31.桐塚優乃の窮地を救ったのは
とんでもないことを聞かされて、目を白黒させていたあたしを神様は見捨てていなかったらしい。神様がいるかどうかはこの際置いておいて。
救いの手は、思わぬところから差しのべられた。
「ロダ!こちらに戻っていまして?」
気の強そうなソプラノの声が、混乱しているあたしの頭にすうっと届いた。
「レティシア。ノックくらいしたらどうだ」
「しようとしたら、扉の前に立っていた衛兵に邪魔されましたの。面倒ですから、そのまま入ってきましたわ」
ロダ様の苦言を涼しい顔をして流したのは、金髪の美女だった。ハーレイ様やロダ様と違って、人間臭い美人さん。高校や大学とかで、ミスなんちゃらに輝きそうなレベル。お二人に比べれば親しみが持てる身近にいる美人さんだった。ハーレイ様とロダ様はできすぎなんだよね。
垂れた青い目で鼻は日本人の平均と同じくらいの高さ。女性らしいふくよかさをもった体つきで、胸が大きかった。あれ、EとかFレベルだよね。なんとかCあるあたしとしては大違いだ。うらやましいかって言われると微妙かも。剣道やったり一日中洗濯やったりしていると、動きの邪魔になるんじゃないかって考えちゃうんだよね。男の夢の敵というなら言えばいいさ!妬んでなんかいないからね!!腰は締まっていて、ふくよかなのにメリハリのある体型をしていた。
ロダ様のことを呼び捨てにしたってことは、間違いなく公女様だよ。レティシア様って確か、第二公女様の名前だもん。大公とカヨウ族の第二側妃様との間に生まれたベタルのお子様だったはず。
「衛兵はどうした?」
「怪我はさせていませんわ。ちょっと、気絶はしてもらいましたけど」
「ならいい」
あ、そこは許しちゃうんだ。衛兵さんたちお気の毒様。もしかして、こういうやり取りいつもの事なのかな。
魔人無双って感じがするなあ。
「ところで、ここはいつから情事の場になりましたの?」
レティシア様が冷めた目であたしを睨まれた。
グサ、と突き刺さるお言葉です、レティシア様。
好きでハーレイ様に拘束されているわけじゃないんだけどなあ。
事情を知らないレティシア様から見たら、ハーレイ様に言い寄って情けをもらったメイド的図式なのかもしれない。間違ってもハーレイ様から襲っている、とは思わないだろう。
あたしは被害者なのに~~~。
「私の仕事場でそんなことを許すと思うか?」
「思いませんわ。けれど、ハーレイがやろうと決めたらいくらロダでも止められないでしょう?」
「まあな。こんなのでも、兄弟中最強だからな」
大公のお子様の中で唯一のプレイムだもんね。どうしてもベタルやシークンとは実力に差が出る。
プレイムは魔人の中でも別格だからなあ。
不思議なことに、ロダ様の口調からはそれを厭うような感じは受けなかった。
「悔しい、とか思ったりしないのかな……」
「逆立ちしても、ロダは私に適わない、と知っているからね。それは他の弟妹達にも言えることだけど。みんなそんな無駄なことに力や時間を割くような愚か者ではないんだよ」
ポツリ、と零れたあたしの呟きにハーレイ様が苦笑して教えてくださった。
お子様方は賢いんだ。よくある兄弟間の権力争いとかはここでは存在しないらしい。
実力差がはっきりしすぎていて、張り合おうとする気が起こらないって言うだけかも。
それは置いておいて。
「ハーレイ様、そろそろ退いていただけませんか」
「どうして?」
「恥ずかしいからです。今すぐ穴に潜って存在を隠してしまいたいくらい、いたたまれません。逃げないので、解放してください……」
いい加減、羞恥プレイはおしまいにしてください。
