29.桐塚優乃の反撃、未遂
大したことありませんが、いつもより主人公がブラックです。
嫌な方はバックプリーズ。
切れなかったのでそのまま載せます。
過去最長になっています。
桐塚優乃こと洗濯メイドのユウノ。ただいまピンチに陥っています。
目の前には、目つきの怪しいメイドさん方。後ろは壁。逃げ道は、ない……。
「ねえ、聞いてるの?それとも、言葉が理解できないほど下等な種族なのかしら?」
眼鏡をかけた緑人族のメイドが蔑むような目であたしを見た。周囲からはくすくすと嘲りの声が上がる。数は、六人。
ああ。うるさいなあ。
このヒトたちは、客室と接客を任されている上級メイドたち。その中で、一番性格の悪い奴ら。別名、コミネの取り巻きメイド部隊。
リーダーの右に倣えで、何かとヒトの事見下してくるんだよね。
廊下ですれ違った時なんて最悪。洗濯ワゴンをひっくり返されたり、バケツの水かけられたり。
あんたらどこのいじめっ子だっていう嫌がらせをやってくれたよ。
よく耐えてたよね、あたし。反抗するとやることがエスカレートするもんだから、最悪。
もちろんやられっぱなしじゃ精神が持たないから?
洗濯メイド五人で計画を立てまくって、こいつらとかちあわない努力を重ねた。上級メイドの中にもいいヒトはたくさんいたから、彼女たちにも協力してもらったし。
彼女たちの眼から見ても、あたしたちに対する嫌がらせは、度を越していたっぽい。一人でも味方が多いと助かるよ。
非常に残念なことに、性悪メイドたちはそれなりに仕事ができるので、あたしたちに同情的なメイドさんたちも表だって庇えなかったみたい。
それに関しては、彼女たちを責めようとは思わない。職場環境の悪化は誰だっていやだもんね。
かわりに、陰でこっそりこいつらのシフトを教えてもらっていた。
おかげでここのところすごく平和な日常だったんだけどなあ。
今日は見事なまでに捕まった。シャラのお見舞いが終わって、医療棟を降りているところを拉致られたんだよ。
わざわざ職場から遠い場所にまで来て、一体何がしたいんだろうね。このヒトたち。
「本当に、むかつくわ。こんなちんちくりんが侍女メイドになるの?」
「メイド長何考えているのかしら」
「洗濯以外出来ない無能が、魔人の方々のお世話をできるわけないじゃない」
嫉妬だね。決定。
この分だと、ケノウたちの所にも乗り込んでいきそうだな。みんなまだ療養が必要なんだから、そっとしておいてほしいんだけど。
「何無視しているのよ!!」
ぱちん!!
いっそ気持ちのいいって思う音が、響いた。
ぎゃいぎゃい言ってくる言葉を、全部右から左に聞き流していたことがばれたらしい。
大きな目をしたチワワ顔のメイドが、あたしの頬を叩いたの。せっかく愛らしい顔なのに、目つきが陰険になってるから全部台無し。チワワが好きな人には、非常に残念な造作だ。
叩かれたついでに伸びていた爪が、頬をひっかいたらしい。
ぬるって、血が流れ出した感触がした。地味に痛い。
これくらいならすぐに治っちゃうんだけどね。怪我させられて喜ぶ趣味はないからさ。
つい睨み返しちゃった。
「あら、むかつく目ね。自分の立場が分かってないんじゃない?」
「本当ね。あんたたち全員仕事なんてできない落ちこぼれなのに」
「下っ端から抜け出せないような、屑メイドだってわかってる?」
あ、やばい。今頭の中で何かが、ぶちんって切れた音がした。
でもねえ。こいつら、あたしだけじゃなくてケノウたちの事まで、十把一絡げで貶したんだよ?
