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27.桐塚優乃を追いつめるヒト

 



 床掃除などの片づけは半分強のメイドに任せて、あたしは残りのメイドと各建物にある洗濯物の回収を行った。初めに見当をつけたとおり元掃除係の娘が何人かいたので、洗濯物がどこに収容されているのか知っている子たちに頼む。知らない子たちに教えるのは、またあとで。今日はとにかく、仕事の流れと基本を教えることにした。

 集めた汚れ物の仕分けの方法、洗濯機の扱い方と言った洗濯場での仕事。洗い終わった洗濯物を運んで、干し場での仕事。

 一番彼女たちを閉口させたのは洗濯籠を持っての階段上り。

 文句はメイド長に言ってね。エレベーターを使ってもいいか取り計らってもらってちょうだい。

 干しっぱなしの洗濯物の取り込みに、干し方のコツと送風機の扱い方。それが終わったら畳み場での仕事。

 取り込んだ洗濯物を畳んで、各部署に配布する。

 これらの流れを口で説明した後、必要と思われる人数を割り振って各自に細かく指導。

 いつもやっていることと変わらないはずなのに、なんかすごく疲れた。あたし、物事を教えるのって苦手かもしれない。

 ある程度流れを教えた後あたしは洗濯場に留まった。なぜなら、ここであたしには最大の仕事が待っているからだ。


 それは故障した洗濯機ちゃんたちの修理。


  一台でも多く直さないと業務に支障が出る。改めてやることの多さに泣けてきた。

 洗濯場に確保してある修理セットを持ってきて、洗濯機のカバーを開けた。一目でわかるくらい、見事に配線が断裂している。


 繋ぎ合わせるのは無理かなあ。交換かなあ。


「やはりこちらにいらっしゃいましたね。ユウノ様」


 うーん、と悩んでいると、最近聞き慣れてきたメゾソプラノの声があたしの思考を遮った。

 顔を上げると諦めを含んだ色をにじませたレジーナさんが立っていた。それはいいとして、後ろにいるメイド長はなんなんだろう。

 あたしが洗濯係に就任して三十余年。一度として降りてきたことなかったのに。

 狐の顔をしたメイド長は、正確には総監メイド長という。どことなく、天然っぽい雰囲気がある侍女メイドを除くメイドたちのまとめ役だ。細い体を彼女だけに許された白と紫の布で作られたメイド服を着ている。毛並みは薄いオレンジでふさふさの尻尾が三本生えている。

 いつもは、ぽやぽやとしている顔がどことなく青ざめているように見えるのは、気のせいかな。


「おはようございます、レジーナさん。洗濯場のあまりの惨状にショックが隠せないので今はそっとしておいてくれませんか?」

「……もうしわけございません」


 ふふ、と暗く笑ったら、レジーナさんに謝られた。なぜ?


「昨日、洗濯メイド全滅に伴いメイド長たちとともに洗濯をしましたところあのように情けない結果をもたらしました」

「はい?」

「一日とは言え洗濯が滞るのは具合が悪いと考えまして、僭越ながらメイド長に提言いたしました。そこで彼女曰く、誰にでもできる簡単な仕事だから一日くらいやらなくても問題はないと言われました。わたくしは先日ユウノ様の補佐をと思い数日ここでの仕事を体験いたしましたので、少々彼女の発言に許せないところがありました」


 ふふ、と今度はレジーナさんが微笑んだ。笑っているはずなのに、怖い。

 氷点下百度位の極寒地にいる気分にさせられるんだけど!


「そ、それで?」

「本当に誰にでもすぐにできる仕事だと思うならご自分でやって見なさい、と考えましたの。ロダ様に許可を戴いて、掃除メイド長、料理メイド長など洗濯メイドを侮っていた者たちに洗濯という仕事の体験をしてもらいました」


 一般メイドじゃなくて、各メイド長ですか?しかも、ロダ様公認ってどういうことですか?権力には権力ってことですか?


 レジーナさん、容赦ないです。


「簡単、と思われていた仕事に皆様それはそれは苦戦をいたしまして。三時間もしないうちに根を上げ、急遽臨時の配置異動が行われました」

「それでシアンさんたちが新しい洗濯メイドになったんですね」

「はい。ただ、全員がこの城の洗濯初心者でしたので非常に効率が悪く全く仕事が片付きませんでした」


 それは仕方がないことだ。指導者がいなければ、手探りで仕事をするしかない。

 こう考えると、シアンさんたちってすっごい貧乏籤を引かされたんじゃないかな。


「洗濯機が壊れたのもその弊害ですか……」

「申し訳ございません。何分メイド長たちの魔力の扱い方が粗雑でしたので」


 すい、と目を細めてレジーナさんが後ろで黙って立っているメイド長を見た。

 その瞬間、メイド長の身体がビクリ、と震えた。


 レジーナさあああああん?あなた、本当に何をやったんですか?


 のらりくらりと軟体動物のように物事を躱すメイド長を追いつめるなんて、並のヒトにはできない。流石、侍女メイドと称えるべきだろうか。

 侍女メイドは、数あるメイドの中で最も魔人に近い位置にいる。魔人の世話をするという栄誉職であると同時に、彼らの勘気を被る可能性も高い。

 ちょっとのうっかりが、生涯の終焉となる危険があるのだ。そんな職場で、彼女は千年以上働いていると聞いた。能力的には、半端ないよね。


「……もしかしなくても、洗濯機を使う上での最大の注意事項をあえて伝えませんでしたね?」


 背中に冷や汗をかきながら聞くと、レジーナさんはにっこりと花がほころぶような笑みを浮かべた。


 確信犯。確信犯だあああああ!


