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36.桐塚優乃の危機……?



 光が収まったのを感じ、あたしは恐る恐る目を開いた。

 目がくらんでいる。瞬きを数度して、ようやく視界がはっきりした。

 ぐるりと周りを見回すと、まるっきり周囲の景色が変わっていた。

 目の前に広がるのは、鬱蒼と茂った木々。今にも動き出しそうな不気味な生命力を感じる。森林浴には向かないおどろおどろしい景色だ。

 紫や黒やどす黒くなりかけた緑の葉がおどろおどろしい。

 魔の森って感じかな。やだなあ。絶対猛獣とか猛獣とか猛獣とかプラスお化けとか魔獣とかいそうな雰囲気だよね。植物までモンスター!っていうことにはならないと思いたい。

 猛獣は、魔力を持っていてもそれを有効活用できない獣の事で、魔獣は、魔力を攻撃や防御に使う頭のいい獣の事。どっちにあっても危険であることには変わりないよ。

 ここって、間違いなく城の外だ。城内にこんな場所があるなんて聞いたことがない。

 予想はしていたけどね。あの床に描かれていた陣って、転移陣だったもんなあ。 

 魔器具化された転移陣と違って、術者が魔力を含ませた塗料を使って作った手作り転移陣。作ったときの魔力にもよるけど、大抵は一回使いきりであることが多い。

 魔器具タイプと違って、転移先は術者が行ったことがある場所ならどこでもオッケー。

その分魔力消費は大きい。日常的に使うには効率が悪いから、公共の場所や職場なんかでは魔器具転移陣の方が普及しているらしい。 

 コミネが用意周到に待ち構えていたってことは、あたし誘い出されたのか。


 うっわ~、おまぬけ。


 ケノウとシャラに呆れられて、カラッカとクロレナに笑われるな。

 レジーナさんには心配かけるかも。ミスったなあ。


 はああああああ。


「まさかリエヌさんがコミネ側のヒトだったなんて。あんなにまじめそうなのに」


 きびきびと仕事をこなす彼女は、苛めからは遠いヒトのように見えた。あたしの観察眼も大したことないな。

 リエヌさんが見せた暗い笑みが脳裏にこびりついている。隣にいたコミネの嘲笑はいつもの事だから、流せるけど。

 あたし、リエヌさんに失礼なことしたっけ。仕事の教え方厳しかったかなあ。

 出会って数日しかたっていないけど、一生懸命働いてくれる彼女に好感を持っていた。それだけに裏切られたっていう現実は苦しい。

 どうして、って詰りたくないって言ったら嘘だ。目の前に彼女がいたら、ビンタの一つも送っているかもしれない。


 うわ。あたしって嫌なやつだな。


 はあ。なんかどん底まで気分が落ちていくよ。ここまでショックを受けたのは、アーバンクルで目覚めて、人間じゃなくなった、って告げられた時以来かもしれない。


「人生山あり谷ありとは言うけど、どっちも険しすぎるよ」


 あたしが何したっていうのさ。もう。


 日々真面目に洗濯していただけなのに。あたしの望まない方向にばっかり事態は動く。

 あ、なんかだんだん腹立ってきた。理不尽なことされて、笑って許せるほどあたしは心が広くないからね!


「馬鹿なこと考えてないで、この森でることに集中しよ。どっち行ったら出口に近いんだろ」


 時間はまだ昼のはずなんだけど、全体的に薄暗い。夜になったら身動き取れなくなることは間違いないなあ。

 多分、ご飯は抜いても平気だと思うけど、水分はほしい。空腹よりも喉の渇きの方がきつくなりそうだもん。


「水分不足で死ぬ前にヒト里に出たいなあ」


 この森を住処にしている集団とかいないかなあ。近くに誰かがいれば、出口まで案内してもらえるんだけど。

 あたしも転移術は一応使えるけど、転移先が思い浮かばない。あたし、アーバンクルでは城の一部しか知らないんだ。城下町には、数回降りたことがあるけど、あんまり鮮明に覚えていない。

 あたしの転移先って城しかないんだよなあ。不可抗力とはいえ、外に出られたんだからこのまま逃亡計りたいなあ。どうせ城に戻っても、公女だなんだって言われるわ、命の危機にさらされるわで、いいことないもん。

 だったらいっそのこと、このまま行方をくらましちゃった方がいいんじゃない?ケノウたちには心配かけちゃうかもだけど、仕事の心配がないんだったらあたしは逃げたい。


 ずっとずっとあの城から出たかった。それが思わぬ形で叶っただけだって思えばいいんじゃない?