百年近く真面目に働いてきたケノウたちが、無能なわけないじゃん。もしそうだったら、とっくに消されてるってことくらい、想像してほしいなあ。
仮にも上級メイドだっていうのに、そんなことも分かんないくらい頭悪いのかな。
「……馬鹿が集まると碌なことにならないんだって証拠だよね」
「なんですって?!」
「あのさあ。分かってる?あたしたちが異動することは、上が決定したことなの。あたしに文句言ったっ、て何にも変わんないってことくらい理解しなよ」
やりたくないって言ったら、あっさり却下されたし。
あたしたちが上に求めていたことは、要員補充であって昇進じゃないし。
異動したって、こうやってやっかまれるだけでいいことなんて一つもないし。
むしろ一番迷惑してるのあたしたちだし。
「生意気な……!」
「痛い目見ないと自分の立場が分からないみたいね」
ああ。そうかい。暴力に訴えようってか。
この間暗殺者と戦ったときは、混乱したけどね。
吹っ切れちゃったからね。喧嘩くらいなら買うよ?
殺し合いじゃないし、余計な怪我はしたくないし、やられっぱなしは性に合わないんだよね。
大人しくしていたのは、あたしが下手に逆らうとケノウたちにまでとばっちりがいっちゃうから。でも、みんな侍女メイドに異動が決まったから、こいつらに苛め抜かれる心配はない。
立場的にはケノウたちの方が上になるから、やられたとしてもやり返せる。最近のメイド長の様子から言って、騒ぎになったら公平に判断してくれることを期待できそうだったしね。
レジーナさんに感謝、感謝。
彼女がメイド長に凄んで以来、一日一回洗濯の様子を見に来るようになったんだよね。
それも落ち着くまでだろうけど、その後も定期的にチェックは入れてくれるらしい。
それはさておき。
実は、新しい洗濯メイドが来て以来魔力使用量がぐうんと減ってね。魔力が有り余っているんだあ。
ここらで発散するのもありだよねえ。
三十年の間にたまりにたまった鬱憤。ここで晴らしてもいいかなあ。
凶暴な感情が、あたしの中に嵐みたいに吹き荒れている。
普通なら収めようとするそれを、今は止める気にならなかった。
ここの所のめまぐるしい状況の変化で、どんなに強がったって精神的に一杯一杯。そんな時に、絡まれたら普段より低くなっている我慢のボーダーラインなんて、あっという間に超えちゃう。
プッツンって切れた糸を結び直そうとは思わず、あたしは魔力の制御を外した。普段裡に抑え込まれている力が、グラスからあふれる水のように体から漏れ出していくのを感じる。
「痛い目、ね。そう言うなら見せてみてよ」
「な……」
不敵な笑みを浮かべたあたしに、緑人族のメイドが言葉を失った。
彼女の後ろにいるメイドたちが、苦しそうな顔をしている。チワワ顔のメイドに至っては、呼吸困難にでも陥ったかのように喉をかきむしっていた。
……あたしに絡んでくる前に毒でも飲んできたの?
違うと分かっていたけど、目の前で次々に苦悶の表情を浮かべて座り込むメイドたちにびっくりする。
あたしはなんにもしてないからね。こいつら変な病気にでも感染してた?!
「十分しているよ。ユウノ。少し魔力を抑えなさい」
背後から聞こえた美声に、あたしはビクリ、と体をこわばらせた。
ちょっと待って。あたしの後ろは壁のはずなんだけど!!
「ユウノ」
「はいいいいいいいいい」
ぎゅっと背後から抱きしめられて、あたしは固まった。
上り詰めていた怒りのボルテージが一気に下がり、一転してパニック状態。
なんで、ここにハーレイ様がいらっしゃるんですかああああああああ?!!!
メイドたちも呼吸困難に陥っていたことを忘れて、あたしの背後にいるハーレイ様を見上げた。
あっはっは。本物だよ。第一公子様だよ。なんであたしを抱き決めていらっしゃるのかなあああああ?