 洗濯機を使う上での最大の注意事項。それは。

 魔器具運転のために流し込む魔力量、だ。普通ならそんなこと気にせずに魔力を流し込んで使えばいい。

 ただし、ここにある洗濯機たちは耐久年数をとっくに超えた子たち。本来ならついている魔力制御メーターが壊れている物が大半だった。だって、この部分繊細すぎてあたしじゃ直せないんだもん。だから、ずっと放置してあった。

 魔力制御メーターは、その名の通り魔充石に流し込まれる魔力を制御する部品。適度な魔力を注がれると、もう必要ありませんよ、って教えてくれる大切な役目を持っている。

 それがないと、魔器具の運転に必要な魔力が計れないんだ。多すぎると機械に負荷がかかるし、少なすぎると動かないからね。

 その大切なメーターが壊れている洗濯機たちを、使い慣れていないヒトが使えばどうなるかなんて火を見るより明らかだよね。

 あたしたちは各洗濯モードに合わせてどれだけの魔力が必要かなんて体に叩き込まれている。だから、メーターに頼る必要がなくて、放っておいたんだけど。

 そのことは前にレジーナさんに説明して、彼女にはメーターが壊れていない洗濯機だけを使ってもらっていた。

 要は、レジーナさんは事情を知らないメイドが洗濯機を使ったらどうなるか分かっていたっていうこと。

 限界超えている魔器具で頑張っていたっていうことをアピールしたかったのかもしれないけど、これ直すのあたしなんだよ。

 落ち込んだってあたしに罪はないよね。


「ユウノ様?いかがなさいましたか?」

「いえ。これを直す時間を考えるとちょっと悲しくなりまして」

「ユウノ様が修理なさる必要はありませんわ。全て修理に出しますし、ほとんどの物は新規購入することで話がついております」


 さわやかに言い切ったレジーナさんにあたしは、絶句した。

 やり手すぎる。今まであたしたちが何を言っても動かなかったメイド長を、一日で落とすなんて。ちょっとだけ哀しくなる。これが、待遇の差ってものなのかなあ。


「ユウノ様がお気になさることではありませんわ。メイド長たちがおまぬけだっただけですから」


 ねえ、とレジーナさんがメイド長を流すような目で見た。素でメイド長を初めとする各部署のメイド長を貶している。長を冠する彼女たちはみんな上級メイドだ。それをこうもあからさまに陥れるような発言をしていいんだろうか。

 あれ、レジーナさんの背中に夜叉が見える。


 お、怒ってますね?


 何が彼女の癇に障ったんだろう。迂闊に声をかけられない雰囲気がある。


「本当に、おまぬけさんね、アッシラ?一時間でもここに来れば、状況なんて簡単にわかったでしょうに」

「ううううううう」


 何も反論できないらしく、メイド長が涙目になって唸っている。

 総監メイド長の名が泣くと思わずにはいられない、しょぼくれ具合だ。


「ケノウたちに聞いたけれど、あなたの下には何度も直訴に行っていたそうじゃない。それを全部必要ない、で切り捨てて?総監メイド長ともあろうものが、他者の言葉に惑わされるなんて、情けないと思わないの?」

「反省してますううううう。だから、もう許してえええ」

「無理。わたくしの大切なユウノ様を悲しませたのだもの。向こう百年は許すつもりないから覚悟しといておいてね?」


 レジーナさんの非情な言葉に、メイド長がよろめいた。


 ……レジーナさん。あなた本当に何者ですか?

 どうして、メイドたちのトップに君臨する総監メイド長を言い負かすことができるんですか。


 このヒト実はメイドの中で最恐の部類に入るんじゃないだろうか。味方に付けば頼もしいけど、敵には絶対に回したくないタイプ。

 だけど、どうしてここまで洗濯メイドのためにやってくれるんだろう。配置異動も終わったし、もうレジーナさんが口を出す必要なんてないよね。


「もちろん。ユウノ様に一刻も早くここから離れていただくためですわ」


 だから、あたしの考えを読まないでください。怖いですって。

 ついでに、あたしの仕事を奪うこともしないでください。外堀がどんどん埋められていく気がして、嫌です。


「ケノウたちが復帰できるまでしばらくかかります。その間洗濯物を溜めこむわけにはまいりませんから、目をつむりますが、彼女たちが元気になりましたら即刻連れ出します」

「……拒否権は?」

「ありません。これはハーレイ様、ロダ様公認ですので諦めていただきます」


 第一公子様と第一公女様っすか。確実な手を使ってきますね、レジーナさん。


 にしても何でハーレイ様の名前まで。あたしがメイドをしているってロダ様に聞かれたのかな。あの方過保護な感じしたもんなあ。慰めちゃった手前、気に掛けずにはいられなかったのかもしれない。

 あたしたちの会話を聞いていたらしいシアンさんたちの顔色が、悪くなっていた。

 レジーナさんの迫力に負けているのか、公子様方の名前に驚いているのか。


 両方だろうな。


 せっかく来てくれたのに、怯えさせてごめんなさい。でも、ここは断固として戦わないといけない場面なんです。


「あたしは洗濯メイドで満足しているんですけど」

「それに関してはわたくしは何とも言えません」


 嘘だ、って思ったあたしに間違っていない、と思う。それくらい、レジーナさんの笑顔はすがすがしかったから。


 あくまであたしは洗濯メイドなんだあああああ!

  



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