう時は使って、魔力を消費させるのが一番手っ取り早い気がする。


「いっそ、馬鹿あほすかたん大公の住処吹き飛ばせばすっきりするかな」


 八つ当たりだってわかってるんだけどね。どっかにこの怒りをぶつけないと気が済まない。

 コミネたちは論外。だって、もう戦意喪失で全員へたり込んでいるから。

 さっき躊躇したのが間違いだった、と後悔するくらいあっさり魔力に当てられてくれちゃって。根性ないぞ。あたしのこと殺しに来たんでしょうが。

 がたがた震えている女性に暴力振る趣味はない。このまま、衛兵呼んで引っ立てて行ってもらおう。

 となると、いっそここは一番鬱憤を晴らしたかった相手に喧嘩を売りに行きたい!!


「私の住居を荒らすな」


 ふう。ねえ。どうしてみんな後ろから出てくるのが好きなのかな。

 それともそうやって出てくるのは、ハーレイ様と後ろの男くらいなのかな?

 記憶にある通り、心の底にまで押しかけてくる深い声だねえ。


「出てくるタイミング狙ってたな、変態大公」


 くるり、と振り返って、あたしは自身のクアントゥールと実質三度目の邂逅を果たした。



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