32.桐塚優乃の魔力講座
「鍵を緩めるって、あの魔力を外に流したのは、自分の意志でやったってことですの?」
レティシア様がいぶかしげな顔をされた。
なんでそこまで不審がられなきゃならないんだろ。
「ええ、まあ」
「そう言えば、魔力を抑えるように言ったら、すぐに抑え込んでいたね」
ハーレイ様が今気づいたというように考え込まれた。
それくらいは簡単だけどな。自分の力だもん。使いこなせないと、色々面倒くさいでしょ。
使いこなすって言っても、魔力の出し入れの量を調節できるくらいだけど。
「では、魔力制御はできるのか?制御装置を使っているということはなく?」
ロダ様の言葉に、今度はあたしが首をかしげる。
「制御装置ってなんですか?」
「魔力を抑えるための魔器具だ。己の魔力を制御できない未熟者が使うんだが」
そういうものがあるんだ。あたしの身の回りにある魔器具ってほとんど洗濯関係の物だけだからな。そういう小物関係ってほとんどないんだよね。
というわけで、魔力の制御は自前だよ。
他にどうしろっていうのさ。
「父上の力を、ここまで完璧に抑え込むなど簡単にできることではないぞ。どこで制御方法を覚えたんだ?」
「ケノウたちに教えてもらいました。何せ五人で洗濯を回さなければならなかったので、無駄な魔力は極力使わないように、というのがあたしたちの方針だったんです」
洗濯だって一日三回くらいで終わるのであれば、ここまで節約する必要なかったんだけどね。汚れ物は毎日大量に出るし、増えることはあってもなくなることはない。
だからって魔力切れなんて起こしたら、他の仲間に迷惑かけちゃうし。非常事態に備えて、魔力の温存は必須だったから、皆でいろいろ計算したんだよ。
例えば、徹夜続きで最大何日持つか、とか。
一日食事抜いても魔力は回復するのか、とか。
体力の回復優先の睡眠をとった場合、最低どれくらいの魔力を確保すればいいのか、とか。
試行に試行を重ねた結果、無駄な魔力は一切外に放出しない術を身に着けた。
魔力が外に出るのは、魔器具を作動させるとき限定。そのときだって必要最低限しか使わない。
それもあって、あたしたちって雑魚扱いだったんだよね。
普通魔力はちょっと外に出ちゃっている。それこそ、気配、って言えるくらいの量。それは別に他のヒトに害を与えることはないレベルだから問題視されない。
でも洗濯メイドはみんなそれすら惜しんだ。そのせいであたしたちには魔力がほとんどないんじゃないか、って誤解するヒトも多かったんだよ。
ということを説明したら絶句されちゃった。あたし変なこと言ったかな。
「洗濯メイドって、下級のメイドでしょう?聞いていると、とてもそうは思えないのだけれど」
不思議そうなレティシア様に、ロダ様が簡単に洗濯メイドの状況を説明された。
聞かされたレティシア様は、完璧に呆れていらっしゃった。
「なんてもったいないことを……」
「同感だが、それは我らの落ち度でもある。間違ってもユウノたちを責めるなよ」
「そんな分別がつかないほど愚かではなくてよ。でもそうねえ。そんなに優秀なメイドだったらわたくし付きにしたいわ」
「ばらけさせるつもりではいるから、一人は構わないだろう。一人はレジーナたちの代わりに父上に着けるし、一人は私がもらう。後一人は」
「もちろん、私がもらうよ」
ロダ様の言葉を攫うように、ハーレイ様が当然というようにおっしゃった。
何が勿論なんだろう。
「だろうな」
ロダ様も納得されている。侍女メイドに異動することは分かっていたけど、なかなか大変な方たちに付くことになっちゃったみたい。
大公付きと第一公子様付きになるのだれかなあ。プレイムの侍女なんて、みんなすっごく嫌がりそうだな。
立身出世?そんな言葉知らないよ。
分相応っていう言葉ならよくわかっているけどね。
「それにしても、どうしてユウノは先ほど魔力制御に失敗しましたの?」
思い出したように、レティシア様が首を傾げられた。
失敗か。そうだよね、思ったより魔力を多く外に流しちゃったんだもん。
失敗としか言えないよね。
原因?そんなの決まってるじゃん。
「先日大公様に押し付けられた指先二個分をうっかり除外していたせいだと思います」
欲しくてもらったわけじゃないけどね!むしろいらん!!
