39.桐塚優乃は呆れる
いきなり何?感じ悪いなあ。
目をやれば、むさい感じのロウ族の若者が三人にやにやと嫌な笑みを浮かべて空き地の入り口に立っていた。
うわ。いじめっ子がそのまんま大きくなったって感じがする。RPGに出てくる山賊役の狼人間っていう見かけだよ。しかもボスじゃなくて、雑魚。
「へえ。半端者の癖に女を連れてるなんてな」
「村の女に相手にされないからって、他種族に手を出したのか!傑作だな」
「ずいぶん貧相な女だな。軟弱な奴にはお似合いだ!」
あたしのことを値踏みするように見て、三人は声を上げて笑った。
すっごいむかつくんだけど!!
おかげで、大体の事情は読めた。外見の違うニイルに突っかかるいじめっ子だ。
自分たちと外見が違うからって、それだけでニイルの事を馬鹿にしているのが感じ取れた。
出会い頭にヒトの事見下すこいつらに比べたら、百万倍ニイルの方がいいヒトなのに!!
「生意気な目つきの女だな。可愛がってやってもいいんだぜ」
「あんたみたいな小さい男は頼まれたってお断り。じゃあ、さようなら」
こういう輩は相手にしないのが一番。下手に逆らうと、ニイルに迷惑がかかる。長年メイドとして働いていた時の経験が、こんなところで役に立つとは思わなかったよ。
ニイルの手を引いてさっさと退却しようとしたら、もみあげ部分を長く伸ばした男が一気に距離を詰めてきた。
進行方向に、跳躍してきやがったよ。ロウ族は運動神経がいい一族だからなあ。
「強がる女は嫌いじゃねえぜ。そいつを屈服させるのは楽しいからな」
……何を言えというんだ、こいつは。馬鹿だ。頭の中、自分の力を誇示することと、弱い奴をいたぶることと、性欲しかない単細胞だ。
反論は受け付けない!!
とはいえ、どうしようかな。ここで喧嘩を買って勝てる自信は正直、ある。
見たところ、これまで会った魔人やお城に勤めているヒトたちや暗殺者と比べるとレベルは圧倒的に低そう。負けはしないと思うんだけど、無用な騒ぎは避けたいなあ。たぶん、暗殺者があたしのこと探していると思うから、目立つ騒ぎは避けた方がいいとは思うんだよねえ。
やっぱここは逃げるべき?
逡巡していたあたしを庇うようにそれまで黙っていたニイルが前に出た。
「へえ。いっちょ前に女を庇うのかよ」
「彼女は、旅行者だ。俺とは関係ない」
「のわりに、随分仲良く歩いていたらしいじゃねえか。ヒトづきあいのわりいてめえがよ!」
「似たような見かけの女に安心したんじゃねえの」
「ちがいねえ!!」
自分たちの言葉にひどく受けたらしく、男たちは再び馬鹿みたいに笑った。
何が楽しいのかさっぱりわからない。想像で盛り上がれるこいつらの妄想力には驚かされるけど。
ニイルは、あたしを庇うようにして立ったまま微動だにしない。もしかして、あいつらの方が強いのかな。
見るからに線の細いニイルと、筋骨隆々な三人組を比較したら、体格的にはあいつらの方に軍配が上がる。
「どけよ、ニイル。痛い目は見たくねえだろ?」
「断る」
「ああ?」
「俺が受け入れた客だ。見捨てる真似はしない」
両手を広げてあたしを庇うニイルの後姿が、やけに大きく見えたのは気のせいかな。
目の前の三馬鹿と違って、すっごくかっこいいんだけど。庇われて喜ばない女子がいないわけないでしょ?!
「守護者気取りかよ!いいぜえ。後悔すんなよ?」
「やりすぎて殺すなよ!」
リーダー格と思われる一際体格の良い男が、一歩前に出る。おしゃれのつもりなのか、赤や黄色の宝石で作ったピアスをいくつも耳に嵌めている。多すぎてバランスが取れていないから不恰好だ。
ニイルがあたしを庇いながら、後ろに下がった。
「ニイル、逃げよう」
「無理。あいつらの足は速い」
正論だけど、このまんまじゃ嬲られるんじゃないの?
あたしのせいでニイルがボコされるとか冗談じゃないんだけど。
馬鹿ロウ族たちめ。弱い者いじめして楽しむなんて最低だ!!
リーダー格の男がぼき、って指の関節を鳴らした。にやけた顔がむかつく。
ニイル殴ったら、ただじゃおかないんだからね!
って、心の中で強がったってしょうがないじゃん。口に出せ、あたし!
