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28.桐塚優乃は同僚のお見舞いに行く




 お昼過ぎ。休憩時間にあたしは医療棟に来ていた。

 人数がいるってすごいね。まともに休憩時間がとれる日が来るとは考えたこともなかったよ。一時間の休憩時間にうきうきしちゃう。

 医療棟はその名の通り、医療関係の建物。病気やかなり厄介な怪我の治療に加えて、最新の医療技術の研究もしているらしい。


「やっほー、シャラ。具合はどう?」


 レジーナさんに教えてもらった部屋に入ると、点滴をされたシャラがベッドで暇そうに座っていた。

 毒を盛られたシャラたちは、意識不明の状態が数日続いた。適切な治療が必要ってことで、医療棟に入院しているんだ。あたしは、持ち前の自己治癒能力が高かったから、入院は必要なし、と判断されたらしい。ここは笑うところだよね、たぶん。

 シャラは、あたしの姿を見ると満面の笑みで迎えてくれた。数日間寝込んでいたから、ただでさえ細い体が一回り小さくなったようにも見える。


「よくもなければ、悪くもないってところ。ユウノは元気そうね」

「丈夫なことだけが取り柄だもん」

「あたしも負けていられないわね。洗濯溜まっているんでしょ?」


 あ、やっぱり心配するところはそこなんだ。


 類友ってこういうことを言うんだね。真っ先に気に掛けるところがあたしと一緒だ。

 まあ、職場復帰果たした途端徹夜覚悟の労働が待っているなんて考えたら、おちおち寝てもいられないだろうけど。

 そんなシャラに、現在の洗濯メイドの現状を全て話した。どうやらシャラは何も聞かされていなかったらしい。

 案の定、あたしの説明を聞き終えたシャラは唖然として固まった。

 毒を盛られた経緯よりも、自分たちの配置異動を聞かされた時の方が驚愕していたよ。


「……冗談よね?」

「残念ながら事実。引き継ぎが終わり次第、みんな揃って侍女メイドに昇格だって」

「侍女メイドって。ステップ飛ばし過ぎよ!無理に決まってるじゃない!!」


 メイドは普通下級、中級、上級の順にランクアップしていく。あたしたち下級メイドだったら、通常で行けば一つ上の上位掃除メイドや調理メイド、専門的な役割を持たない応援要員的仕事をする万能メイドになる。その次が上級の接客メイドや客室メイド。

 それらを全てすっ飛ばして最高位の侍女メイドになれって言われたら、戸惑うよね。


「そのあたりはメイド長に言って。あたしは、あえなく玉砕したけど」

「するわ。今更異動なんてごめんよ。それくらいなら要員増加なんてしてくれない方がいいわ」

「ケノウたちも同じこと言ってたよ。全員あそこに根を下ろしちゃったねえ」


 あたしたちが毒を盛られた夜からすでに三日が過ぎている。その間に、昏睡状態に陥っていた四人は全員目を覚ましていた。今日の朝目を覚ましたシャラが一番遅かった。

 もちろん、ケノウたちのお見舞いはとっくに行ったよ。

 で、同じこと話して、同じような反応が返ってきた。五人とも現状に満足しちゃってるんだよね。

 キンドレイドの平均寿命は五千年。そのうちの百年にも満たない時間しか過ごしていないとはいえ、これまでの苦労が半端なかった。ようやく、自分たちの仕事スタイルが完成し、納得できる仕事ができるようになったのだ。

 異動はまだまだしなくていい、というのがみんなの本音だった。

 普通は大喜びする昇進を迷惑顔するくらいに。


「そりゃそうよ。きつかったけど慣れちゃえばなんとかったし。大体大公様のキンドレイドっていうだけで十分よ」

「あ、シャラも自分のクアントゥールが大公様だって知ってたんだ」

「当たり前じゃない。ユウノみたいにおまぬけじゃないわ」

「ぷう。あたしだって好きで知らなかったわけじゃないのに」


 そもそもいつキンドレイドにされたのかも知らない。気づいたら誘拐されていて、ここでの暮らしを強要されていたようなものなのだ。

 おまけに、変な方向に嫉妬してくれた誰かのせいでクアントゥールに長らく放置されていたし。


「そりゃそうでしょうけどね。なんにしても、全部今更よねえ」

「ほんとにね。勘弁してほしいよ、もう」

「侍女メイドって、誰の侍女になるのかしら?」

「さあ」


 シャラの不安は当然だと思う。魔人だって、千差万別。性格が良い方もいれば悪い方もいる。

 要は当たりはずれがあるってこと。

 つらいのは、外れに当たった場合、自分たちの意志で辞めることができないことかな。魔人の意向一つで文字通り首が飛んじゃう恐れもあるし、結構デンジャラスな職場だとあたしは思っている。

