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22.桐塚優乃は第六公女と出くわす



 外に出たいと言っても、あたしはこの建物の造りを知らない。

 ここには大公一家が住んでいるらしい。大公の部屋もここにあるし正妃様、側妃様方、それにお子様方が寝起きをしているんだって。

 この城には他にも魔人が働いているけど、この大公の宮殿に暮らしてはいない。大公一家以外の魔人のみなさまは全員城下町に館を構えておられる。

 大公に連なるような存在しか住んでいない宮にあたしがいるんだよ。すごく場違いな場所にいる気がするのは、気のせいじゃないと思う。

 適当に歩いて、魔人と会うような事態になるのは避けたかった。


 こんなところでなにをしている、って問い詰められるのはごめんだったからね。


 レジーナさんに他者が近づかないような場所はないかって聞いたら、小さな庭園に案内してくれた。

 外に出たら、夜も随分更けた時間だった。三つある月のうち今夜空に輝いているのはトハンの赤月あかつきだけだった。トハンっていうのは、あの月を最初に月だ、と言ったヒトの名前だって言われている。他の二つは彼の奥さんと親友の名前が付けられていて、メイナの黄月きつきとビレッツの青月あおつきっていう。

 赤月の優しい光が地上に降り注いでくる。

 庭には、一面にピンク色の花をつけた木が広がっている。桜よりも大きいけど、形はそっくりだった。あ、ソメイヨシノじゃなくて八重桜の方ね。

 こっちじゃあガナーって呼ばれている。


「綺麗……」


 月明かりに照らされて光をはじく花はとても幻想的だった。

 まるで、異界に踏み込んだような気分になる。誘われるように、ふらふらと頼りない足取りであたしは庭園を散策した。

 香水にしたら人気が出るじゃないかなって思うくらい、甘い香りが広がっている。

 何も考えず、何かから逃れるようにあたしは狭い庭園内をただ歩いて回った。

 現実離れした光景が、あたしの気分を紛らわしてくれた。


 このまま全部忘れてしまいたい。


 明日になったらあたしが襲われたことも、ケノウたちが毒に倒れたことも夢で。

 朝になったら、いつもの通り使用人棟の二階の奥にある大部屋で起きて洗濯に行く。

 そんな生活に戻っている。


 ありえないことだって分かっているけど、そうなってほしいって心の底から願ってしまう。

 溜息をつきながら、あたしは当てもなく歩き続けた。

 一人ではない。

 適度に距離をとってレジーナさんがついてきている。流石に一人にはしてもらえなかった。

 十分すぎるくらい我儘を叶えてもらっているから、あたしも文句はない。

 道なき道をふらふらと彷徨っていたら、突然がさり、と不自然な葉擦れが聞こえた。

 普段なら気づかないような小さな音も、過敏になっている耳は聞き逃さなかった。


 まさか、暗殺者がまた来た?


 来るかもしれない、とは思っていたけど、本当に来るなんて。

 慌てて逃げる場所を探す。

 落着け、落ち着け。

 パニックになったら終わりだ。

 あたしの異変に気付いたレジーナさんが、こっちに駆けてくるのが見えた。

 そうだ、あたしは一人じゃない。だから大丈夫だ。

 根拠のない言葉で自分を言い聞かせる。そうでもなきゃ、叫びだしそうだった。

 レジーナさんの下に行こうと足を踏み出した時、植え込みの中からもふもふの白い頭が出てきた。

 金色のつぶらな目があたしの黒い目とかちあい、あたしは息を飲んだ。

 逃げなくちゃっていう考えなんて、彼女の顔を見た瞬間星空の彼方に飛んで行ったよ。

 ビスクドールかと思うくらい綺麗で幼い顔をした女の子だった。

 もふもふの頭は羊みたい。渦を巻いた角が左右に一本ずつ生えている。羊を可愛い女の子にしたらこんな感じ?!っていう外見。角が生えてるけど、女の子でいいんだよね。

 危ない趣味のおじさんがいたら、間違いなく攫われちゃうよ、この子。

 かくいうあたしも、あまりの愛らしさに胸がキュン、と高鳴った。

 レジーナさんも驚いたように足を止めて、立ちすくんでいた。

 あの様子からして、この女の子が暗殺者って可能性は低いな。

 警戒しているっていうより、戸惑っているって感じなんだもん。

 あたしが女の子を観察してるように、女の子もあたしのことを観察してるみたいだった。

 じい、と小さな子に見つめられるとなんだか居心地が悪い。

 それから、何を思ったのか、女の子は隠れていた植え込みからそうっと歩み出てきた。 

 水色の袖なしのドレスは、スカート部分に三段に渡って大ぶりのレースが縫われている。可憐な青い花を思わせるドレスは、女の子によく似合っていた。すらりと伸びた足は、頭と同様、もふもふの毛におおわれている。

 身長は百四十センチくらいで、見た目は十二歳くらいだった。実際年齢は、違う可能性大だけど。

 トコトコというように近づいてきた女の子は、あたしを見上げて二コリ、と笑った。


 これは、鼻血を出してもいい場面だ!


 何この存在そのものが可愛らしい生き物は!!


 抱きしめて、頬ずりしたい~~~!!!


「こんばんは」

「あ、はい、こんばんは」


 挨拶をされて、あたしもつられて挨拶を返した。ついでに目線を合わせるためにしゃがんだ。なんか見下ろしてるとすっごく悪い気分になるんだもん。

 あたしがしゃがむと、女の子はちょっとびっくりしたみたいに目を大きくしてから、嬉しそうにはにかんだ。


 い、今すぐ連れ帰りたい。やっちゃいけないのは分かっているけど、誘惑される~。


「わたし、ミュウシャ。あなたは?」

「あ、優……ユウノと言います」

「ユウノ……。ロダ姉さまが言ってた、新しい妹?」


 こてり、と女の子が首をかしげる。

 ん?ちょっと待って。ロダ、姉さまって……。

 穴があったら入りたい、という気持ちで、あたしは頭を抱えた。

 そうだよ。ここ、大公一家の住んでる建物なんだよ。当然ここにいるのって、関係者に決まってるじゃん。

 ミュウシャ、と名乗った女の子は、明らかに使用人には見えない。

 ってことは、この子も大公閣下の娘ってこと。

 レジーナさんが困った顔して後ろに下がったわけだよ。

 ミュウシャ様、ミュウシャ様……。

 第六公女様だ。確かヨウ族出身のシークン。こんなかわいい姿をしていて、内に秘める力は絶大ってやつ?


 いや~~!!あたし、なんか無礼なことしてないよね?


 ここで殺されちゃうとか冗談じゃないんだけど。


 ここんとこ、こんなんばっかだよ。




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