魔人の血肉を取り込んだことで、あたしの中の魔力を貯められる容量=キャパシティが一段と大きくなったんだ。あ、それだけだったら魔力の量はあんまり変化しない。
取り込んだ血肉に付与されている魔力が一時的に蓄積はされるけど、使っちゃえばそこまで。キンドレイドになった直後に至っては、肉体改造に魔力が使われているからほとんど残ってないし。魔力量を上げるには、ちょっとした努力が必要なんだよ。
魔力っていうのはキャパシティ、魔力の器の大きさまでしか増やすことはできない。そして魔力を増やす方法は、とにかく使いまくれ。これだ。
体力を増やすのと同じ要領だと思ってもらえばいい。もともと持っているのは最低限の魔力。それじゃ納得できないっていうヒトは、訓練して魔力を増やすんだ。魔器具が出回っているから、嫌でも一定量までは増えるらしいけどね。逆に使わなくちゃキャパシティが大きいばかりで、魔力は増えない。むしろ体力低下と一緒で、魔力低下を引き起こす。
そしてあたしは、というと。
大公に指を食べさせられた(溜息)後、腐海と化した洗濯場で限界まで魔力を使い続けた。そりゃ、魔力も増えるわ。確実に、キャパシティ一杯まで魔力量上がってるね。
また自分で自分の首絞めたよ……
「なるほど。いつもの要領で力を解放したのに、魔力が増えた分が余計に漏れたのか」
「そうだと思います。後は、ここの所楽していますから、魔力が余っていたっていうのもあるかもしれませんけど」
ここ数週間の間に、洗濯に使う魔力が激減してるからね。おかげで腐海解消のために使いこんだ魔力はすっかり回復しちゃった。
完全に誤算だった。
「自分の魔力最大値を把握できてはいないのか」
「ごめんなさい。すっからかんになったことはあっても、MAXになっていたことがないんです」
「それはケノウたちも?」
「たぶん。あたしより魔力は少ないので、あたし以上に常にギリギリだったと思います」
省エネを実行していても、肝心のエネルギーがなくちゃ話にならない。
といっても、完全回復させることができるくらいゆっくり休むことなんてできなくて。
洗濯ができるだけの魔力と体力があればよし、でいたから最大魔力値なんて知らない。普通は健康診断で測るんだけど、そのときだってぎりぎりの魔力しかないことが多かったからね。仕事開始前のMAX状態で測るっていう建前なんて通じるはずないじゃん。
頷いたあたしに、ロダ様が難しい顔をされた。あれ。困らせるつもりはなかったんだけどな。
「ユウノが気にすることじゃないよ。悪いのは、君たちを攫ったお馬鹿さんたちなんだから」
「お馬鹿さん、ですか」
さわやかな笑顔が怖いというのは、ハーレイ様に失礼かな。
でも、背中を走る悪寒はごまかせない。
犯人。どうやら、ハーレイ様を完全に敵にしたみたいだよ。プレイムを相手にしなくちゃいけないなんて、運がなさすぎるね。
「ユウノを傷つけた奴らなんて、生かしておいても仕方がないかな」
殺す気満々ですか。しかも理由があたしって、それはやめてください!
余計な恨みかうじゃないですか。
武器とって戦うところまでは何とか許容範囲にしたけど、命を奪うっていう行為はやっぱり嫌だ。身を守るだけなら、追い返せば十分だし反省を促せばいいよね!!
