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24.桐塚優乃は現実逃避に失敗する



 ガナーの木々に囲まれるようにして、石造りの東屋はあった。中には、楕円形のテーブルを挟んで、背もたれのない長椅子が二脚ある。

 ハーレイ様の隙のないエスコートで、椅子に座ると横にミュウシャ様がチョコン、と腰かけられた。


 く、ミュウシャ様、一挙一動すべてが愛らしすぎます。


 悩殺ものってこういうものを言うんだね!


 ハーレイ様が向かいに座るのを見計らって、どこからともなく表れた緑人族のメイドさんとレジーナさんがお茶を用意してくれた。


 レジーナさん、今までどこにいたんですか?

 そしていつの間にお茶会セットを用意していたんですか?

 スーパーメイドぶりに脱帽するしかありませんよ?


 あたしの心情など知る由もなく、レジーナさんは淡々と動いている。

 音を立てずにあたしたちの前にコップを置くと二人は、一礼して下がった。


 ああああああ。おいて行かないでええええ。一緒に連れて行ってええええ!


 そんなあたしの心からの救助要請は誰にも届かず、公子様と公女様と三人きりにされた。

 気まずい。ハーレイ様やミュウシャ様と目を合わせる勇気はない。

 どうにかして逃げ道を、と視線を彷徨わせたあたしの目に入ったのはレジーナさんが用意してくれたお茶だった。

 この国には持ち手の付いたカップはないみたい。寸胴で背の低い湯呑みたいな形をしたコップが主流だ。素材は硝子っぽかったり陶器っぽかったりと色々ある。

 今回は、薄い翡翠色と白色が絶妙に混ざり合った素地に濃い翡翠色と白色で何かの花を描いたものだった。中には、ソーダを思わせる青をした飲み物が入っている。タランっていう青い花で淹れる飲み物。味は薄い緑茶、かな。

 あ、このコップ、底にも花の絵が描いてある。ガナー、じゃないな。百合に似ている。百合より奥行きはないから、違う花だとは思うけど。


「ユウノ?タランの中にごみでも入っていた?」

「いえ。綺麗なコップだな、と思って見てました」


 コップの中を覗き込んでいるあたしを不審そうにハーレイ様が呼ばれた。

 まさか、あなたと目を合わせたくなくてコップの中を凝視していました、なんて言えるはずもない。誤魔化すように笑って、コップを口に運んだ。


 うーん。緑茶好きのあたしとしてはもうちょっと渋みが欲しい。


 じい、とタランを見ていたら、苦笑が聞こえた。


「ここまであからさまに避けられるのは初めてだな」


 楽しそうに言われるハーレイ様の言葉に、あたしはギクリ、と体をこわばらせた。


 ばれてた。やばい。死ぬかも。


 この世界に来て、もう何度目になるか分からない死の覚悟をしたあたしを、ハーレイ様がまっすぐご覧になっていた。


 そんな穴が開くほどじっと見られても、何も出ませんよ?

 居心地が悪いだけなので勘弁してください。


「ユウノ、緊張?」

「そうみたいだね。可愛らしい。ねえ、ミュウシャ」

「うん」


 超絶美形とビスクドール顔負けの可愛い女の子に言われても嬉しくないです。

 お世辞なら、間に合っています。


 ひねくれてると言ってくれていいよ。そう言われても文句が出ない美形に囲まれたら、きっと同じような感想持つからね!!


 だれかた~す~け~て~。


「私たちと一緒にお茶、っていうと大体みんな恥ずかしがるとか、喜ぶとか、感動するとかそういう反応なんだけどね。迷惑がられるっていうのは初めてだね」

「正直者?」

「権力に惑わされない貴重な存在だよ」


 褒められてるのか、けなされているのかわかりません。ああ、コップの中が空になっちゃった。

 さっきから喉が渇いてしょうがない。

 悲壮感漂う顔だったのか、レジーナさんがそっと近づいてきておかわりを注いでくれた。


 何から何まですみません。

 本当なら寝ている時間なのに付き合わせてごめんなさい。


「ありがとうございます」


 もろもろの想いをこめてお礼を言ったら、レジーナさんが小さく微笑んでくれた。何だろう、すごく癒されるよ。


「こらこらユウノ。現実逃避はよくないよ?」

「させてください。正直もうなにがなんだかわけが分かっていないんです」


 毒盛られて、暗殺者に殺されかけて。……ヒトを傷つけて。

 あたしにとっては大事件が続いているんだよ。そっとしといてほしいっていうのが正直な気持ち。

 というわけで、国の権力者と会話をする余力はないの。

 心のHPは真っ黄っ黄。数字で言うなら、五も残っていない瀕死レベル。

 そんな状態でラスボスレベルのヒトとお茶なんて、死地に立たされているって思って間違いないよ。


「大丈夫。ユウノ、一人じゃない」


 ミュウシャ様が小さな手で頭を撫でてくださいました。小さな子供に慰められている気分だ。

 おかしいなあ。なんであたし公女様に慰められているんだろ。


 ああ。でも、あったかいなあ。


「ユウノ。大丈夫。大丈夫」


 何が大丈夫なんだろう。大丈夫なんてこと、何もないのに。

 でも、その言葉が嬉しい。ぐちゃぐちゃに混乱していた気持ちが、波を引くように凪いでいく。

 頬に小さな手が添えられて、顔を上げさせられた。

 金色の目が優しく笑っている。ミュウシャ様って、外見と話し方に反してすごく大人なのかもしれない。

 ヒトを安心させる不思議な空気を持っていらっしゃる。


「こらこら。私を仲間外れにしないでくれないかい?」

「兄様、今話す、駄目」

「ひどいな。ミュウシャばかりユウノと仲良くなってしまうじゃないか」

「兄様、仲よくなりたい?」

「なりたいな」

「そう。がんばって」


 ハーレイ様。ミュウシャ様に振り回されていませんか?


「どうかした?ユウノ」

「え、と。仲がよろしいな、と思いまして?」

「ミュウシャは私の大切な妹だからね。もちろん、ユウノも」

「は?」

「父上の娘になったんだから、私の妹だよ。ね?」


 ね、と言われても全く実感がない。なくていいんだけど。

 戸惑うあたしに、ハーレイ様が微笑まれた。さっきと違ってすごく優しい笑顔だ。

 うっかり見惚れたよ。目を奪われるな、っていう方が無理だよ、これ。


「ユウノ?」

「あ……」


 ぽやんとしていたあたしの目じりに、男性にしては細く女性にしては骨ばった指先が伸ばされた。


「どうして、泣いていたの?」

「え?」


 なんであたしが泣いていたことをハーレイ様がご存知なんだろう。

 泣いたのは部屋でだし、ここでは一滴も涙零していないのに。


「涙を流していないから泣いていないとは言えないよ。ずっと泣いていただろう?」

「そんなこと」

「あるよ。ねえ、ミュウシャ」


 ハーレイ様の言葉に、ミュウシャ様がこくん、とはっきり頷かれた。


 ええええええ、と。どういうことなのかな?




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