48.桐塚優乃とアザラッツ
満天の星空が、頭上に広がっていた。きらきらと光る星々は、今にも振ってきそうだ。
タウロムさんの家の屋根の上に座って、あたしは一人で夜空を見上げていた。
話が終わった時にはすでに夕飯時だった。残念ながら、あたし以外にご飯を求めるヒトはいなかったけど、疲れは溜まっていた。
ヘロヘロの状態で城に戻る気にはとてもなれなくて。帰るのは、明日にしようってことになった。
ニイルにだって、引っ越しの準備とかあると思うし。
もちろんフロウ様は渋られた。彼としては、さっさと子供のお使い的役目からは解放されたかったと思う。
無理して付き合ってもらうのも違う気がしたので、先に帰ってください。あたしはのんびり歩いて戻ります、って言ったら折れてくださった。
いいヒトだ。それともあたしを一人にしたら逃亡するかもしれないって考えたかな。
ミュウシャ様だけは先に返したかったようだったけれど、押し切られておられた。
ハーレイがこええええ、って呟いていらっしゃったフロウ様に申し訳ないが笑えた。
「ふてくされてるな」
ぼんやりと座っていたあたしの隣に音もなく表れたのは、アザラッツさんだった。
動きが軽やかだ。昼間死に掛けたヒトとは思えないよ。元気になったなら、いいけど。
回復方法はよくなかったけどね。危うくあたしがとどめ刺しちゃうところだったし。
「自分の馬鹿加減を責めているだけです」
あたしが城にいる間に自分に向き合うことが出来ていれば、と思う。
ぐずぐずと煮え切らなかったせいで、少なくともニイルとアザラッツさん、二人の未来が変わった。
アザラッツさんなんて二回も死にかけたし。
「おかげで俺は生き残れたんだぜ」
「でも、自由を縛りました」
自分で選べるはずだった彼の将来をあたしは奪った。そう言うと、アザラッツさんはおかしそうに笑った。
「変わってるな、あんた。普通、キンドレイドになれるなんて聞いたら誰だって喜ぶもんだ。っと喜ぶものですよ、か?」
「何を今さら。アザラッツさんの敬語は変ですからそのままで構いません……。あたしみたいな何もわかっていない小娘の……キンドレイド、ですよ?」
「じゃ、お言葉に甘えて。あんたも俺に敬語はいらねえし、呼び捨てで構わねえ。ケツが痒くなる。それと、俺はラッキーだったと思っているさ。あんたは、守る価値のあるシークンだ」
お互いに敬語は堅苦しい。年上にため口ってちょっとためらうけど、彼が嫌というなら無理に敬語で話す必要はないな、と判断をする。
「じゃああたしもお言葉に甘えるね。……あたしのキンドレイドなんて、運がなかったっていつか思う日が来ると思うけどね」
「シークンの命狙って生きてるだけで御の字だ。何の問題もねえよ」
がっはっはって笑うアザラッツは、親父っぽい。明るくて暗殺者には向かないと思うんだけど。
「よく暗殺稼業なんてしてたね」
「ああ?俺は傭兵だぜ」
傭兵って、魔獣退治とか、積み荷の護衛とかしているヒトたちだよね。
犯罪者ってのはどこの世界にもいるんだよね。なまじ力があるから、強奪稼業も荒っぽくなるし。
魔獣は、たまにヒト里に下りてくると甚大な被害をもたらす。
熊や猪の被害なんて可愛らしいよ。
映像受信機(所謂テレビのこと。こっちじゃ、レイブって呼ばれている)で見たけど、収穫期を迎えた広大な畑が見るも無残な状態になっていた。ぶっちゃけ壊滅状態。戦闘能力が低い種族の村だったらしく、避難するのが精一杯だったらしい。
最終的に退治されたけど、暴れん坊の正体は百メートルはある五つの頭を持つヒュドラだった。あんなのが生息しているんだったら、専門の退治屋っておのずと出てくるよね。
ああいう輩をアザラッツは相手にしていたんだ。
「あの格好完璧に暗殺者だったけど」
「ありゃ、依頼主が用意した服だよ。ちっとでも、目立たねえように、だとさ」
なるほど。景色に溶け込ませるためか。あたしみたいな素人には、有効だったかもしれない。
「ねえ。アザラッツはなんであたしの暗殺依頼なんて受けたの?」
「簡単だ。俺はどえれえ借金を抱えててな。そいつの返済のために傭兵をやっていたんだ」