「で、できれば、殺すのは勘弁してあげてくれませんか?」
「ひどい目に遭わされたのに?優しいにも程があるよ、ユウノ」
困ったような顔をしてハーレイ様があたしの髪を撫でられた。
ロダ様が、全く、とため息をつかれる。そういえばこの間フロウ様と一緒にこのことでお説教されたばっかりだったっけ。物わかり悪くてごめんなさい。
レティシア様は……楽しそうな顔をして傍観者になっておられた。
「優しいんじゃなくて、あたしが嫌なんです。あたしが原因で殺されるって、すっごく精神的にきついんです。殺された相手の命を背負えるほど、あたしは強くないんですよ」
犯人を殺してほしくないのは、彼らの命を惜しんだからじゃない。
あたしが、その死んでいくヒトたちの命を背負えないだけ。あたしのせいでヒトが死んで平気な顔ができるほど、あたしは図太くできていないんだ。
あたしは弱い。
命を狙われたら。
性悪メイドたちがやったようにあたしに攻撃をして来たら。
あたしは自分の身を守る為に戦って相手を傷つける。
いつかの夜。
あの襲撃者を傷つけたことに怯えて泣いたあたしが、武器をとって戦うだろう。
死にたくないから。
生きたいから。
相手を傷つけても、自分が助かろうとする、って生に執着する自分を認めた。
でもね。
生きるためだけだったら、相手を殺さなくても何とかなるんじゃないかなって思う。
甘いって言われたらそれまでだけど。
偽善だって言われたら反論できないけど。
そうやって、あたしは最後の人間の部分を守りたい。卑怯な子供だ。
「犯人を殺すと、ユウノが辛い思いをするんだね?」
「はい」
「それは困るな。どうしようかな」
やだな。ハーレイ様が戸惑っておられる。
あたしの我儘のせいだ。でも、言わなくちゃいけないと思ったから、後悔はない。
ロダ様が厳しい顔をされながらあたしと視線を合わせられた。
「ユウノ」
「はい」
「犯人を裁く。これは屈がらない」
強い言葉だった。絶対の決定を彼女は告げる。
ロダ様を止めることが、あたしにできるだろうか。
「ロダ様……」
「だが、犯人に協力したメイドは見逃そう」
「え?」
「さっき君を取り囲んだメイド。君たちを虐げていたメイド。彼女たちも処分対象だったんだよ」
あの性悪メイドたちも、処刑対象だったの?!
陰険だし、苛めはしてきたけど殺したいほど憎んではいなかった。
やっぱり魔人の気に障るようなことはしちゃいけないんだね。何が死に直結するか分かりやしない。
でも、なんで彼女たちが処刑される危機に陥っているんだろう。公子様たちの気に障るようなことはしていないと思うんだけど。
「ユウノのことを長年苛めてきたんだろう?当然じゃないか」
ハーレイ様。さわやかに言い切らないでください。
あたしが原因ってホント洒落になってませんから!!
「嘘……ですよね」
「本当だ。だが、あれらは犯人に踊らされていた節が強いからな。情状酌量の余地あり、ということで今回は見送ろう」
「降格や異動はさせるけどね」
処刑に比べたら断然ましなので、文句はありません。
「それで、許せ」
公女様に正面から謝れて、あたしとしてはあたふたするしかない。
ロダ様がものすごく譲ってくださったんだってことはこれだけでよくわかる。
それだけに、犯人の命を救うことが難しいことも痛いほど理解した。
メイドたちと違って、犯人は大公の名も傷つけた。それを、為政者側にいる彼女には見過ごせないんだ。
「……はい」
あたしの何百倍もの年月を生きていらっしゃるロダ様の決意を、小娘のあたしには覆せる言葉が見つからなくて。
あたしはやるせない思いで頷くことしかできなかった。
魔力:
アーバンクルの住人が誰でも持っている生体エネルギーの一つ。
魔力は個人の努力で底上げするものであり、生まれながら持っている魔力は必要最低限。体力と同じような考え方をしてもらえれば、分かりやすいかと。
キャパシティ:
魔力をとどめることのできる器。個人によって大きさは違う。
キンドレイドになると、キャパシティは大きくなる。魔力は上がらず、増やしたかったら個人努力が必要になる。




