49.桐塚優乃は抗議する
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翌日、タウロムさんたちと別れのあいさつを交わしたあたしは、ミュウシャ様の転移術によって、城に戻った。戻る際、どこからか現れた三十人くらいの兵士たちにあたしの頬が引き攣った。
どうやら村の周囲にばらばらに待機していたらしい。暗殺者対策とみるべきか、あたしの逃亡に対する保険とみるべきか。両者と考えるのが妥当だね。
放浪計画はもうしばらく持ち越しだなあ、とこっそり溜息をついたのはここだけの話だ。
旅に出ようにも、暗殺者に命を狙われていたら気が休まらない。成り行きでキンドレイドを二人も作っちゃったから、彼らの事も考えないとだし。
アザラッツの言っていた言葉もよく考えなくちゃ。コミネが黒幕じゃないっていうなら、誰が後ろにいるんだろう。
問題が山積みだよ……。
せっかく買ったものは一応持ってきた。大荷物を運んでくれたのは、ニイルとアザラッツだった。
自分で持って行くって言ったのに、なぜか却下されたんだよねえ。
「お帰り、ミュウシャ、ユウノ」
初めて暗殺者に襲われた夜に訪れた小さな中庭に、ミュウシャ様は座標を合わせられていたらしい。小さな石造りの東屋の前に転移してきたあたしたちを迎えてくださったのは、ハーレイ様だった。後ろにレジーナさんもいる。
ハーレイ様、フロウ様は無視ですか?
「いつもの事だ気にすんな」
思わず後ろにいらっしゃるフロウ様を振り返ったら、何でもない事のようにおっしゃられた。
そうか。いつもの事なのか。
気にしたらきっと負けなんだろうなあ。
「ユウノ?どうかした?」
「いえ。それよりもご迷惑をかけてしまって申し訳ありません。フロウ様、ミュウシャ様も迎えに来ていただきありがとうございました」
ドタバタしていて忘れていたけど、あたしお二人にお礼言ってなかった。
深々と頭を下げると、隣にいらっしゃるミュウシャ様とちょうど目が合った。
ミュウシャ様は少しだけ目を見開いてから、微笑んでくださった。下げたままだった頭を後ろから、フロウ様が乱暴になでられた。
フロウ様、あたし完全に子供扱いなんですね。
いいけどさ、別に。
「ところでフロウ。後ろの二人は何かな?」
「聞かなくてもわかんだろ」
「そうだね。どうして彼らからユウノの気配がするんだろうねえ」
おかしいなあ。ついさっきまで小春日和を思うような空気だったのに、いきなり極寒の地に様変わりしたよ。
レジーナさんのブリザードとは違って、足下からじわじわと凍りつけられそうな寒さが!
「成り行きで、ユウノがキンドレイド作っただけだ」
「へえ」
「三人とも納得しているから、問題はないぜ」
「ふうん」
「・・・・・・悪かったよ!止めなくて!!」
フロウ様が魔王に敗北された。無理ないけど。
よくあの凍てつく微笑を正面から浴びて、抵抗していらっしゃったなあ。そっちに拍手を送りたい。
「分かっているじゃないか。私の大切なユウノのキンドレイドだよ?初めての者はそれこそ厳選に厳選を重ねようと考えていたのに」
ん?ちょっと待って。それは聞き捨てならないぞ。
それってあたしの意志無視で、キンドレイド作らせようってことだよね。
「ハーレイ様、お気持ちは嬉しいですが与えられた者をもらうだけというのは、ちょっと・・・・・・、いえ、かなり嫌です」
本音を言えば、その気持ちも嬉しくない。むしろ迷惑。
玩具とかアクセサリーとかっていう物じゃないんだよ。ヒトだよヒ・ト。
キンドレイドにするって言うことは、アザラッツやニイルみたいにあたしに縛るってことでしょ。
そんなの絶対にいやだ。
万一この先キンドレイドを作ることがあったとしても、あたしは自分の目で相手を見て決める。誰かが決めたヒトをキンドレイドになんかしたくない。
だって、選ばれたヒトは納得していないかもしれない。命じられて逆らえないだけかもしれない。
そんなヒトの未来をあたしは奪えないもん。
その辺をハーレイ様に分かってもらわなくちゃ。過保護もいきすぎると、うざくなるし。
公子様相手に不敬だって言われても、それが正直な感想だし。これまでの言動考えれば今更だよね。
「用意されたものでは、満足できないかな?」
「ヒトの生涯を物扱いしたくないんです」
あたしは、本来迎えると思っていた未来を大公に奪われた。それは、あいつがとても強い魔人だったから。あたしなんかが太刀打ちのできない力を持っている相手だったから。
癪だけど、あたしはあいつに勝てない。それを認めちゃっていたから、アーバンクルで流されるようにして生きていた。
情けないってわかっているけど、そうとしか言いようがない。
キンドレイドが名誉な立場だってことは知っている。でも中には嫌がるヒトだっているだろう。特にあたしみたいに若造でどこの種族出身かもわからない奴のキンドレイドってことじゃ、抵抗感あるヒトは多いんじゃないかな。
