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47.桐塚優乃のキンドレイド


 いつまでも外で話しているっていうのも、ということで、場所は再びタウロムさんの家の居間になった。

 というか、その場で話をしようとしたところで、タウロムさんが出てきたんだよね。大騒ぎしていたから、当然だけど。

 タウロムさんたちはあたしたちの戦闘による魔力のせいで意識こそ失わなかったけど、しばらく動けなかったんだって。だから、出てくるのに時間がかかったんだね。

 で、彼の好意で居間を貸してもらえることになった。裏庭は、修理代をあたしが出させてもらうってことで無理矢理話をつけた。あたしがいなければ壊れることはなかったんだから、当然。それくらいの貯蓄はあるよ。

 竜人族は意識が戻らないので、施療院にあるベッドを借りて寝かさせてもらった。

色々あったので、今日は臨時休診にするから気にしないで、とタウロムさんは快くベッドを貸してくれた。恐縮するしかない。

 フロウ様とミュウシャ様は、一般庶民であるタウロムさん夫妻のために魔力を完全に抑え込んでいる。おかげで、二人にも同席してもらえるよ。

 やっぱ、息子同然のニイルの将来っていうか命に関わることだから、聞いてほしいし。


「シークンの血を許可なく飲んだ……?!」


 事情を説明し終えると、タウロムさんが固まった。

 隣に座っていたセレハさんはゆらり、と言葉もなく立ち上がり。

 ニイルを思いっきり殴った。

 うわああい?!セレハさあああん、落ち着いてえええええ!!


「こんの馬鹿!!よりにもよって、魔人様に手を出すなんて、何考えているんだい!!!!」


 どっかーん、て雷が落ちたかって思うくらいの大音量だった。こっわー。

 ニイルは殴られて赤くなった頬を撫でて、何事もなかったかのように姿勢を戻した。

 その顔は、悪い事なんてしていませんって言っている。セレハさんの額に青筋が浮かんだ。


「あ、ああの、あたしなんにも気にしていないので、怒らないでください!むしろ、巻き込んで申し訳ないっていうか」

「ユウノ様が謝られることではありませんよ。知らないこととはいえ、ご無礼をいたしました」


 止めに入ろうとしたあたしをやんわりとタウロムさんが遮った。

 やだなあ。さっきまでなかった壁を感じる。あたし自身は偉くもなんともないのに。

 魔人っていうだけで、敬われるなんて嫌だなあ。


「タウロムさん顔を上げてください。あたしは、ただの世間知らずの小娘です」

「そういうわけには」

「気にすんなタウロム。こいつは、身分にものすっげえ疎いんだよ」


 フロウ様の言葉に、タウロムさんが困ったような顔をした。

 間違っていはいないんだけど、なんか含みを感じるなあ。

 どうせ、往生際が悪いですよーだ。


「フロウ兄様、フォロー、下手」

「お前はほんっとに言葉を飾ることを知らねえな」

「事実」

「……そうかよ」


 あ、フロウ様がミュウシャ様に敗北された。羊が狼に勝つんだね!!

 ちょっと違うか。今の状況には関係ないし。

 おかしい。

 話がずれまくってる。そろそろ軌道修正した方がいいかもしれない。

 でないと一向に肝心の話が進まないじゃないか!

 ぱん、と手をたたいてあたしはその場にいるヒトたちを見回した。


「セレハさん、やっちゃったものは仕方ないのでここは流してください。タウロムさん、あたしはあたしなので態度を改められると結構ショックです。百年も生きてない若造ですし、さっきと変わらない話し方をしてくれた方がうれしいです。フロウ様とミュウシャ様は無礼を承知で申し上げますが、少々黙っていてください。場が混乱します」


 文句は受け付けない、と強気に出たら、皆様神妙に頷いてくれた。

 一仕事終えたような、すがすがしい気分だ!


「で、ニイル!あんたはいったい何がしたかったの?」


 これが本題。あたしは、正面に座っているニイルの目を睨んだ。

 嘘は許さないからね。

 あたしの血を飲むことがどういう意味なのか、ニイルは分かっていてやったんだって確証を持って言える。さっきフロウ様に言った言葉が何よりの証拠。

 でも、あれはあたしに向けられたものじゃない。

 あたしは、あたしに向けられた言葉でニイルの真意を知りたい。


「さっき言った通り。ユノを守りたい。そう思った」

「それがどうしてあたしの血を飲むことになるわけ?」

「俺が弱いから。それでは、ユノを守れないだろう」


 まあ、ね。今度同じような状況になったら、間違いなくあたしがニイルを守るって形にはなるよ。

 それじゃ嫌ってか。男としては情けないって感じかな。

 でもねえ。それだけじゃちょっと納得できないんだよねえ。


「あーのーねー。あたしたちが昨日会ったばっかりなんだよ?理由にそんなん上げられても、信じろって言う方が無理」


 ニイルの事が嫌いなんじゃないけどね。それとこれとは別。

 一日二日でそこまで好かれるとは思えない。キンドレイドになるっていうことは、下手をすれば一生を棒に振ることになるんだから。

 そのあたりの事情を、アーバンクルに生きているニイルが知らないことはないだろう。

 いくらキンドレイドが憧れの存在だからって、自分より年下の女にこき使われる立場になりたいもんかね。ニイルって権力に執着するタイプじゃないと見ているんだけど、見込み違いかな。


