1.桐塚優乃
元気な女の子が書きたくなりました。よろしくお願いします。
最後に見たのは、三本角を持つ三メートルはあろうかという巨大な生き物ガイバーの蹄だった。
学校の帰り。
バス通学をしているあたしは、いつものバス停で降りた。
あたしは高校の部活で剣道部に所属している。県大会に出場するくらいの実力がある高校の運動部の常で、放課後は、毎日7時近くまで部活漬け。今日もバスを降りたときには、 とっぷり日が落ちていた。これが、夏ならまだ明るくて助かるんだけど、秋も深まるこの時期じゃあ、無理な相談だね。
家の近所は、住宅地と田んぼが半々くらいで広がっている。店なんて、スーパーとコンビニが一件ずつあるくらい。あとは、ガソリンスタンドかな。
どこも歩いていくのはちょっと億劫な距離で、このあたりじゃ車と自転車が欠かせない。
だから、日が暮れるとこの辺りは一気に寂しくなる。バスが通る広い市道を走る車もどんどん少なくなっちゃう。
帰宅ラッシュが終われば、あとは運送トラックが通るくらいかも。駅の方に行けば、もうちょっと賑やかなんだけど。町の郊外じゃ、高望みもいいとこって感じかな。
テレビなんかで見る田舎道ほどじゃないけど、物騒な感じになるんだよね。
だから、薄暗い道を歩いていると、ちょっとだけ不安になる。もう一年以上通っているんだから、慣れてもいいと思うんだけど。
「うー。そろそろ帰り冷えてきたなあ。手袋はまだ早いかなあ」
寒がり冷え性だから、防寒に走るのが毎年人より早いんだよね。ミニスカはやりたいけど、冬の間は断念してる。可愛さより、ちょっとでも暖をとるわよ、あたしは。真冬に黒タイツは必須だしね。
友達に着ぶくれしてるってからかわれない程度に、厚着するよ。部活中は足が霜焼けにならないことをまず祈るしね。
「にしてもお腹空いたなあ。ご飯できてるかなあ」
両親が共働きであるため、家に帰ったタイミングで夕飯にありつけるかどうかは、その日の運次第。お母さん、残業じゃなきゃいいけど。
自分で作るのだけは、勘弁してもらいたいなあ。ごはんできてなかったらつなぎに、昨日お父さんが買ってきたバームクーヘンの残りでも食べてようかな。
た~くさん運動したから、これくらいじゃ太らないし。……多分。
なにかの嘶きが聞こえたのは、家の敷地に入る直前だった。犬猫でも、鳥でもない。テレビできいたことのある馬のものでもない。強いて言えば、アニメに出てくるモンスターのような声だった。
それと一緒に勢いよく近づいてくる車輪の音。
振り返ったあたしの目に映ったのは、現代日本の住宅地には不釣り合いな木製の馬車とそれを牽く見たこともない三本角を持つ巨大な生き物だった。
疾走する馬車は家の前に立つあたしにまっすぐ向かってくる。スピードが落ちる気配はない。
突進してくる、鋭い角。非現実的な光景にあたしの頭はフリーズした。避けることも考えられず、ただ迫りくる不気味な馬車を馬鹿みたいに見ていた。
それが、あたし桐塚優乃が、桐塚優乃として日本で最後に見た光景だった。