でも、ハーレイ様に命じられたらだれも逆らえないよ。彼に勝てるのは、この国じゃ、大公しかいないんだから。
一般種族が意見なんてできるはずがない。だから、あたしが言う。あたしの言葉は他のヒトよりちょっとは届くみたいだから。
「あたしが背負うことになる命です。どうしても必要になったら、あたしは自分で選びます」
それは傲慢な考え方だ。あたしが、力を持っているからこそ言える言葉。
でも、あたしには魔人、と言われるだけの魔力がある。それは目を反らしても変わらない現実だ。
ロダ様にも自覚しろって言われたし。もうそろそろ逃げるのにも限界だ。
キンドレイドを作ってしまった以上、腹をくくらなきゃならない。
「ユウノはキンドレイドを作ることが嫌なのかな」
「あたしの常識からかけ離れている行為なんです。簡単に受け入れられません。押し付けられたものなんて特に嫌です」
ハーレイ様の金が混じった銀の目があたしの黒目とぶつかる。
正直言ってものすっごい圧迫感。立っているのがきつい。
プレイムの威圧に体を潰されるんじゃないかって錯覚させられる。
でもね。引いてなんかやらないよ。目を逸らしたら負けだ。
ここでハーレイ様に屈服したら、あたしはあたしの意志を何一つ通すことができなくなる。
そんなの、嫌だ。
「本当に、ユウノはいいね」
ふ、とハーレイ様が眼光を緩めて優しく微笑まれた。
体にのしかかっていた重圧が無くなり、体がふ、と軽くなる。
「あ……」
気力だけで立っていたあたしの膝から力が抜ける。地面に座り込む前にあたしの身体を掬い上げたのは、ハーレイ様だった。
お姫様抱っこ再び。
いーやーーーー!!
「は、離してください!落してくれて結構ですからーーーーー!!」
「駄目。ユウノのお願い通り、キンドレイドを無理に作らせることはしない。だから、ユウノも私のお願いを聞こうね」
聞いてね、じゃないんですね。命令ですか。
「ミュウシャ。遠くまで出かけて疲れただろう。お茶にしよう」
「はい」
ハーレイ様の手招きに、ミュウシャ様がとことこと歩み寄ってこられた。
癒しだ。ここにしかもう癒しはないのかもしれない。
「フロウ。その二人の事は頼むよ」
「着いて行かせないのかよ」
「最低限、この城での常識を叩きこむこと。それと、君が合格点を出せる実力が付いたらユウノの周りに着くことを許すよ」
え、それって、アザラッツさんとニイルとは別行動ってこと?
なにそれえええええ?!
「ハーレイ様?!!」
「抗議は受け付けないよ。彼らにはユウノを守ってもらわなければならないんだから」
「護衛対象から、離したら意味がないんじゃないですか?!」
「彼らが相応の実力をさっさとつければいいだけだよ」
「ハーレイの言うことにも一理あるな。ってことで、ユウノここは大人しく言うこと聞いとけ」
「う~~」
「ほらほら、そんな風に頬を膨らませても可愛いだけだよ」
つん、とハーレイ様があたしの頬をつつかれた。子ども扱いだ。
ハーレイ様からご覧になったらあたしなんて、お子様だろうけどこれでも七十年以上生きているんだよ。それなのに子どもって。平均寿命が八十歳そこそこの日本人からすると納得できないものが……!
「ユノ。顔、真っ赤」
「赤くならない方が変ですから!」
「……慣れる」
ミュウシャ様。前半の沈黙はなんですか?心当たりがあるんですね?
ハーレイ様の事だ。可愛らしいミュウシャ様の事を抱き上げて移動なんてしょっちゅうなんだろうってことくらいは、想像がつく。
あ、それは見たいかも。中性美人に抱かれたビスクドール美少女。絵になるなあ。
「ハーレイ様、あたしじゃなくてミュウシャ様を抱き上げませんか?」
「魅力的な提案だけどね。ユウノは離した途端逃げるだろうから、捕まえておかないと」
あたしは犯罪者か!
「ユノ。諦める」
「諦めたくないですうううううう」
半ば泣きを込めたあたしを、ニイルとアザラッツが驚いたように見ていた。
ごめんね。こんな情けないのがクアントゥールで。今すぐ別の魔人に鞍替えしてくれていいよう。
「するつもりはない」
「主をころころ変えるのは趣味じゃねえな」
また考えていることを読まれた。魔人の方々の前で発言するなんて勇気があるね!
あたしはもう条件反射で受け答えしているようなもんだから、例外として考えて!
「ここで言っておかないと、ユノは絶対妙な考えで動く」
ニイルの言葉に、アザラッツが二やり、と笑って同意している。
二人して酷いなあ。
「だったらさっさとフロウ様に合格点もらって、戻ってきてよね!!そんで、ちゃんとあたしのこと護ってよね!!いまのところあたしの眷属はニイルとアザラッツしかいないんだからね!!」
負け惜しみで言ったら、嬉しそうな顔で頷かれたよ。
なんで?
「おまえ、ヒトをおだてるのうまいなあ」
「それを自覚なしでやっているところがユウノだね」
「才能……?」
わけのわからないことで頷き合っていらっしゃるハーレイ様たちと、なんだがやる気満々のニイルたちにあたしは首をかしげた。




