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45.桐塚優乃が予想できなかったこと


 痛い。ちょっと思い切りすぎた。

 どくどくと溢れ出す血を、竜人族の口に落としながら、あたしは手首の痛みに顔をしかめた。

 いやね。顔をしかめる程度で済むならいいとは思うんだけどね。

 普通なら痛みにのた打ち回るとか、貧血で倒れるとかするからねえ。結構深かったみたいで、出血量もなかなかのもの。


 人間だったら死んでるね!


 嬉しくない結論に思い当たって、あたしは自分の言葉にダメージを受けた。

 自分で自分を追い込んでどうするかなあ。痛みとは別の意味で泣きたくなってきた。

 なんて馬鹿なこと考えている間に、竜人族の口の中にあたしの血が入った。 

 だけど、弱りすぎていて彼は自分の意志で嚥下できないみたい。うーん。

 王道ならば口移しって手を使うんだろうけど、彼の口とあたしの口じゃそれ無理だしなあ。ワニみたいに突き出していて、大きな口なんだよ?無理矢理飲ませるなんて高等技術できるわけないじゃん。

 というわけで。


「えい!」


 ちゃんと口の中に血が入っていることを確認して、彼の口を上下に押さえつけた。そのまま、のけぞらせるように顔を上に向かせる。


 あ、喉を血が塞いだもんだから、苦しくて飲み込んだ。

 よしよし。


「お前容赦ねえな」

「やるからには徹底的にやります」


 フロウ様が少しだけ声をひきつらせていらっしゃった。自分でも乱暴だとは思うから、他者から見たら余計だよね。

 ま、それで命が助かる可能性があるんだったら、あたしは迷わないけどね。


「が、あ」


 あたしの血を飲み込んだ竜人族が苦しそうな声を上げた。


 なんで?!


 戸惑うあたしの前で彼の身体が再生していく。同時に、体中の血管が盛り上がってきて、生き物みたいに暴れていた。

 小さな痙攣が始まり、あっという間に陸に打ち上げられた魚みたいに激しくなった。


「な、に?」

「ユウノの血と戦う。勝つ、生きる。負け、死ぬ」


 感情の籠らない目で竜人族を見下ろしてミュウシャ様がおっしゃった。

 そう言えば、大公の血を飲むと絶大な力を手に入れる可能性もあるけど、死亡率がめっちゃ高いって聞いたような気が。


 それって、魔人全部に当てはまるわけ?クアントゥールのお情けで魔人になったシークンでも当てはまるってこと?

 もしかしなくてもあたし彼に血を飲ませすぎた?!うわーん。どうしてお二人とも止めてくださらなかったの?!


「ど、どうしよう……」

「ほっとけ。そいつが生きる気があれば生き残るさ。死んだときはそいつの寿命だ」


 おろおろとするあたしに、フロウ様が場にそぐわない明るさでおっしゃる。


 あううう。死にかけているヒトを前にして、どうしてそんなに平然としていらっしゃるんですかあ。


 こ、公女になった場合、あたし生き残れるんだろうか。お二人みたいに、死を平然と受け止められないと、やっていけない気がするよう。

 現時点じゃ絶対無理だからねええ。


「ユウノ。大丈夫」


 ミュウシャ様がいつかの夜と同じようにあたしの頭を優しくなでてくださった。

 はうう。この小さな手の温もりが安心するよう。

 目の前でもだえ苦しんでいるヒトがいるのに、和んでいるってどうよ、これ。でも、ミュウシャ様のホワン、とした優しさに逆らうなんて無理!!