「ああ。莫大な依頼料を全額前金でってこと?」
「近いがちげえよ。依頼主は俺の借金を勝手に返済して、それを盾に脅してきやがった」
「え?」
アザラッツがすごく悔しそうに空を見上げた。
「傭兵の中じゃ、それなりに実力者で通ってたからな。目をつけられたらしい」
それはあれか。
アザラッツの借金を肩代わりすることで、彼を言いなりにしたってことか。借金をする相手が、金融店から依頼主に変わっただけじゃん。
「最悪」
「ああ。ま、それくらいしねえと、シークンの暗殺なんて受ける奴を探せなかったんだろ。ましてやダラス大公の令嬢だ。いくら金積まれても断る奴の方が多いだろうな」
普通はそうだよね。
最強の魔人の一人、ダラス大公のシークン暗殺。
肩書きだけならインパクトは十分。魔人の暗殺をやりたいなんて言う酔狂な奴、そうそう探せないと思う。
魔人との力の差を考えたら、デメリットばかり大きいと考えるだろう。いくらお金を積まれたって、死んだら使い道ないじゃん。
それで、逃げ道を塞ぐ方法をとったのか。狡猾だなあ。
あたしに対する作戦はずさんな気がするけど。舐められてるな、完璧に。
「でもさ。キンドレイドの刺客、きたよね?」
「あいつが本命。俺はあんたが森に転送されてきたときの足止め役だ」
「どういうこと?」
「いくら何でも、一般種族がシークンを俺が殺せるとはあいつも思ってなかったさ。ただあの森に飛ばされたあんたが、予定通りの場所に来るかどうかは微妙な線だったんだよ」
「なんで?」
「格上の存在を格下が相手の意思を無視して転移させるんだ。反発が出るのが普通だな。下手すりゃ転移させることもできねえよ」
それはあれか。あたしがもっと抵抗すれば、迷いの森の飛ばされることはなかったってことか。
うわああああああ。超悔しいんだけど!コミネに負けた感が半端ない!!
「だからあの森ん中に、俺みたいに脅された奴が何人も控えてたんだよ。最初にあんたを襲った奴とかな。あのプレートメイル野郎が来るまで、あんたの事を引きとめておくのが役目だったんだ。もっとも、俺が一撃でやられたこと知って、全員尻込みしてなあ。うじうじしている間に、あんたには見事に逃げられた」
あの回し蹴り食らわせた暗殺者かあ。てっきりアザラッツだと思ってたけど、別のヒトだったんだ。
「アザラッツやられ損だったんだね」
「まあな。目が覚めた時には、兵に拘束されていたしな。死ぬこと覚悟したんだが、あんたのおかげであの場で殺されることは避けられた」
あたしが彼の傷を治して離れた後、フロウ様が率いる兵の一団に捕まっていろいろ吐かされたらしい。他の暗殺者たちには見捨てられた、と軽い調子で彼は言った。
フロウ様、僅差であたしのこと追ってきておられたんだ。
「あたしが助けたから生き残った?」
「そういうこった。交換条件も悪くなかったしな」
「あたしを助けるって?」
「ああ。プレートメイル野郎からあんたを守りきれたら、あんたに免じて見逃してやるって言われた」
相手がキンドレイドであっても?とは聞けなかった。その条件を飲まなければ、彼は死ぬしかなかった。
そこに同情するのは違うのだろう。アザラッツは自分が生き残るためにあたしの命を狙った。そして生きるためにあたしを助けたんだから。
なかなか面倒な物件を拾っちゃったなあ。殺したくないって思ったのはあたしだから自業自得と言えるのかなあ。違うよなあ。
やっぱり、ここはあたしの命を狙った連中が悪いんだよね。そう思うことにする。
「アザラッツ。お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「城に戻ったらね、ちょっと喧嘩を売りに行こうと思ってるから、付き合ってほしいなって思って」
「喧嘩?だれに?」
「今回の黒幕。あたしをここに飛ばしてくれたメイド」
相手が客室メイド長だったから、これまでは我慢してたけどね。放逐された上に命までとられそうになって黙っていられるか。
おまけに持つつもりのなかったキンドレイドまで、二人もできちゃってさあ。やっぱりここはきちんとお礼参りに行かないとね!!
