50.桐塚優乃は筆頭メイドと話をする
結局。色々あって疲れたので、今日は休ませてください、と半泣きで懇願したら渋々ながらハーレイ様が受け入れてくださった。
部屋までは送られたよ。天煌宮内にある中庭からの短い距離だったから、あんまりヒトには見られなかったと思いたい。
どうせなら、転移術で送ってほしかったよう。
お姫様抱っこは何回やられても慣れる日は来ないよ……。
「お帰りなさいませ、ユウノ様」
「ええええええ、と。ただいまです、レジーナさん」
庭にいる時からずっと黙っていたレジーナさんが、ビョウ族とカヨウ族のメイドさんと一緒に深く頭を下げて出迎えてくれた。
流石はスーパーメイドさん。ハーレイ様が立ち去るまで、一言もしゃべらなかったよ。
立場をわきまえるっていうのはこういうことを言うんだね。
あたしに声をかけてくれたのは、部屋についてからどうしよう、と立ち尽くしていたあたしに気を利かせてくれたからだろうし。ありがたいなあ。
自然な流れでレジーナさんがあたしをソファに座らせて、カヨウ族のメイドさんがラガティが出してくれた。
隙がないよ、みなさん。
「外出中、お怪我やご病気などはなさいませんでしたか?」
「大丈夫です。丈夫なことが取り柄ですから」
小さな怪我なら一杯負ったけど、五分と掛からず治癒したからなあ。かすり傷ってもう怪我に含まれないよね。
あたしの答えに、レジーナさんはほっとしたように肩の力を抜いた。と思ったら、再び深く頭を下げた。
「レ、レジーナさん?」
「申し訳ございません。わたくしがお傍を離れたばかりにユウノ様を危険に晒しました。処罰はどのようにもお受けいたします」
はい?なに、それは。
レジーナさんの言うことが全く理解できなくて、説明を求めたところ。
レジーナさんはあたしの筆頭メイド兼護衛だったことが判明した。まじか。レジーナさんスーパーすぎる。
見た目は可愛いロリ系うさぎさんで戦うメイドさんとか、どこの萌え向けなの。
あたしの性格上、護衛です、と兵をつけられても困惑して受け取らないだろうというレジーナさんの配慮だったらしい。あたしに関しては、大公に一任されているから、通すことのできた意見なんだとか。
何から何まで、ぐっじょぶ。おっしゃる通り、ちょっと前のあたしなら護衛なんていらないって、突っぱねていたに決まっている。今は、ちょっとは反省したから、この件が終わるまではつけるって言われたら受け入れる。その後は……状況次第かな。
「お命を狙われていらっしゃるのに、護衛をつけないというわけにはまいりません」
「それで、レジーナさんあたしに付きっきりだったんですね」
あれ、でもそうすると、あたしが外に放逐された日にレジーナさんが離れたのってすごく変だよね。
「……リエヌはわたくしがユウノ様の護衛のために一時的に異動させたメイドでした」
「え……」
「あれも侍女メイドです。ハーレイ様のキンドレイドで公子様にお貸しいただきました」
ってことは、リエヌさんは本当はハーレイ様付きの侍女メイドっていうことなんだよね。
クアントゥールを偽れたのは、ハーレイ様とメイザース様に許可を戴いていたからできたことなんだって。根回しいいなあ。
メイザース様は、ハーレイ様の長男だから父親の命令に逆らえない。いろいろ裏工作があったんだね。
突っ込みどころは。ハーレイ様、実の子供いらっしゃったのか。いや、不思議じゃないんだけどね。何せ、一万年は生きているらしいからねえ。子供の一人や二人いたっておかしくないよ。
レジーナさんたちは、あたし付きになったメイド三人で付きっきりなることも検討したんだよ。そうした場合、あたしがどう出るか、というと。
間違いなく全員追い返したな。レジーナさんがいるだけで、下級メイドは萎縮していたのに、三人も上級メイドがいたら仕事になんないもん。
ということを予測したレジーナさんは、あたしが顔を知らないメイドを紛れ込ませていたわけだ。ぬかりがない。
「その裏をかかれた、というわけですか」
「はい。ハーレイ様の信頼が強い侍女だから、と油断をいたしました」
レジーナさんは、少しだけ表情を歪ませた。彼女がこんな風に自分の事で感情を表に出すなんて初めての事だった。リエヌさんとは、親しい間柄だったのかもしれない。
「どうして、リエヌさんは裏切ったんでしょうか」
「嫉妬でしょう。ダラス大公様の関心を引いただけでなく、ハーレイ様にも目をかけられたユウノ様を許せなかったのだ、と言っておりました。リエヌは、殊の外ハーレイ様に心酔しておりましたから。他のメイドもみな同様でした」
レスティエスト公国のトップとナンバーツーに気に入られた小娘が気に食わなかったってことかな。
そういえば、あたしがハーレイ様に抱えられて廊下を歩いていたことをリエヌさんが一番気にしていた。自分のクアントゥールをとられる、とでも思ったのかなあ。
「リエヌさんはどうなりましたか?」
「現在、コミネとともに牢にとらえております」
よかった。生きているんだ。
もしかしたら、捕まった時に殺されちゃったかもって思っていたから、安心した。嫌がらせしたくらいで処刑とかやめてほしいし。
「コミネも捕まったんですね」
「むろんです。実行犯ですから。ハーレイ様が処分するところを、ロダ様が止められました」
「ロダ様が?なぜですか?」
「バラバラに処分するのは面倒なので、口を割らせる前に消されると困られたようです。これを機に関係者を纏めて片づけたいそうです」
……効率的な方法を狙ったのか。もしかして、コミネもリエヌさんも悪巧みに関わった連中の名前を吐かされているのかなあ。
方法は……。あんまり考えたくないけど、拷問とか?
