2.桐塚優乃の現在
日の光が届かない薄暗い地下。冬になれば、足元からしんしんと凍るような寒さが襲い掛かってくる。
広い部屋だ。東京ドームなんて馬鹿なことは言わないけど、あたしの家がすっぽり入っちゃいそうな広さ。坪数にしたら、四十坪くらいはありそう。
そこに規則正しく、丸いドラム缶型の機械が数十台並んでいる。どの機械からもごうんごうん、ってちょっと不気味な音が聞こえる。時々、がん!って何かをぶつけるような音までする。
……そろそろ寿命かなあ。前回取り替えたのがあたしがここにきてすぐのころだから、三十年くらいか。流石に限界だよね。お願いすれば買ってもらえるかなあ。
「無理だよねえ。壊れるまで使えって言われるのが落ちだよね」
懸命に動き続ける洗濯機を撫でてあたしはため息をついた。
上の連中ときたら、いらないものはいくらでも買うくせにこういう必要な備品を買うことは渋るんだよね。腹立つなあ。
ここで洗濯係として働き始めて三十年ちょっと。いつの間にか自分で洗濯機の修理ができるようになってた。経費節減のために努力してるよね。あたし。
「そのあたしが言うんだから、もう本当に限界だと思うんだよね。壊れて修理に出して、専門家に駄目だし喰らわないと無理だろうけどさ。もうちょっと融通利かせろって言っても怒られないよねえ」
まあ、もう少しこの子たちには頑張ってもらおう。実は申請するのも面倒だし。
後でケノウに相談してみよう。同じ洗濯メイドのリーダーの彼女なら、きっと分かってくれる。
「ユウノ!!これも追加!!」
パタパタと、慌ただしく入ってきたのは同じ洗濯メイドのシャラだった。全身緑色の肌。多少色素が違うだけで、ぱっちりとした目も緑。髪はワカメみたいにうねっている。緑人族特有の若葉の香りが、鼻をくすぐった。あたしより頭一つ分くらい低くて、骨と皮みたいながりがりの体つきをしている。
今にも折れそうな手には小学生位収まっちゃう籠一杯の汚れ物。シャツやらタオルやらがどっさり入っていた。
シャラがどさっと乱暴に籠を置いた。
「すっごい量だね」
「兵舎に回収に行ったらこの山があったの。廊下に後二つあるわ」
「そりゃまた、豪勢な。シャラお疲れ様」
「まだまだ休めそうもないけどね。ユウノも頑張って」
うんざりした顔を隠さずに言って、シャラが残りの籠も持ってきた。中身は同じような衣類。
うっわー泥臭い。絶対陸軍の訓練着だ。あそこの訓練ってハードらしくって、毎日持ってこられる汚れ物はいつも悲惨なことになってる。
それをピッカピカにきれいにするのがあたしの仕事ってわけ。
「また派手にやったね。これ絶対穴あきがあるよね」
「でしょうね。任せちゃっていい?」
「オッケー。置いてって。代わりにあれ持ってってもらえる?」
「分かったわ。じゃあお願いね」
諦めたような声を出したあたしにシャラが苦笑した。笑うとチャーミングなんだよね。
丁度干し場に持っていこうと思っていた洗濯物を頼むと、シャラは軽く引き受けてくれた。水気を吸って重たい衣類が入った籠を見た目に反してシャラは軽々と持ち上げた。二十キロくらいあると思うんだけどなあ、あれ。
シャラがああして洗濯物を運ぶ姿を初めて見た時は、ギャップがすごくて固まった。
「さて!やりますか!!」
早足でかけていく彼女を見送ってあたしは、持ち込まれた新しい子たちに取り掛かった。
シャラに渡した衣類を筆頭にシーツやカバーなど、干さなくちゃいけないものがまだまだある。洗濯機から上がったものを干し場に持っていくのは基本あたしの仕事だから、仕分けに手間取っているわけにはいかない。ちゃっちゃと片付けなくっちゃ。
夕飯を食べ損ねるのは勘弁だもん。
ここ、時間に厳しいんだよね。起床時間とか食事の時間とか入浴の時間とかさ。守れないからって怒られることはないけど、しっぺ返しは自分に来る。仕事に遅れる、ご飯くいっぱぐれる、お風呂に入り損ねるって具合にね。
因果応報ってこういうこと言うのかな……。
にしても。さっき渡した洗濯物の量って十代の女の子だったら見るだけでも嫌がりそうな量だよね。一回だけで終わればいいけど、あんなのが二十も三十もあるからねえ。この城の洗濯メイドはあたしとシャラの他に後三人いる。その五人でこの巨大な城に住む使用人から城主が出した洗い物を洗うんだよ?たぶん千人分は軽くあるんだから。
生まれて十七年間。地球にいた時は洗濯なんてほとんどお母さん任せだったあたしが、よくここまでできるようになった。
色分け、種類分け。クリーニング屋さんもびっくりの見事な仕分けの腕前。
ま、三十年もやって手際が悪かったら今頃殺されてるんだろうけど。
日本じゃあありえなかった理不尽がまかり通る世界。人間以外のヒトが暮らすアーバンクル。それが桐塚優乃改め、ユウノが生きている世界だからね。