 とはいえ、その異動先をあたしが知るはずもない。

 わかりませーんって肩をすくめると、シャラに恨みがましく睨まれた。


「さあって。ヒトごとじゃないのよ?」

「……あたしの異動先は侍女じゃないんだもん」


 そう。シャラたち四人はみんな侍女メイドになるんだけど、あたしだけは違う場所に異動する。


 理不尽だよう。


「そうなの?客室メイドとか?」

「違う」

「ああ。年が若いから接客メイドから、とか?」


 接客メイドは、お客様の案内とか対応をする上級メイド。客室メイドの下くらいの位置づけになる。

 残念ながら、それでもないんだよね。


「…………メイドはクビになったの」

「え?じゃあ、文官とか秘書とか?」


 政務関係の方に引き抜かれたのか、って聞かれてそれにも首を横に振る。


 言いたくないよう。


 でも、言わないっていう選択肢はないんだよね。

 大事な仲間だもん。嘘はつきたくない。

 黙っていたっていずれ知られることだ。ヒトづてに聞かれるくらいなら、自分で言った方がいい。


「………………公女」

「は?」

「公女になれって言われた」


 半ばやけっぱちになって言ったら、シャラが目を丸くした。 

 そのまま、動きを止めてしまう。


 おーい。シャラ~。息はしてよ~~~~。


 目の前で手をパタパタ振っていたら、ようやくシャラが息を吹き返してくれた。

 若干顔色が悪くなっているのは、酸素不足だよね、きっと。


「……………………冗談、じゃないわけ?」

「あたしがそんな冗談言うと思う?」


 そんな命知らずじゃないよ、あたしは。


 ため息交じりに言ったあたしの態度でシャラは、それが事実だと認めてくれたらしい。

 思いっきり同情を浮かべた目であたしを見た。


「思わないわ。公女様って、大公閣下の令嬢になるの?」

「ならないもん」

「ユウノ?」

「あたしは、そんなものにならないもん」


 周りが言っているだけで、あたし自身は納得していない。

 あんな、変態魔人の娘になんて頼まれてもなるもんか。

 外堀埋められようが、そういう扱い受けようが、あたしは絶対に大公の娘になるなんて認めない。

 他のだれが認めても、あたしだけは抗うって決めた。 

 あたしのお父さんは一人だけだから。


「ユウノ……」

「決めたから。絶対にならないって。振り回されるのはもうごめんだから」


 一度ならず、二度もあたしの人生狂わせるんだよ。

 相手が最強と言われる魔人だからって、一つくらいやり返してやらないと気が済まない。

 あたしの人生は、あたしのもので、他の誰のものでもないってこと分からせてやる。


「難しいと思うわよ?」

「うん。でも決めた。納得ができないことに従うのは嫌だから」


 もともとあたしはこの世界の人間じゃない。

 なら、この世界のルールに逆らったって文句は言わせない。

 妥協は必要だけど、時には反抗することだって大切だと思うんだ。


「泣き言くらいは聞いてあげるわ」

「本当?」

「ええ。だから、あまり気張りすぎちゃだめよ?」

「うん。ありがと、シャラ」


 あたしの覚悟を汲んでくれたのだろう。

 頭をくしゃり、と撫でてくれるシャラはお姉ちゃんみたい。

 一人じゃないって思えるのは凄く嬉しい。


「どうせ、ケノウたちも味方につけたんでしょう?」

「言い方悪いなあ。あたしは、事実を言っただけなのに」


 シャラの言う通りなんだけどさ。

 同じような話をしたら、ケノウもカラッカもクロレナもがんばれ、負けるなって感じで背中を押してくれた。

 持つべきものは頼りになる仲間だよね。


「本当に、ありがたいです」

「殊勝ね」

「本音だからね」


 にっこりと笑ったあたしの頬を、可愛いこと言うじゃない、って言いながらシャラが引っ張った。


 痛いのに嬉しいって変なの。



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