「ユウノ?この頬はどうしたの?」
あたしの困惑なんてものともせず、ハーレイ様が、あたしの頬についていた血を掬い取った。
「なんでもないはずですます?!何でもないってことはなかったかもですが、治っているはずなので平気だと思われるんですね?!!」
出血量のわりに、傷は浅かったからとっくに塞がったよ。
怪我したことなんて忘れていた。
ついでに、正しい言葉遣いも忘れた。はずですますってなんだそれはああ。
「うん。でも、これ誰かに傷つけれられたものだよね。誰がやったのかな?」
ハーレイ様が、へたり込んでいたメイドたちに聞いた。
柔らかい声なのに、逆らい難い響きが宿っている。……こわ!!
聞かれたメイドたちは、呼吸を忘れたまま真っ青な顔色をしていた。
死体は見たくないから、息はしてほしいなあ。
無理かもしれない。純血の魔人プレイムにこんな圧力かけられて、平気な顔していられるキンドレイドなんてなかなかいないよ。
同情なんてしないけど。むしろざまあみろって思っちゃう。
あたしは、自分を嫌う相手のことを思いやれるほど人間出来てないもん。聖女様じゃあるまいし、嫌いな相手を庇ってやろうなんて思えない。
さっきまで上位者の立場であたしの事、寄ってたかって追い詰めてきていたし。
これが因果応報っていうのかな。
がたがた震える彼女たちに、呆れている自分がいる。
ほんっと権力者に弱いな、あんたら!!一人ならともかく、集団でいて、誰も話せないんかい!!
「私の質問に誰も答えてくれないのかな?」
「あ……」
緑人族のメイドが、小さく声を上げた。
おお。息を吹き返した。
もっともハーレイ様に口をきくところまでは、回復しなかったみたい。
「ユウノ。教えてくれないかな?」
「……この場合悪者になるのあたしになりそうなので、嫌です」
上司にチクった、ってメイドたちに睨まれるじゃん。それはちょっとねえ。
今後の生活を考えると、言えません。
「別に庇う必要なんてないんだよ」
「子供の喧嘩に大人が入っても碌なことにならないんですよ。こういうことは当人たちの間で解決させるのがいいと思います」
「多勢に無勢でも?」
「不思議なことに負ける気がしないんです。なら、一回くらいやり返してもいいかなあって思っちゃったんですけど」
体に力が漲っているんだよね。
心当たりならある。絶対あの大公に食べさせられた(泣)指と血のせいだ。
「なるほど。ユウノ。君が彼女たちに負けることはないというのは正しい判断だ。でもね、自分の力はちゃんと把握しておいた方がいいな」
「はい?」
「君の魔力が駄々漏れしたせいで、医療棟周辺のキンドレイドが全員呼吸困難に陥ったよ」
聞かされた言葉をあたしはすぐに理解できなかった。
なに、それ。
あたしが、魔力を外に出したせいでこの陰険メイドたちと同じような目に、罪のないキンドレイドたちがなったってこと?
じゃあ、目の前のメイドたちがまだ苦しそうな顔してるのって、ハーレイ様がいらっしゃったせいじゃなくて、あたしが魔力を制御してないせいなの?!
そのことに気付いたあたしは、緩めていた魔力の制御を元に戻した。
その途端陰険メイドたちが、思い出したように呼吸を始める。久しぶりの空気に何人かが咳き込んだ。
正直、こいつらはどうでもいい。
ハーレイ様は医療棟のキンドレイドが全員被害に遭ったって言ったよね。当然、ここで養生しているケノウたちも逃れられたわけがなくて。
「…………ケノウたちは無事ですか?!!!!」
「そうか。初めに気にかけるのはそこなんだね。やっぱり、いいねえ、ユウノは」
「それはよかったです。というわけであたしは失礼します!!」
何がいいのか知らないけれど、気にしてはいられない。
ハーレイ様はケノウたちの状態を知らないみたいだった。なら自分の目で確認しなくちゃ。
ケノウたちの無事を一刻も早く確かめたい。ハーレイ様の腕から飛び出そうとして、逆に引き寄せられた。
「ハーレイ様、放してくださいいいいい」
「落ち着こうね。大した時間じゃなかったから死者は出ていないと思うよ。彼女たちを放置しておくわけにもいかないからね」
「こいつらより、ケノウたちの無事です!!」
先ほどより強く抱きしめられて、もがくこともできない。
なんでこう、思うとおりに物事って動いてくれないのかな!!!
