52.桐塚優乃とコミネとリエヌとその他の面々
ばあん、と扉が乱暴に空いた瞬間、レジーナさんと隅に控えていたメイドさん二人が動いた。
あたしを庇うように構えをとったメイドさんたちの素早い動きに脱帽。本当に三人とも見た目に反して、戦闘もオッケーだったんだ。能力高いなあ。
「ユノ!」
「ニイル?アザラッツもどうしたの?」
飛び込んできたのは、フロウ様に連れて行かれたはずの二人だった。
え、まさかフロウ様のしごきが嫌で脱走してきたとか?
あたしのところに逃げ込んできても、助けられないよ?
フロウ様を説き伏せられる自信は全くないからねえ。あのヒト、たくさん選択肢を並ばせて見せてあたしに選ばせているように見せかけて、結局一つしか道を残していないんだもん。ずるいよね。
二人の事を知っているレジーナさんも眉を潜めている。一応他のメイドさんたちに大丈夫、と合図して構えはといてくれた。
ただし、あたしを庇うことを止めず、逆に一歩前に出た。
さっき中庭で顔を合わせていたからかな。アザラッツがあまり気負う様子もなくレジーナさんに近づいた。
「あんた、ユウノの侍女か?」
「そうです。このように入ってくるなど無礼にもほどがありますね」
しつけがなっていない犬ですね、という副音声が聞こえた気がする。
レジーナさん、アザラッツと喧嘩しないでくださああああい。
「緊急事態だから見逃せや」
「どうしたというのです?」
「ユウノを害したメイドが脱走したって連絡があったんだよ。確か、コミネ、とか言ったか」
「牢から脱獄などできる力が、あれにあるとは思っていませんでしたね」
あれ、ってコミネのこと物扱いですか。
レジーナさんを敵に回すなんて、コミネ馬鹿としか言いようがないよ。あんたとじゃ、メイドの格が違うよ。
ところで、脱獄ってどういうことなのかなあ?
「なんでコミネが脱獄なんてするんですか?」
「どのような形であれ、処分は避けられません。それをどうにか回避しようとしたと思うのですが、何とも言えません。無駄なあがきにしかなりませんから」
「処分って処刑ですか?」
「どうでしょう。大公様がどのように判断されるかでコミネの処遇は決まりましょう。必ずしも死が最良の刑とはなりませんから」
「じゃあ、リエヌ、さんは?」
「ハーレイ様は間違いなく処分されると思います。遅くとも明日には何らかの刑を言い渡されると思いますわ」
それは避けられない決定なんだって、さすがのあたしにもわかった。
あたしが関与しないところで、いろんなことが決まってしまうことが悔しい。
ハーレイ様からすれば、ご自分のキンドレイドを処分されるっていうくらいの事なんだろうけど。一応被害者で当事者のあたしは一切犯人の処遇に関わることはできないんだ。
どれだけ抗ってもあたしのやっていることは、大公を初めとした魔人や上位キンドレイドにとっては子供の我儘なんだろう。
その事実を思い知らされる。
「そっちの嬢ちゃんも一緒に脱獄したな」
「そうなの?!」
「ああ。他に、数名のメイドが一緒にな。例の全身プレートメイル野郎が手引きした。一緒に手引きをしたメイドに腕のいい幻術使いがいたらしい。そいつが牢番を惑わした隙をついて、プレートメイルが沈めたんだとよ」
あいつかあ。ここにきてたんだ。
というか、牢番弱すぎ。何簡単に倒されてんの。
ちょっとここの警備態勢が心配になった。レジーナさんも、不審そうに顔をしかめている。
「二人はどうしてここに?」
「フロウ様にここに行け、と言われた。ユノが狙われるかもしれないから、守って来い、と」
ニイルが心配そうにあたしを見た。あたしは大丈夫だよ、ってひらひらと手を振ったら、かすかに表情を緩めた。年上とは分かっているんだけど、見た目は年下だから可愛いと思っちゃうよう。
護衛に来てくれたのは嬉しいんだけどね。プレートメイル男が来たら大丈夫なのかなあ。ニイルもアザラッツも前回歯が立たなかったし、あたしも勝てる自信はないよ?