「この件にこれ以上時間を割きたくないと、ハーレイ様とロダ様とレティシア様が三人がかりで訊問なさりました」
「げ。何ですかその豪華メンツは」
「手っ取り早く終わりましたよ?十分と掛かりませんでした。リエヌなど、ハーレイ様に許しを請うことすら許されず用が済んだら見向きもされませんでした」
「それは?」
「ハーレイ様に殺されることは、あの者にとって一種の喜びになりかねませんから。ハーレイ様は一切慈悲を与えないようですね」
処刑は確実だけど、ハーレイ様が手を下さず他のヒトにやらせるってことかな。
はう。そこまで公子様方を怒らせたってことは、もう死刑は避けられないのかな。
文句もまだ言ってないのになあ。このまんま知らないところで全部終わったら、すごく気持ちが悪い。当事者のあたしが関わらないで全部終わっちゃうの?
「どうやって二人が犯人だってわかったんですか?」
あたしを飛ばした後、いつまでもぼやぼやとしているほどおまぬけじゃあないと思う。
証拠とか隠滅して風のように立ち去った、と思われる二人をどうやって見つけたんだろ?逃げていれば、あたしが引導渡せる可能性もあったのに。
「犯行現場を押さえました。悔しいことに、駆けつけることが一歩遅く、ユウノ様は転移させられ転移陣も消失した後でした」
……証拠隠滅中の所を抑えたのか。どうやって気づいたんだろう。
「自分より格上の存在を強制的に飛ばすのです。術は強大になりますし、それほど大がかりの転移術を使ったと分かれば気づかないことなどありえません」
あー、同じようなことアザラッツにも言われた。
術を発動させた直後にレジーナさんが飛んできたんだ。そして、見事な手際で捕まえちゃったんだね、きっと。
「意外なところに落とし穴があったんですね」
「シークンを強制転移させた結果を、仮にも上級メイドが気づかない方がどうかしております。ユウノ様のお力を侮っていたのでしょう。あの様な者たちが上級、と名のつく役職についていたかと思うと、憤りすら感じます。」
怒ってますねえ、レジーナさん。
二人にも対してもだけど、それ以上に自分が許せないって思っているんじゃないかな。スーパーメイドさんも完璧じゃないって知れて、ちょっと嬉しいんだけど。だって、近く感じれるじゃん。キンドレイドだろうとシークンだろうとあたし自身元は凡人だからね。
「いろいろ教えてもらってありがとうございます。リエヌさんの事は残念だけど、ちゃんと知ることができてよかったです」
「わたくしの処分はいかがなさいますか?」
「あ、それは全く考えていないので。レジーナさんには迷惑かけ通しな自覚はあるんですよ」
洗濯のことといい、暗殺者から守ってもらっていることといいねえ。元は大公付きだっていうのに、あたしの世話なんてさせて申し訳ないとしか思えないんだよねえ。
「ですが、わたくしはあなたをお守りすることができませんでした」
後悔を滲ませるレジーナさんの顔は見ていてつらい。
いつもみたいに、笑ってそつのない働きぶりを見せてくれる彼女を見たい。
「じゃあ、一つだけ教えてもらいたいことがあるんです。あたしが聞いたことを、あたしがいいって言うまで黙っていてくれたら、今回の事はチャラにします」
「聞きたいこと、ですか?」
「はい。……コミネたちを絞り上げたことで上がった黒幕は誰ですか?」
「それは……」
レジーナさんが躊躇うのは、公子様たちから口止めをされているからだろう。
これは、あたしの知らないところで全部終わらせる気満々って見るべきかな。そんなのは駄目。
あたしは、今回のコミネとリエヌさんと黒幕に恨み言と文句を言って、一発お見舞いするって決めているんだから。
教えてもらえないと、暴走するかもしれないよ?
「聞き出しているんでしょう?教えてください」
あたしを含め大公の五人のキンドレイドを攫い、そのことがばれると消そうと動き出した犯人を。
いっそ殺せば楽だったかもしれないのに、殺さず、外に放り出さず、自分の目の届くところにあたしたちの事を置いて冷遇してきた相手を。
「教えてください」
あたしの迷いのない声に、レジーナさんが折れるのに、十秒も必要とはしなかった。
「……犯人の特定はできております。じきに捕えられると思われます」
「どうして、放置しているんですか?」
「彼女が、大公閣下の管轄にあるものだからです。あの方の関係者である以上、ハーレイ様でも簡単には手出しをできません。現在大公様は、その、外出中でして連絡が取れない状況なのです」
レジーナさんの態度から、嘘は見られなかった。大公め。この忙しい時に気まぐれに姿消すなんて余裕じゃないか。
流石天上天下唯我独尊の魔人の親玉だよ。
「処罰できないのでしたらそれはそれで構いません。犯人を教えてください。彼女、ということ女ですか?」
少しだけためらいを見せたレジーナさんは、諦めたように肩から力を抜いた。
「はい。此度の件を企てたのは、現在七人いる愛妾の一人。エルフ族出身のキンドレイド。名をニェンガ、と申します。元は客室メイド長として働いていた大公様の眷属ですわ」
ニェンガ。今までメイドたちの陰に隠れてあたしたちをいびっていた黒幕。
ようやく、たどり着いた。