「そうだな。打算はあった」

「打算、ね。どんな?」

「キンドレイドになることができれば、村と縁を切れる」

「は?」


 なにそれ?

 村にいるのが嫌なら、さっさと出ちゃえばいいだけだと思うんだけど。う~ん。でも生活環境が変わるのって大変だから、中々決心がつかない、とか?


「言ったろ、いずれ村を出るつもりだったって。でも、親がそれを簡単に許すとは思えない。あいつら、俺の事を使って色々くだらないことをしているんだ」


 んん~?親って、ニイルの事を育児放棄したのに、魔人の先祖返りだって知った途端手のひらを返した態度をとったヒトたちだっけ。

 でも、ニイルはとっくに成年を迎えているんだし関係ないんじゃないかな。


「どういうこと?」

「ニイルが魔人の先祖返りということは聞きましたか?」

「あ、はい」


 あたしの疑問に質問を返してきたのはタウロムさんだった。


「妹夫婦は先祖に魔人がいる、ということを驕っているんですよ。こんな辺境の村ですから、ちょっとでも魔人の血が流れているということで勘違いをしていましてね」

「なるほどなあ。そいつの見た目を利用して、村で横柄に構えてんのか。外見が変わらない自分たちじゃあ説得力がなくても、息子の見た目が事実を後押しするってか。それがお前は嫌なんだな?」


 フロウ様の横槍にニイルが頷いた。

 タウロムさんとセレハさんが、非常に情けない顔をしている。


「外見が魔人に近いだけで、俺自身の能力はロウ族と変わりないんだ。それなのに、あいつらは俺の姿を盾に魔人の威光を振りかざしている。呆れてものも言えない」

「それって、キンドレイドになっても変わんなくない?」


 キンドレイドになるってことは、一般種族にとっては栄誉だ。

 それだって十分、思い上がれると思うんだけど。


「キンドレイドになれば、俺の方が力も立場も親より上になる。あいつらに俺の存在を利用されずに済む」

「その代り自由が無くなったら意味ないじゃん」


 そりゃ、あたしはキンドレイドを道具扱いしたりむかつくから殺したりってことはしないけど。

 それとこれとは話が別。

 親の都合から解放されたいって思っているのに、別の相手に縛られちゃ意味ないじゃん。


「今だって自由があるようでないようなものだ。それに言ったろう?ユノを守りたいと思ったって。その気持ちも本当なんだ」

「昨日会ったばっかなんだけど」

「関係ない。守りたい、と思う相手にいつ会えるかなんてヒトそれぞれだ」


 ……。

 どうあたしに返せと?生まれてこの方告白なんてされたこともしたこともないあたしに、どうしろっていうのさあああああああ!!

 恋愛感情じゃないよ。それくらいは分かるよ。

 でもね!下手に好きって言われるより十倍は恥ずかしいわ!!


「ユノ?」

「ごめん、ニイル。今ちょっとしゃべっちゃ駄目。嬉しいけど恥ずかしくて死ぬ」


 正面から真剣な顔して言われて、平静を保っていることはもう無理。

 これ以上ニイルにしゃべらせたら、あたしの精神が持たない。

 恥ずかしいよう。


「どこの若造だよ」

「ユノ、顔真っ赤」

「ニイルの口からこんなセリフが聞ける日が来るとはね」

「出会いっていうのは偉大だねえ」


 うるさいよ、外野。何も言うなああああああ!!


 とはいえ、黙っていてもこの場の空気に変化はないし。


 女だって度胸だよ!!覚悟決めようじゃないか!!