待ってろ、コミネ。積年の恨み晴らしに行くからね!
それと、リエヌさんには思いっきり文句を言う。手が出ない保証は、ないなあ。
だまし討ちしてくれたんだから、大人しく往復ビンタくらいは受けてもらおう。
「メイドが事を起こしたのか?」
アザラッツが解せない、という顔をした。彼は事情を全て知っているわけじゃないんだ。
ここは事情を説明すべきだよね。
「というわけで、コミネとリエヌさんに挨拶に行こうかと思って」
「待った」
「ふえ?」
むむ。アザラッツ復讐なんて馬鹿なことやめろって止める気?
心配しなくても殺そうなんて物騒なことはしないよ。ただ、ちょっとこれまでたまりにたまった鬱憤を全部聞いてもらおうと思っているだけ。
その際、反論されないために魔力を解放しようかな、くらいは考えてるけど。
立っているものは親でも使えっていうからね!あるものは使いますとも!!
「そのコミネ、とかいうメイドそこまで大胆なことができる位置にいるのか?」
「どういうこと?」
「あんたは大公閣下に保護されていたんだろ。あの方は最強と謳われる魔人の一人だぞ。そんな方の目をかいくぐってあんたを攫うなんてこと、一介のメイドにできるとは考えにくいぜ」
「一応、大公のキンドレイドって聞いたことあるよ?」
それもあって、余計高慢ちきなんだけど。あ、なんか思い出したらムカついてきた。
「それにしても、だ。あんたを持ち帰ったことを知れるほど、そのメイドは大公に近い位置にいるのか?」
言われてみればそうだ。上級メイドとは言え、コミネは客室メイドだ。大公の宮である天煌宮に気軽に行ける立場じゃない。ましてやロダ様やレジーナさんすら知らなかったあたしたちの存在を、どうしてコミネが知っていたんだろう。
メイドたちは、洗濯メイドにつらく当たる、無関心、同情的の三種類だった。そのうち、陰険だった奴らは、大体コミネの取り巻きか新人っぽいメイド。いや、メイドに絞ることはないのかな。衛兵とか調理師は?侍女メイドに知り合いがいたって可能性もある。
天煌宮に関わりのある使用人が、コミネに情報流していたっていうことはないかな。
う~ん。ちょっとこじつけ感強いか。
「知らないところで目をつけられていた可能性もあるがな」
「たとえば?」
「大公閣下の寵が欲しいって考える奴は山ほどいると思うぜ。それ以上は俺には分かんねえよ」
そりゃそうだ。アザラッツはずっと外の世界で生きてたんだもんね。城の中の事なんて、分かるわけない。
にしても寵ねえ。そういえばレジーナさんが、あたしが大公から格別の恩寵を与えられたとか言ってたっけ。
欲しいもんかなあ、あんな奴のお情けなんて。
「理解しがたいなあ」
「ああ?」
なんだそりゃって首をかしげるアザラッツを、あたしは笑って誤魔化した。
魔人至上主義感が半端ない世界で、あたしの疑問なんて理解されないだろうからね。
「や。なんでもない。となると、どっかにコミネと手を組んでいる奴がいるって見るべきかな」
「少なくとも、大公閣下の近くにそのメイドの共犯者がいるって考えるべきだな」
「そっかあ。……戻ったら聞いてみればいっか」
どうせ、ハーレイ様とかロダ様とかレジーナさんとかはとおおおっくに真犯人にたどり着いているだろうからね。事情の知らないアザラッツにわかることを、優秀なあのヒトたちが見抜かないわけないと思うし。
ひょっとしたら、フロウ様やミュウシャ様もご存知かもしれない。聞いたら教えてくれるかな。
わからなかったら、コミネを絞り上げてみよう。いざとなったらレジーナさんに協力してもらおっと。
間違いなくレジーナさんの方がコミネより強いからねえ。
魔獣:魔力を操ることができる獣。




