30.桐塚優乃は、羞恥に駆られる
公子様と公女様の尋問にあっけなく陥落したあたしは、ここで起こったことを洗いざらい吐いた。
抵抗?そんなものできるわけないじゃん。
数千年以上生きている魔人に、百年も生きていないあたしがどう対抗しろと?ちょっとでも抗議できただけで快挙だよ。
その後、ロダ様に引きずられるようにして、その場から連れ攫われた。
性悪メイドたちは、ロダ様が連れてきていた兵士たちにどこかに連れて行かれたよ。牢屋じゃないことくらいは祈っとく。
呼吸困難に陥って弱っていたから、治療室に運ばれたのかもしれない。ここちょうど医療棟だし。キンドレイドの頑丈さを考えると、望みは薄いけど。
なんて、明後日の方向に考えを巡らせていたら、ハーレイ様に名前を呼ばれた。
お願いですから、背後でそんな腰砕けボイスを囁かないでください。膝が笑っちゃっています。
「ユウノ、頬以外にも怪我をしたの?」
「いえ。これは抵抗力がないという結果なので、気になさらないでください」
膝をがくがくさせていたのを、ハーレイ様が誤解されたらしい。
まさか、あなたの声が原因で足がおぼつかなくなっています、なんて言えるはずがない。
適当な言葉で理由を濁したら、いきなり抱き上げられた。
お姫様抱っこだ。
ちょっと待って。これ素で恥ずかしい!!
レジーナさんにやられたときの非じゃないよ!
「ハハハハハハ、ハーレイ様?!!!」
「おとなしくしていようね。心配しなくても落とさないよ」
「落としてくれていいので、離してください!!」
ほら、すれ違う文官や武官のみなさんが目を丸くして見ている。
そりゃそうだ。
この国の超絶美形宰相が、平凡な顔立ちをしたメイドを抱き上げていたら誰だって驚く。
しかも先導者は大公補佐の第一公女様。
あんた何様?って見られても怒れない。
若干泣きが入ったあたしの顔を、ハーレイ様が一瞬驚いてご覧になったと思ったら、直後、胸に押しつけた。
痛い。鼻打った~。
やっぱり男の人の体だ。胸板が堅いよ。
「ユウノ。私以外の前で涙なんて見せては駄目だよ。もったいない」
耳元に囁き来たーーー!!
涙、引っ込んだよ。っていうか、なにその女性に対する殺し文句。
大抵の女性なら落ちるよ。あたしは畏れ多すぎて逆に固まったけどね。
「ハーレイ。ユウノをからかうんじゃない」
「やだな。ロダ。本音を言っているだけだよ」
「余計タチが悪い」
いつの間にかハーレイ様の隣に並んでいらっしゃったロダ様の助け船は、不発に終わった。
舌打ちすら様になっています、ロダ様。
妹君の意見を聞いてほしいです、ハーレイ様。
「ユウノを降ろせ、ハーレイ。固まっている」
「私はこのままでいいんだけど」
「話ができんだろうが、シスコン」
シスコンってハーレイ様のこと?
うわ。似合わない。ロダ様への態度はそんなにおかしくないと思うんだけどな。
そういえば、ミュウシャ様には甘いんだっけ。限定的にシスコンってことかな。
イメージ崩れるなあ。
「いいじゃないか。ユウノは可愛いんだから」
「可愛がるのも度を超せば、鬱陶しいだけだ」
ロダ様容赦ないですね。
ハーレイ様。それは嫌味にしか聞こえません。
中性的な美貌を持つ御仁に可愛いって言われたって喜べるか。
「……ハーレイ様。降ろしてください」
なんだか虚しくなっていた。
哀愁を込めた声で訴えれば、ようやく腕の中から解放された。
そのまま、びっくりするくらい柔らかなソファに座らされた。おお。高級ソファだ。庶民の憧れだああ。
よくよく見れば、周囲の景色がさっきまで見ていた廊下から、変わっていた。執務机に、ソファセット。本棚と言った実務的なものがそろった部屋だ。ハーレイ様かロダ様の執務室かもしれない。
にしても結局ハーレイ様に運ばれたのか、あたし。
ふふ。あの羞恥プレイをどれだけのヒトに見られていたのかなあ。今後、洗濯の回収は他の誰かに頼んでしまいたい。しばらく、洗濯場に籠りたいよう。
「……洗濯!休憩時間終わってる~~~!!」
「はい。落ち着こうね。午後は洗濯はお休みだから」
「そんなわけには行きません。あれらを溜めるわけにはいかないんです。それに、あたしが戻らないと入れ替わりで休憩に入る子が休憩取れなくなります!!」
「落ち着け。お前が戻らないことはもう伝達してある。そのあたりのことを考慮して、他の者も動く」
「でも」
新しく洗濯メイドになったシアンさんたちは、がんばってくれているけどまだ手順がわかっているとは言いがたい。
洗い方だって、干し方だって、畳み方だってちゃんと教えることができていない。回収作業はもっと苦労すると思う。
マニュアル表なんてあたしたちは作っていない。みんな頭と体にたたき込まれていたからそんなもの必要なかったもん。
だから、このままあたしが戻らないと判断を仰ぐ相手がいなくて、シアンさんたちすごく大変だと思う。
三日前の惨状をあたしは忘れていないよ。
「優しいね。ユウノはヒトの事に一生懸命なんだ」
「当然のことを言っているだけです。やるべきことをやるのはヒトとして当たり前の事でしょう?」
「本当に、ユウノはいいね」
くすくすとお笑いになりながら、ハーレイ様があたしの頬を撫でられた。
くすぐったい。それに何より、恥ずかしい。
行き過ぎた美形って、遠くから眺めることができれば十分なんだって思い知らされたよ。なんだかんだお話させてもらっているけど、すっごくいたたまれないんだよ
存在自体が違う気分になってくる。今すぐここから逃走しても、きっと怒られないよね。
「私から逃げようとか思ってはダメだからね、ユウノ。本当に閉じ込めてしまうよ?」
監禁発言でたーーー!!
え、なんであたしハーレイ様に脅されてるの?
おかしいよね!!ハーレイ様の大切な娘ってミュウシャ様だったよね。
「ユウノ、お前私が言ったこと忘れたのか?」
顔がくっつきそうなほど近い距離までハーレイ様に迫られているあたしに、ロダ様が疲れたようにおっしゃった。
すみませんロダ様。
色々言われ過ぎて、どれを指しているのかわかんないよおおおお。
「ハーレイに気に入られると、閉じ込められる可能性があると言っただろう」
「あれ、冗談なんじゃあ」
「諦めろ。ハーレイはお前のことを完全に気に入っている。恐らく、飽きられることはない」
死刑宣告を下す裁判官のように、感情の籠らない顔で淡々と告げるロダ様。
それを楽しそうに聞いて、あたしの自由を奪っているハーレイ様。
お二人の態度が、嘘じゃないって語っている。
あたし、ハーレイ様に気に入られるようなことした覚えないんだけど!
いったいどうしてこうなった?!!