「これでいいかなあ」


 木の根元に落ちていた小枝を拾って地面に立てる。


「運も実力のうち。さあ、あたしはどっちに行けば助かるのかな?」


 てい、と指先で支えていた枝を離す。枝は少しだけゆらゆらと揺れて、パタリ、と右を差して倒れた。


「こっちね。信じてるよ、小枝君」


 ああ。寂しい独り言だ。これが癖になる前に誰でもいいから会いたいなあ。

 寂しさを紛らわすために、あたしの行くべき道を指してくれた小枝をお供に歩き出す。

 そしてお約束。

 背後から襲い掛かってきた相手にあたしの回し蹴りが決まった。







 絶対何かあるとは思ってたんだよ。

 あの陰険コミネがあたしを城から放逐するだけで満足するわけないじゃん。案の定、暗殺者を用意してくれていたよ。

 当たって嬉しいかって言われたら、全然嬉しくないって答えるけどね!

 ちらっと見た感じ、全身を茶色や緑の模様の服で包んでいた。迷彩服に似ている。森での襲撃に合わせた衣装だね!!

 そこまで確認してあたしは脱兎のごとく逃げ出した。戦う気なんて端からないよ。


 三十六計逃げるが勝ちって昔の人はいい言葉を残した!!


 地面からは太い根がせり出し、行く先には棘のある茂みが広がっている。転ぶし、肌をひっかくしで散々だけどそんなことに構ってなんかいられない。

 とにかく走る。道があろうがなかろうが走る。


 これで逃げ切ることができれば、儲けものだね!!


「って、そんなに甘くないっか」


 茂みを抜けた開けた場所に、さっきの迷彩服もどきを着た暗殺者が待ち構えてたよ。

 くっそう。逃げ道読まれてたか。相手はこの森の地理を把握しているのかもしれない。

 だとすると圧倒的に不利だ。


「試しに聞くんだけど、見逃してくれない?」


 男から目を離さず、あたしはちょっとでも距離をとろうと後退りをする。

 あたしの問いに、男は武器を構えることで答えた。

 長さは三十センチくらいの短剣なんだけど、幅が広い。十五センチくらいはあるんじゃないかな。寸胴の短剣だ。それを前腕とあまり変わらない大きさと思える巨大な両手に、一本ずつ持っている。

 顔は頭巾で覆っているから正確には分からない。ロウ族と同じように突き出した口を持っていた。彼等との違いは、頭巾から飛び出した二本の鋭利な角。象牙色をしていて二十センチはありそうだった。布地の隙間からトカゲのような青い丸い目が見えた。体長は二メートルはありそう。細身だけど筋肉質な感じだった。

 獲物を狙う肉食獣だ。猛獣は猛獣でもタチの悪い奴に引っかかっちゃったな。

 さて。どうやって逃げよう。

 見た感じ隙がないんだよね。見逃さないぞオーラをビシバシ感じる。

 さっきの回し蹴りがまずかったか。でも、後ろから襲い掛かられたら思わず反撃したくなるのが人間だよね?!

 ってそんなことどうでもいいんだよ。あたしが考えなくちゃいけないのは、この状況をどうやって切り抜けるか。

 根性出せば、逃げ切れそうな気はするんだよなあ。それともこっちの油断を誘っているのかなあ。

 あたしが戸惑っていることが分かったのだろう。暗殺者が目を細め、地を蹴った。


(来る!!) 