「二人纏めて可愛がってやるよ。いい声聞かせてくれよ?」
S発言でたーーー!!
フロウ様の時も思ったけど、どうしてこう素でサドッ気出すの?
ロウ族って総じてそういう一族なの?!
男が一歩近づくと、あたしたちは一歩下がる。じりじりと近づいてくるって、すっごくやな感じ。
遊んでるな。ここは騒ぎになること覚悟で、魔力で吹き飛ばすか?
んで、速攻村から逃走。荷物は全部持ってるし、問題はない。
でも、力加減がちょっと微妙。昨日の竜人族より絶対こいつらの方が防御力ないよね。吹き飛ばすのにどれくらいの力が必要なんだろう。
力加減間違えて、殺しちゃった、テヘ、は絶対に避けたい。
「なにをしているのかな?」
男が、嗜虐的な笑みを浮かべ手を振り上げた瞬間、この場にそぐわないのんびりとした声が彼の動きを止めた。
「げ。タウロム」
渋みのある声に初めに反応したのは、ロングもみあげ男だった。
直前まであった余裕がどこかに吹き飛んで、おろおろとしている。まるっきり悪さを見つかった悪がきみたい。残りのロウ族も同じで、やべえ、うそだろ、ってお決まりの言葉を呟いている。
「っち。運がいい奴らだ。……いくぞ!!」
「あ、ああ」
「まてよ」
リーダー格の男が踵を返して走り去ると、連れの二人も慌てて後を追いかけた。速いなー。百メートル走軽く二桁切るね、あれは。
思わず感心してチンピラの後姿を見送っている間に、間一髪のところで助けてくれたロウ族の男性が近くに立っていた。
「伯父さん。どうしてここに?」
「往診だよ。西山の麓の婆さんがぎっくり腰だって息子が泣きついてきたんだ」
「そうか」
ニイルが、親しげな様子で助けてくれた男性に話しかけた。
男性は、ニイルと同じく細身で、モノクルをかけている。学者とかお医者さんって感じがするなあ。
なんとなく、ニイルの態度が柔らかい。伯父さんってことは、親戚かな。
「ニイル。彼女は?」
ニイルの後ろにいるあたしに気付いたタウロムさんが、あたしに気付いた。
タウロムさん、でいいんだよね。さっきのチンピラがそう呼んでたもん。
「迷いの森で拾った迷子。今日施術院を休むって連絡したときに話した客」
「ああ、彼女が。二人でいるところをボルクたちに見られたのか」
「そうみたいだ」
「まったく、いつまでたっても彼らは成長しないな」
すごーく、呆れたようなため息をタウロムさんが吐いた。
そうか。あいつらは村の問題児なんだな。大人たちの頭痛の種なのかもしれない。
「あいつらにそれを期待しても無駄だ。でも、伯父さんが来てくれて助かった。ありがとう」
「可愛い甥の危機を救えたなら、嬉しいねえ。ああ。お嬢さん放っておいてすまなかったね」
「いえ。あの、危ないところを助けてもらってありがとうございました」
ピンチを救ってもらったのにお礼を言っていなかった。
頭を下げたあたしに、タウロムさんは逆に困ったような顔をした。あたし間違ったことしてないよね?この世界でも、頭下げることは無礼にはならないはず。
「いやいや。軽く追い払っただけだから気にしなくていいよ。それよりも、村の恥を見せてしまったようで申し訳なかった」
なるほど。村民が迷惑かけちゃったのにお礼を言われて恐縮されちゃったのか。
別にタウロムさんが悪いわけじゃないんだけどな。年長者は苦労するね。
それに、あれくらいだったら陰険メイドたちのいじめに比べたら可愛いよ?
「気にしてませんから。村のヒトが全員ああいうやつじゃないっていうのは分かります」
「そう言ってくれると助かるな。お嬢さん、お時間はあるかな?」
「あ、はい」
「では、我が家でお茶でもいかがかな?ここから近いんだ」
「え、と」
お茶のお誘いは正直嬉しい。タウロムさんはいいヒトっぽいし、どこかで気兼ねなく休憩はしたい。
でも、初対面の人にそこまで甘えていいのかな。ニイルに思いっきり頼っているあたしが言える立場じゃないんだけどさ。やっぱ、遠慮は出るよね。
「その方がいい。伯父さんの家ならゆっくり休めるし、うるさい目もない」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
あたしの遠慮を、ニイルが吹き飛ばしてくれた。頼りになるよう。
「歓迎するよ」
改めて頭を下げたら、タウロムさんが包容力のある笑みを見せた。
大人の余裕ってやつだね!




