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43.桐塚優乃の救世主……



 あたしを守るように仁王立ちをしている竜人族の背中を、あんぐりと口を開けて見上げた。

 目に映る情景が信じられない。


「あ、なた」

「……逃げるなら、逃げろ」


 ぼそり、と地響きのような低い声で男は言った。


 彼は、何を言っているんだろう。昨日はあたしの命を狙っていたのに、どういうつもり?


 男の真意が全く見えなくて、あたしは動くことができなかった。

 背中を見せた途端、後ろからばっさり、という可能性だってあるのだ。

 安易に彼の言葉に従うことはできなかった。

 逡巡しているあたしを、竜人族は一度も見なかった。その視線が向けられているのは、先ほど彼が吹き飛ばしたプレートメイルの男がいる場所だ。

 もうもうと立ち上る土煙。地面に小さなクレーターができている。どれだけ強い力で地面にたたきつけられたんだろう。

 その中に、ゆらり、と立ち上がる影があった。

 プレートメイルは砂埃で汚れていたものの、傷一つついていない。第三の暗殺者に、ダメージを食らったような様子は見受けられなかった。


 丈夫な奴。


 余裕すら感じられる相手にあたしは危機感だけを煽られる。

 今回は、本気でやばい。一度目と二度目の比じゃない。過去二回襲われた時には、何とかなる気がした。無意識でも勝てると思っていたんだと思う。

 でも今回はそんな気が全くしない。あいつ相手に、生き延びることができる希望が見えない。

 間違いなく、なぜかあたしを庇っている竜人族よりあいつは強い。


「まさか、キンドレイド……?」


 あいつの頑丈さを考えるとそれしか考えられない。それも一度目にあたしを襲ってきたキンドレイドよりも魔力が高い。

 ニイルや竜人族の顔色が悪いのって、命の危機に瀕しているっているだけじゃなくてあいつの魔力に当てられているのかもしれない。半分くらいはあたしのせいでもある気はする。

 城外というか、自分のテリトリーから出る魔人やキンドレイドは、魔力を抑え込むことがこの世界のマナーらしい。でないと、ちょっと出歩いた先で一般の種族は、バタバタと倒れることになるから。何かの折に城下町に出かけることがあった時、同行者だったケノウに思いっきり念を押された。

 そのルールをあいつは無視している。

 あたしは、これでもキンドレイドだから当てられずに済んでいるけど、一般種族の二人にはきついだろう。気力で持たせているって感じがする。

 プレートメイルに身を包んだ男が、剣を構えた。切っ先は竜人族に向けられている。

 まずは邪魔者を消そうっていうことか。

 竜人族も幅広の短剣を両手に構えた。


「……裏切るか」

「俺は一度死んだ。なら、惜しむものなんてないんでね」


 竜人族が蒼い顔をしながら不敵に笑った。


 ちょっと。あんたたち味方同士なの?!

 それなのに武器を向け合っているってことは、仲間割れ?

 どういう状況なのさ?!


「邪魔するなら消すだけだ」

「簡単にはいかねえぜ」


 それが合図だった。男たちが同時に地を蹴り、武器がぶつかり合う。

 攻めているのは竜人族だけど、余裕があるのはプレートメイルの男だった。竜人族の攻撃を子供の遊戯を相手にするように簡単に受け流している。

 まるで大人と子供の試合だった。タチの悪い夢だ。

 竜人族は決して弱くはない。間違いなく、あたしが剣道を学んだ師範やかつて見てきた有段者よりも強い。

 なのに、プレートメイルの男はそれを上回る。武器の種類は違うけど剣の技量に大きな差はないように見える。

 違うのは身体能力と魔力だ。キンドレイドと普通の竜人族。これが、決定的な差だった。

 助けなきゃ。そう思うのに、目の前で繰り広げられる殺し合いにあたしの身体はすくんでいた。


「はっ!」


 竜人族が、プレートメイルの男の懐に入りこんだ。急所を狙う渾身の一撃が、完全に男を捕えた。そう思った時、プレートメイルの暗殺者の身体から、突風が噴き出した。そうとしか言いようがない強い風に、竜人族が吹き飛ばされる。


「が、は」


 風は刃となって竜人族の身体を切り裂いた。

 嘘、でしょ。彼らの鱗は一般の鎧に使われる鉱石よりも固いと言われている。それをやすやすと切り裂くなんて。

 真っ赤な血が竜人族の身体から流れ出し、血だまりをつくる。あの出血量、まずいよ。放っておいたら、死んじゃう。


「他愛のない」


 まるでガラクタを捨てるような声音で、プレートメイルの男が言った。それきり竜人族からは興味を失ったように視線をそらす。

 今度こそ、抹殺対象としているあたしを見据えているのが分かる。

 後ろにいるニイルが、小さく悲鳴を上げた。男の殺気の余波を受けたせいだろう。


 それでも意識を失わないなんて、根性あるなあ。


 あたしは、芯からくる震えを押さえつけて立ち上がった。無抵抗のまま殺されるのは我慢できない。

 理由は分からないけれど、あたしを庇って戦った竜人族に顔向けでいないじゃないか。

 飛び跳ねる心臓と吹き出る汗。

 本当にタチが悪い状況だ。寝ているんだったら、きっと殺される寸前で目が覚めるね。

残念ながら、あたしは起きているけど。


「……抵抗するか」

「ただで殺されてあげるほど、お人よしじゃないよ」


 男の呟きにあたしは精一杯の虚勢を張った。

 それを見抜いたのだろう。あいつが鼻先で笑ったのがしっかり聞こえた。


 むかつく。窮鼠猫をかむって言う言葉を知らないな!!

 ぜええええええったい一矢報いてやるんだから!!!

 竹刀か木刀はないの?!武器を誰かよこせええええええ!!


 まさに一触即発。

 男が跳ぼうとし、あたしが反撃の魔力を溜めた。


「そこまでにしとけ」


 その場の緊張感を断ち切るひどく場違いな声が、療治院の屋根の上から聞こえた。

 この声は、一度だけ聞いたことがある。

 見上げた先にいたのは、思った通り元ロウ族のシークン、フロウ様だった。


 これは、あれか。

 ヒーローは遅れてなんちゃらって奴か。


 グッタイミングと言えるけど、もうちょっと早く来てほしかったです、フロウ様。


 その隣には、この場にまったくふさわしくない可愛らしい公女ミュウシャ様がいらっしゃった。

 狼さんと羊さんが一緒にいるよ。面白い組み合わせだ。


「どうして……」


 本来ならば、国の中心たるアテルナ城にいるはずの彼らがここにいるのだろう。


 あんまりにも予想外の展開にあたしはついていけず馬鹿みたいに立ち尽くしていた。



 


いまさらですが。

大公の城の名前は、アテルナ城です。


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