必死で訴えたら、ひどく残念そうな顔をしてハーレイ様が離れてくださった。ポジションはあたしの隣だけど。二人掛けのソファが憎い……。
「ねえ、ロダ。ハーレイは何か悪いものでも食べましたの?」
「ああ。レティシアは知らないか。あれがユウノだ。不幸なことに、ハーレイに気に入られた」
「最近迎えられたお父様の娘?ハーレイのお気に入りになるだなんて、おまぬけな子だこと」
初めて会うヒトに面と向かって間抜け呼ばわりされるのは初めてだよ。
にしても、ハーレイ様。あなた一体どんな危険人物なんですか?妹君たちから目の前でこんなふうに言われるなんて、よほどだと思います。
「二人とも。ユウノが誤解するようなことを言わないように」
「事実でしてよ。わたくし、嘘は嫌いですもの」
「お前に気に入られた結果のミュウシャを知っている身としては、同情するなという方が無理だな」
ふん、と胸を反らされたレティシア様とため息をつかれたロダ様にあたしが不安を増長させたことは言うまでもないと思う。
妹君たちにここまで言われるハーレイ様って、一体どういう方なんだろう。ちょっと、いやかなりスキンシップは激しいけど、よい方だとは思うんだけどなあ。
「ハーレイの事はどうでもいいな。レティシア、どうかしたのか」
あっさりハーレイ様の存在を遠くに投げ捨てて、ロダ様がレティシア様に尋ねられた。
長男の扱いが粗雑だ、と思うのはあたしだけか。
「お父様の所在を知らないかと思いましたの」
「父上の?また雲隠れされたのか……」
レティシア様の言葉に、ロダ様が頭を抱えられた。仕事が、とか書類が、とか唸ってらっしゃる。
大公。仕事ほっぽってどっか行っちゃったんだね。
ロダ様は補佐だから、大公がいなくなると色々大変なんだろうなあ。
……気配が不穏なものになっていらっしゃいますよ?
「ロダも知りませんのね。となると城内にはいない可能性もありますわね」
「困った方だ。最低限の書類にだけはサインをしていってほしいんだが」
「お父様の行動を止めることができるのは、ウィスプ様くらいでしょうね……。ハーレイは当てにならないし、この際ウィスプ様にお願いしてみようかしら」
綺麗な顔の眉間に皺を寄せて、レティシア様がうなられた。何気に、ハーレイ様を貶されているところがすごい。妹の特権だなあ。
「そこまでイラつくなんて珍しいな。どうかしたのか?」
「愛妾たちの整理をしてほしいんですの。ここ最近の散財に温厚なわたくしも我慢が限界ですわ」
吐き捨てるような言い方も、美人だと様になるから不思議だ。
散財ってことは、お金を必要以上に使っている存在がいるってことかな。レティシア様は、財制卿、国の財務を担う部署のトップだったはずだから、余計な支出は嫌なのかもしれない。
それにしても。
「愛妾?」
「父上の相手をするキンドレイドたちだよ。うまく子を宿すことができれば、側妃になれるチャンスがある立場ともいえるね」
ハーレイ様、分かりやすい説明をありがとうございます。
大公の側妃になるには、大公との間に子供を設ける必要があるらしい。気に入ったからって召し上げても側妃にはしないんだって。強大な魔人の子供を宿すことができるくらい、力を持った存在だっていうアピールをする必要があるんだとか。
だから、側妃になれていない夜のお相手の事は、まとめて愛妾と呼ばれているんだそうだ。
お盛んだな、大公。正妃様に加えて側妃様が六人もいらっしゃるのにまだ足りないのか。
「父上の力は強すぎてね。連夜相手をするのは難しいんだ。母上でも一度やったら最低三日は空けたいとおっしゃっていたかな」
あたしの考えを読まれたらしく、ハーレイ様が苦笑された。
隠し事はあたしにはできないのか?!