「この先、今日の事後悔したって遅いんだからね」

「それはない。後悔するんだったら、初めから魔人の血をだまし討ちして飲もうなんて、馬鹿なことを実行しない」


 不敵とすら思える笑みを浮かべたニイルにあたしは、もう何も言う気になれなかった。

 今更ごちゃごちゃ言ったって、ニイルがあたしの血を飲んじゃったことは取り消せない。

 いいよ、もう。打算があろうがなかろうがね。

 これで、助けてもらったことへの借りは返済ってことにしよう。


「……。不束者ですがよろしくお願いします」


 何は置いてもあいさつは大切ってことで、あたしはふかーく頭を下げた。

 ニイルとタウロムさんとセレハさんが慌てたのは言うまでもない。


「ユノが頭下げるようなことではない」

「こんな馬鹿な甥にお願いなんて必要ないんだよ」

「嫁に行くようなセリフを簡単に言うんじゃないよ!!」


 タウロムさんたちが面白いくらいに取り乱している。


 混乱させてごめんなさい。でも、これから一緒にいるっていうんだったら、あいさつするのは当然だと思うんだよね。


「なあ、ミュウシャ。あれ、素でやってるんだよな」

「ユノ、可愛い」

「……そうか」


 フロウ様がなぜか疲れたような目をされた。ミュウシャ様って、結構我が道を行く方なのか。

 さて、この場をどうやって納めればいいんだろう。あたしこの中で一番年下なのになあ。

 妙に気を回すのは、もう性格か……。

 かたり、と物音がしたのはその時だった。音がした方を見れば、寝ているはずの竜人族が部屋の入り口に立っていた。


 意識戻ったんだ。よかったあ。


「おはようございます、竜人族さん」

「……アザラッツだ」


 身の置き場がないように眼を彷徨わせている彼に、声をかけたら挨拶飛ばして名前を言われた。

 やっぱ種族名で呼ぶのは失礼だったか。かといって暗殺者さん、と呼ぶのもあれだったからなあ。

 ま、教えてもらえたから良しってことで。


「じゃあ、改めまして。優乃と言います。呼びにくかったらユウノでも構いません。おはようございます、アザラッツさん」

「……おはよう、ユゥノ」


 ふむ。アザラッツさんはユウノ派か。ちょっと残念。

 あたしの右斜め向かいに座られていた、フロウ様が感心したように口笛を吹かれた。


「すっかりなじませたな。丈夫で結構だ」

「なぜ、俺は生きているんですか?」


 すごいな、アザラッツさん。フロウ様に眼飛ばしたよ。フロウ様は、面白がっていらっしゃるな。


「ユウノがお前を殺したくないっつって、血を飲ませたんだよ」

「冗談は」

「言ってないです。勝手なことしてすみません」


 謝ったら、沈黙された。なんか葛藤しているっぽい。


「俺はあんたの命を狙った」

「そうですね」

「返り討ちに遭った上に、一度助けられた」

「そうですね」

「どうして二度も助けた?」

「あたしのせいで死なれたら迷惑だったからですね」


 打てば響くようなテンポで質疑応答。だって、答えに迷ったら、このヒトに失礼じゃん。

 あたしのエゴで振り回しているんだから、最低限それくらいはしたい。


「……俺はあんたのキンドレイドになったのか」

「結果的には。別に縛るつもりはないので、この後の行動はご自由にどうぞ」

「は、だめだからな」 


 っち。ここで口挟まれますか、フロウ様。


 いいじゃん、別に。あたしの勝手でキンドレイドにしちゃったんだよ。というわけで、彼の未来を縛るつもりは全くないんだけど。


「ユウノ。それお前の命を狙った時点で処刑されておかしくない奴だってこと分かってるか?」


 あ、それがあったか。よくよく考えてみれば、アザラッツさん殺人未遂犯だっけ。

 犯罪者を野放しにするのはまずいかあ。


「でも、殺したくないんですけど」

「わあってるよ。だから、アザラッツ。お前の命死ぬまでユウノのもんだ。お前が死んでもユウノを守れ」


 げ。なにそれ。重いんだけど。


「フロウ様。それはちょっと」

「抗議は受け付けねえ。嫌だっつーなら、あいつは処刑されるだけだ。お前の責任じゃねえよ」

「いいぜ、分かった」

「ほら、アザラッツさんだって、嫌がって、て。え?」

「俺の全てをかけて、俺のクアントゥールを守ることを誓うさ」


 ……何言ってるんだ、あんたはああああああああ!

 ニイルと言いどうしてこうこっぱずかしいことをさらりと言うの?!


「アザラッツさん、思いとどまってください。場に呑まれちゃ駄目です!!今すぐ国外逃亡計ればいいだけですから!!」

「ユウノ。それ俺の前で言うか?」

「今言わなかったら手遅れになります!というわけで、アザラッツさん!!」

「あんたが俺をキンドレイドにしたんだ。ここでポイは酷くねえ?」

「だな。諦めて受け入れとけ」


 この男どもはああああああ!!


 どうしてそういう結論に達するんだあああああ!!


「あんたが俺の生きる糧になってくれるってんなら、何の問題もねえさ」


 晴れやかな笑みを見せたアザラッツさんの言葉が、決め手。

 こうしてあたしは、短い時間の間に予定外のあたし専属の護衛を手に入れちゃったとさ。

 

 他人事みたいに言わないと、とっても受け入れられないよ……。

 




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