「お、終わるな」

「え?」


 面白そうな顔をしていらっしゃるフロウ様の視線の先で、竜人族の痙攣が小さくなっていく。


 死んじゃう、のかな。


 不安に怯えるあたしが見ている前で、彼の動きが止まった。顔色は悪い。

 でも、呼吸がしっかりとしていて怪我も完治していた。


「ミュウシャの大丈夫はよく当たるよなあ」

「フロウ兄様、嫉妬?」

「感心してんだよ」


 にか、と笑われたフロウ様が竜人族を俵みたいに肩に担がれた。

 流れるようなその動きに、全く反応出来なかったよ。さっきのプレートメイルの暗殺者の動きは、なんとか動きについて行ってたんだけど。


 実力差がすごすぎてもうどうでもいいわーー。


「じゃ、戻るか」

「ふえ?」

「もうここには用はねえだろ。さっさと帰らねえと、ハーレイとレジーナが切れる」


 最強のタッグの名前を聞いた気がする。


 どうしてハーレイ様とレジーナさんが代表して出てくるんですか、フロウ様!


「ハーレイが来なかっただけましだと思っとけ。親父がいないってのに、宰相のあいつまで城を空けるわけにはいかねえって今回は諦めたんだからな」


 あたしの抗議はその一言で封じられた。


 ハーレイ様がいらっしゃるとか、マジ勘弁!


 それよりもあたしが城に戻ること決定?!戻ろうって決めたのついさっきで、心の準備が間に合ってないんだけど!!


「ええ、と。帰るって、あたしもですか?」

「当たり前だろ。何のために俺たちが来たと思ってんだ」

「ユウノ。迎え」

「お迎えに公子様と公女様っていうのは、ちょっとありえないと思うんですが」


 普通兵士とか文官とか部下を向けるよね。国のトップに近いヒトたちが迎えに足を運ぶなんて、ありえないよ。

 逃げ出したから追っ手がかかる可能性くらいは考えていたけど、こんな豪華で怖いヒトたちが来るなんて考えてもいなかった。


 ど、どうやっても逃げ切れない気がする。


「レジーナが、間違いなくお前は城に自分から戻らないっていうんでな。確実に連れ帰れる俺たちが来た。レジーナが来たがったんだが、あいつより俺たちの方が間違いなかったからな」


 おっしゃる通り……ニイルと話をしなかったら、間違いなく明日には隣国に向けて逃亡していた。


 レジーナさああああん!!どんだけ鋭い読みをしているんですかあああああ!!


 確実に連れ帰るって、あたしが拒否してもダメってことだよね。強制送還ってやつ。

 拒否権は、絶対ないな、これは。


 大体、あたしが外にふっとばされたのって昨日だよ。どうやって居場所突き止めたのさ?!


「あたしに探知機でもつけていたんですか?」

「ちげえよ。コミネとか言ったか?格下が格上の奴を転移させたんだ。大掛かりな転移術になる。ばれねえわけねえだろ」


 術の痕跡は残るから、大雑把な転移先は特定できるんだって。


 コミネ。あんたあほか。どんだけ考えなしであたしのことを転移させたんだ。速攻ばれるようなことしたら、意味ないじゃん。

 自分で死亡フラグ立ててどうすんだ!!


「ユウノ。魔力の気配。居場所、分かる」

「あたし、そんなに魔力解放してましたか?」

「ミュウシャの感知能力は高いんだよ。それでしぶしぶハーレイが外に出したんだ。お前、普段の魔力一般種族並みかそれよりも下だからな」


 もはや無意識で魔力抑え込んでいるからねえ。


「それにしたって、ミュウシャ様でなくても他にも感知能力が高いヒトっていますよね?!」

「珍しくミュウシャが我を張ってな。ハーレイが折れた」

「本当ですか?」

「ああ。ハーレイも迎えに行く対象がユウノだったから許したんだろ。ま、いざとなったら、自分が動けばいいって考えたんだろうしな」

「それは具体的におっしゃいますと?」

「お前が逃げようとダダこねたら、ミュウシャからハーレイに連絡が言ってあいつがここに来る」


 いーーーーーやーーーーーー!!


 だってだって。ハーレイ様が来るイコール監禁の危機だよ。監禁は嫌だあああ!