「それで、愛妾が増えますの。とはいえ、しょっちゅう相手は変わりますけれど」
「五百年持てば強者だな。今の愛妾たちは最長の者が、二百年だったか」
「確かそのくらいだったかな。そろそろ限界だと思うけどね」
これ以上大公の力を受け入れることができないってことか。ついでに教えてもらったところによると、血肉に比べると性交時に注がれる力は十分の一以下なんだとか。だから、それなりに長続きするヒトがいるらしい。
現在愛妾の数は七人。そのうちの何人かが、レティシア様の逆鱗に触れた模様。
「時間がないから、と最後の時を楽しんでいるんだろう」
「馬鹿らしいこと。とは言っても、彼女たちが使うのは国の財ですのよ?節度は守っていただきたいわ」
「そうまで悪しざまに言うってことは、目に余るのかい?」
「ええ。この十年で、これまでの倍は使い込んでいますわね」
レティシア様の言葉に、ハーレイ様がそうか、と思案するような顔をされた。
あ、この横顔かっこいい。
「レティシアがそこまで言うなら、今日あたり私から注意してみよう。それで無理なら、母上においで願おうか」
「あら、動いてくれますの?」
「宰相としては見過ごせないからね」
そう言えば、そうだった。ハーレイ様国のナンバーツーだもんね。
無駄な散財を許したくない立場にはいるよね。
「レティシア。後でその散財リストを纏めて私にも回してくれ。父上を捕まえたら私からも言ってみよう」
「そうしてもらえると助かりますわ。今日明日中に届けるように手配しますわね」
「ああ。だが、行くんだったらもう少し落ち着いてからにしろ。魔力がここに来た時より漏れている」
ロダ様に注意されて、レティシア様があら、というような顔をされた。
気づいておられなかったのか。
愛妾たちの事を語っている間、レティシア様の身体から水に当たったドライアイスみたいな感じに魔力が漏れてきていた。これ、抵抗力ないヒトだったら、気絶してそうだよ。
「この部屋には結界が張ってあるから問題ないが、外はそうもいかないからな」
「わかっていますわ。安全地帯に来ると、少し気が緩みますわね」
「城外よりはましだと思え。魔力制御装置に世話にはなりたくないだろう」
「分かっていますわ」
へえ。やっぱり魔人ともなると魔力漏れにいろいろ対策しているんだ。城内で働いているヒトたちは、大衆に比べたら魔人の力に耐えられるけど、解放された魔力には当てられるもんね。
この間、大公の近くにいたシャラが気絶したのも、大公の魔力制御が思いっきり緩んでいたせい。後で聞いたところによると、あの日意識を失ったキンドレイドは結構な数に上ったらしい。
無くしたおもちゃをたまたま見つけて、感情が高ぶらせたな、あの大公。迷惑な奴。
大公よりもそのあたりはきっちりしていそうなロダ様が黙っていたのは、室外にレティシア様の魔力が流れ出す心配がなかったためか。
結界を張っているから、ロダ様は話の区切りがつくまで何も言われなかったんだね。
「魔人って魔力制御大変なんですね」
「他人事のように言うんじゃない。先ほど魔力を暴走させたのは誰だ」
ずい、とロダ様に顔を近づけられた。迫力美人に詰め寄られると萎縮しちゃうよう。
そう言えば、あたしがここに連れてこられたのって、そのせいだったっけ。
もしかしなくても騒ぎを起こしたってことで、怒られるのかな。
怒られるレベルで終わってほしい。命の危機は回避したいよう。
「ああ。先ほどの騒ぎの犯人はユウノでしたの?自分の力を抑えられないなんて未熟者ですわね」
「メイドに絡まれてタガが外れたらしい。自覚がないにも程がある」
「そうだね。自分の力なのだから責任を持たなくてはね」
美人三人に怒られて、小さくなる。でもね。我慢の限界が来ることってあるよね。立て続けに神経過敏にさせられるようなことが起きた時に、あんなやっかみ受けたらさあ、切れたって無理ないよね。
それに、これだけは言っておきたい。
「暴走は、させてないです、ちょっと鍵を緩めただけです」
見境なく魔力を垂れ流してなんかいないもん。攻撃されそうだったから、対抗策に魔力で盾を作ろうとしただけだもん。
それが、予想以上に大きかったらしいんだけどさ。失敗したって反省はしてるよ。
ぷく、と子供のように頬を膨らませたら皆様ちょっと驚いたような顔をされていらっしゃった。
あれ?子供っぽいって呆れられると思ったんだけどな。
予想外だぞ。