「そこまで言い切られるといっそ気持ちいいね」
「妙なところで感心するな、ハーレイ」
「ロダ。来たんだ?」
「へ?ロダ様?」
見れば、メイドたちの向こうに呆れ顔を隠さずロダ様が立っていた。背後に、護衛らしき兵たちを従えている。
「まったく。ユウノの暴走を止めたのはいいが、そのまま拉致していくんじゃない」
「いいじゃないか。すごく可愛いんだ」
拉致って、あたしどこに連れて行かれんの?
ハーレイ様。いいことなんて一つもありません。あたしは絶対嫌です。
「ユウノ。お前ハーレイに何をしたんだ?」
「特に何もしてません。お話をちょっとさせていただいたくらいで」
「それで気に入られたのか。運のない」
夜の散歩で慰めてもらった、と言えば、ロダ様が同情するような目であたしをご覧になった。
……え?ハーレイ様に気に入られるとどんな弊害があるんですか?
「ロダ。君ね」
「事実だろう。被害者はミュウシャだけで十分だというのに」
「被害者?」
「ハーレイに気に入られた存在の事だ。それは、気に入った相手のことを拘束する性質なんだ。ミュウシャがいい例で、中々自由に動き回れない」
「……今すぐ放してくださいいいいいいいいい!!!」
閉じ込められて喜ぶ趣味はない!
じたばたと暴れようとして、ハーレイ様に動きを封じられた。
いやああああ!!
どうなるあたしの人生!!父子そろって迷惑な性格してるな!!
「ロダ、人聞きの悪いことを言わないでくれないか」
「本当の事だ。まあ、ミュウシャと違ってユウノは大人しくしている性格ではないからな。閉じ込めたら間違いなく嫌われるな」
もしそうなったらいい気味だ、とロダ様が笑われた。
ロダ様、ハーレイ様にいろいろ思うところがおありなんですか?
「ねちっこい長男と自由奔放な次男を兄に持つと下の妹は苦労するんだ」
「ご愁傷様です」
はあああ、と深いため息をつかれたロダ様に心の底からお悔やみを申し上げた。
だって、いつもの自信満々な様子と違ってすごくお疲れに見えたんだもん。
「お話のところ申し訳ありません。この者たちはいかがいたしますか?」
ロダ様の後ろにいたジャ族の兵士さんがメイドたちを指して言った。
「ユウノ。これらとここで何をしていたんだ?」
やっぱりそうなるか。
素直にいびられていました、って申告すべきかなあ?
でも、やっぱりそれはちょっと。
メイドたちとの間で波風立てたくないしなあ。
ここはお口にチャックが賢くはないけど穏便な判断。
そうっとロダ様から目をそらしたら、目の前にロダ様がいらっしゃいました。
変な表現だけど、そうとしか言いようがない。
あれ?瞬間移動???
「ユウノ。何があったか教えて?」
「隠し事はいずればれるものだ」
後ろからハーレイ様の腰砕けボイス。前から、ロダ様の脳みそとろける囁き。
抵抗ってどうやってすればいいのーーーー?!!
「黙秘権は??」
「「ない」」
息がそろったご兄妹だ。
ちらっと見えた兵士さんが、憐れむような目であたしを見ていたのが印象的だった。
そんな風に見てるなら、助けてよ!!