 逃げ道完璧に塞がれてる。

 どの道現時点じゃあ竜人族がいるから、逃げらんないけど。

 あたしの血を飲ませた以上、彼を置いていくわけにはいかない。でも彼をフロウ様が抱えていらっしゃる。

 フロウ様はその気がないかもしれないけど、あたしからすれば竜人族を盾に取られているような状態だ。


「帰らないっていう選択肢は?」


 一応往生際悪く聞いてみる。


 戻りはするんだけどさあ。

 自発的なのと強制的なのって、こう心情的に違うんだよねえ。強制されると逆らいたくなっちゃうっていうか。


「ないな。潜在能力未知数のお前を野放しにはできねえよ」


 諦めろ、って肩をすくめるフロウ様にあたしは力なくうなだれた。

 フロウ様のご様子から、城に戻っても殺されることはない、とは思う。消すとしたら、この場でやっちゃえばいいだけだし。あのキンドレイドに勝てないあたしが、フロウ様に勝てる見込みなんて全くないんだから。

 どうして、あたしなんかに構うんだろう。公子様たちに危険指定されるくらいあたし危ない存在になっちゃったの?


「ユウノ。自分の力。自覚」

「魔人の能力の平均値は越える力を持ってるってことは分かっとけ」


 平均値越えって何さ。そんなものいるもんか。


「持ちたく、ないです」

「諦めろ。どうしても城から出たいっつーなら、親父を説き伏せろ。親父が了承すりゃ、誰も文句は言わねえよ」


 大公の決定に逆らえる奴なんて、そうそういないよね。


 やっぱりあの元凶とは一度話をしなくちゃ、駄目だ。でないと、あたしの一生は、流されて終わる。公女云々より、そっちの方が問題だ!!


「で、でもちょっとだけ待ってください。タウロムさんの家に被害出しちゃったし。って、ニイルの事も忘れてた!!」


 あたしの鳥頭~~~!!


 目の前のことに意識とられて、他の事すっぽり頭から抜け落ちてたよ。

 あたしはニイルがいるであろう場所を見る。彼は、へたり込んだままあたしたちを凝視していた。

 そりゃそうだ。分かっているかどうかは置いといて、あの刺客を存在だけで退散させたお二人だ。見るなっていう方が無理だよ。

 ニイルも、命に別状はないとはいえ怪我をしている。早く治療はした方がいい。

 彼なら、回復魔術で十分足りると思うし。


「ニイル!放置しててごめん!!」


 ニイルの下に駆け寄ると、彼は夢から醒めたように瞬きをした。

 もしかして、目を開けたまま気絶してた?


「ユノ?」

「うん。ごめんね、巻き込んで」

「ああ。うん、それは、いい。それより、あの男助かったのか?」


 竜人族は、ニイルにとっても命の恩人だもんね。

 助かったかどうか気になるのは当然だよなあ。


「あー、たぶん。意識は戻ってないから何とも言えないけど」

「そうか」

「ニイル、怪我見せて。治すから」

「俺より、ユノの怪我の方が酷い」

「平気。もう、治ってるよ。血がこびりついてるだけだから、あとで洗い流すよ」


 ざっくり切った手首の傷は、竜人族に血を飲ませている間に塞がった。出血量がすごかったから、手首がスプラッタになって怪我をしているように見えるだけだ。


「本当?見せて」

「心配性だなあ」


 自分の事よりもヒトの事を気に掛けるなんてニイルはおヒト好しだ。あたしの血まみれの腕がちゃんと治っていることを確認しないと気が済まないらしい。

 早くニイルの怪我を治したかったから、あたしは何の気負いもなく腕を差し出した。


「ユウノ!!」


 その時、今まで聞いたことのない厳しい声でフロウ様に呼ばれた。


「え?」


 振り返ったのと、あたしの手首にざらり、とした物が触れたのは同時だった。

 気持ち悪くて見下ろした先には、ニイルの頭があった。


「ニイル……?」


 彼が、あたしの手首を、血をなめている。まだ乾ききっていなかった血をすすって、飲み込んでいる。


 それが意味することは、何?


 頭が真っ白になった。

 あたしの血を飲んだニイルが苦しそうに顔をしかめ、体をのけぞらせた。

 さっきの竜人族と同じだ。

 

 そして、細い少年の身体が、思い切り吹き飛んだ。




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