 一気に距離を詰めてきた男の攻撃を、あたしは余裕をもって身を捻ってを躱した。相手のがら空きの背中が目に入る。そこに向かってあたしは魔力の塊をたたきつけた。どうせ避けられるだろうけど、時間は稼げる!!


「があああ?!」

「あれ?」


 予想に反して、攻撃はクリーンヒット。男の身体が吹き飛んで、巨木に激突した。そのまま動かなくなる。


 ちょ、ちょっと待って。死んでないよね?!!

 叩きつけたって言っても何の小細工もしていない魔力の塊だよ?!しかもちょっとしか魔力使ってないのに!!


「殺しは勘弁して!!」


 慌てて駆け寄ると、かすかに胸が上下していた。


 よかった、生きてる。

 でも、全身からの出血がひどい。ほっとくと死んじゃいそう。


 呼吸も苦しそうだ。とにかく息をする妨げになる頭巾をめくり、口元のぴったりと覆っているマスクをはぎ取った。

 出てきたのは、竜の顔だった。緑灰色の鱗を持つごつい雰囲気を持つ竜人族だ。随分物騒な顔つきをしている。ごつい。さっきは気づかなかったけどトカゲのような尻尾が生えている。

 確か、魔人を除いた種族の中で上位の戦闘能力を持つ一族だったかな。よくそんな存在を一撃で沈めたよ、あたし。

 キンドレイドなら大丈夫だと思うんだけど、なんかのこのヒト違う感じがするんだよね。

 いつか襲ってきた暗殺者よりも動きが遅かったし、魔力っていうか生命力が弱い。今まであったヒトたちの中で一番弱そう。

 おまけに怪我が治る気配がない。


「もしかして、在野にいる暗殺者、とか」


 まさか、とは思う。仮にもシークン候補(本人超不本意)のキンドレイド相手に、一般種族を向けるか?!実力差考えなよ雇用者!!


 戦闘経験のないメイドなら何とかなるとか思われていた可能性は大だけど、キンドレイドの身体能力甘く見過ぎ。

 悪いんだけど、このヒトの動き簡単に目で追えた上にほっとんど命の危機、感じなかったからね!


「くう。すっごく馬鹿にされてる気がする。絶対コミネだ。悪の元凶はコミネに違いない!」


 違うって言ったって認めるもんか。あの人を嘲る笑み。一生忘れないからね!


「とにかく、このヒトの怪我何とかしないと。……魔力って確か回復術に転換できるんだよね」


 自分の魔力を生命力に変換して怪我人に注ぐと、傷の治りが早くなるとか何とか聞いたことがあるな。


「やってみればわかるか」


 がんばって傷は治すから、死なないでよ殺し屋さん。

 誰のためかって?そんなのあたしのために決まってるでしょ。

 他者の命奪って平気な顔できるほどあたしは強くないからね。


「イメージ。大切なのはイメージだ」


 魔力は癒す力だ。それを、対象に注ぐ。それだけでいい。

 魔法、魔法だ。どんなRPGでも必須の回復魔法だ。


 イメージはあれなんだああああああ!


 あたしの想いに応えるように、魔力がキラキラと緑色の光を放って男の身体に吸い込まれていく。苦しそうな呼吸が穏やかなものに変わる。

 出血も止まったみたい。応急処置としてはこんなもんでしょ。

 よし。後はこのヒトの生命力次第だね。生き延びてくれますように。

 ぱんぱん、と拝んであたしは彼から離れた。

 本当は、起きるまで付き添ってあげたいんだけど、そうするとまた殺されそうになる恐れがある。で、あたしが反撃して怪我治してって同じこと繰り返すんじゃ意味ないじゃん。

 怪我も治したし、一般的に強靭な肉体を持っていると言われている竜人族なら、簡単に死にそうもないし大丈夫だと信じよう。

 割り切れ。現時点であたしができることはやった。

 後ろ髪を引かれる思いを振り切って、あたしはその場から駆けだした。




三十六計逃げるが勝ちは、正確には、三十六計逃げるに如かず。

優乃さん、間違って覚えてますよ(笑)

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