「わたくしたちがおりますから、心配はありませんわ」
その笑顔がまぶしいです。レジーナさん、頼りにしています。
「随分と自信があるみたいね」
聞き覚えのある、ここでは聞こえないはずの声が寝室の向こうから聞こえた。
レジーナさんたちが顔を険しくして、あたしの周囲を取り囲んだ。
果たして、扉の向こうから現れたのは、期待を裏切ることない面々だった。牢を脱獄したコミネ率いるメイド数名とリエヌさん、それにプレートメイルの暗殺者。
全員が勢ぞろいしている。
なんでここにいるんだろう。転移術で跳んできたのは分かってるよ?
そうじゃなくて、城外とか黒幕の所に逃げずにわざわざここに来くるなんて、またすぐに捕まると思うんだけど。
「私たちがここにいることが理解できないって顔しているわね」
「まあね。まさか逃げられないから、せめて自分たちをこんな目に合わせたあたしを道ずれにしてやろうなんて小物臭漂うこと考えてないよね?」
そこまで考えなしじゃないよね、と思いながら聞いたら、コミネの顔がわずかにゆがんだ。……コミネ。そこまで陰険小物だったんだ。正直驚いたよ。
「ここで争ったら、すぐに衛兵来ると思うんだけど」
「うるさいわね!来る前に片づければいいだけよ!!」
コミネがヒステリックな声を上げた。こりゃ、脱走直後にあたしに対する逆恨みだけで行動したな。
窮地に立たされて、考え方が狭くなったんだろうなあ。
「本っ気で、考えなしの困ったちゃんだったんだねえ」
「馬鹿にしているの?!」
「うん」
今までさんざん馬鹿にされてきたからやり返してるだけだよ。
やられた分から考えたら全然足りないんだけどね。
「あんたの道連れになったそっちのメイドさんたちも間抜けだなあとは思うしねえ。それとリエヌさん?よくも見当違いな嫉妬で嵌めてくれたね?あたしに八つ当たりしたって大公もハーレイ様もだああれもあんたたちを見たりしたいってことくらいわかんない?見られたとしても役立たずの反逆者としか映らないと思うんだけど?」
そのあたりどう思うって笑顔で聞いたら、全員悔しそうに顔を歪めた。
事実を言われるとヒトって黙り込んじゃうんだよね。
ああ、大分すっきりしたああああ!!やっぱり言いたいことを溜めこんでるってよくないね!!
「あなたなど、魔人の方々の偉大さを一切理解しない愚かな小娘でしかありません!ハーレイ様のお目に留まることすら、本来ならば許されない下級メイドが大きな口をたたかないでもらいたいですね!!」
おっと。リエヌさんは中々気概があったらしい。
コミネを押しのけるように前に出て、鋭くあたしを睨みつけてきた。
「下級メイド結構。魔人に関しては、最恐で怖い集団だって思えば生きている上で必要なかったんだから問題ないの。自分の価値観で人の事妬んで嫉妬に狂った行動を起こす上級メイドよりよっぽどましだと思ってるから」
「こ、の。救いがたい無礼な小娘が!!」
「無礼というけどね?クアントゥールの意思に逆らうあんたたちは、魔人に対して不敬じゃないわけ?それとも、自分たちによっぽど自信があるの?だとしたら、愚かなのはどっちだろうね」
キンドレイドとしての立場を忘れて、クアントゥールの意思に逆らえば彼女たちは処分されても同情すらされない。
あたしが死刑を避けたい理由だって、あたしを原因として死ぬヒトがいるのが嫌なだけ。すごく自分本位な情けない感情のせいだ。
あたしには、あたしを嫌うヒトたちの命を背負う覚悟まではないんだって気づいた。
だから、コミネやリエヌが処分されてもきっと彼女たちに同情はしないだろう。
あたしは自分勝手な人間だから、シークンであるという現実からも犯人たちが処分されるという事実からも目を避けたくてしょうがなかったんだ。
「あなたのような愚か者がハーレイ様の隣に立つことが無くなるというのであれば、命など惜しくありません!」
リエヌさんがどこからともなく出したサーベルをあたしに向けて構えた。
他のメイドたちもいつの間にか手に武器をして完全に臨戦態勢に入っていた。




