18.桐塚優乃は抵抗する
「レジーナの報告を聞いたときは、馬鹿な、と思ったがな。彼女の事は信頼しているし、メイド長に話を聞けば実際五人だ、と断言されたしな」
聞かされた事実に気分が悪くなって、苦悶の表情を浮かべているあたしを、ロダ様が同情するような眼差しでご覧になった。
それでも説明は続けられるんですね。気になるので、黙って聞かせてもらいます。
「あいつ、優秀なのか間抜けなのか時々判断に困るよなあ。普通に考えて、この城の洗濯を五人で回しているキンドレイドが雑魚だなんて思わねえだろ」
「それに関しては、またあとで考えればいい。おおよそこんなところだ。分かったか?」
ロダ様が最後にあたしに話を振ってきたので、慌てて首を縦に振った。
勢いが強すぎて頭の中がシェイクされた気分になる。
更に気持ち悪くなった。間抜けだ。
くわんくわん、と揺れる視界がうっとうしくて、一度目を閉じる。
今回殺されそうになったのは、あたしたちを攫った誰かの嫌がらせの延長だった。
あたしたちの存在が明るみに出て、犯人も焦ったに違いない。
よく言う証拠隠滅でも図ったのかな。死体が残っちゃ意味ないけどね。
おまけに生きてるし。随分ずさんな計画だなあ。
事のあらましは分かった。だけど、肝心のことが一つ謎のままだ。
あたしは、ごくり、とつばを飲み込んで、キ族の麗人を見上げた。
「ええ、と。もう一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「あたしたちを嵌めた犯人って誰なんですか?」
「分からん」
「は?」
間の抜けた声を出したあたしに罪はないと思う。
てっきり犯人捕まって、とっくに事件は解決したと思っていた。
そう簡単にいかないのが世の常、てかあ?
「心当たりが多すぎてな。聞き込みをしたところによると、洗濯メイドのお前たちはなかなか冷遇されていたようだ。恐らく犯人の誘導だとは思われるが、中々尻尾がつかめん。このまま野放しにするつもりはないがな」
「捕まえるんですか?」
「あたりめえだろうが。よりにもよって親父のキンドレイドを攫ったんだからな。配下になめられちゃあ、親父の面目が立たねえよ」
「父上はキンドレイドの反抗を楽しまれるところはあるが、今回はやりすぎたな。全員が全員目をかけていた存在だ。どう処罰されるかな」
「あっさり殺されりゃあ御の字だな。ま、無理だろうが」
それって、死刑になった方がましってことだよね。何?罪が確定してるのに拷問とかされちゃうの?それってどうよ。
まさか、死が救い、とかいう類の罰じゃあないよね。
「なまじキンドレイドになんてなってるから、簡単には死ねねえだろうな」
あたしの考えを肯定するように、フロウ様が獰猛な笑みを浮かべられた。
拷問は決定?
それを楽しそうに話すフロウ様って、S属性なのかな。
というか、それって普通の事なの?
牢屋に入れられて反省を促す、とか矯正訓練を受けさせるとかじゃあないの?
「なんでそんな面倒なことするんだよ。キンドレイドになった時点で、クアントゥールには忠誠を誓う。それに反抗するってんならそれなりの覚悟を持たなきゃなんねえよ。それこそ、死よりも苦しい思いをする覚悟がな」
「犯人だってわかっているだろう。もしわかっていなかったとしても、結果は変わらないがな」
これは、駄目だ。
あたしが何を言ってもお二人は刑を執行される。それが分かった。
拷問、とか死刑、とかあたしの日常とは大きくかけ離れた言葉だった。日本には死刑制度はあるけど、たとえ判決を受けてもなかなか執行されないって聞いたことがある。
でも、ここは違う。
唐突にあたしはその事実を理解した。
絶対王政に近い支配体系をとるこの国では、権力者に逆らうことは自分の命を懸けることなんだ。
彼らの思惑に反する、と判じられたらアウト。
それくらい危険な世界に身を置いているんだってことを理解しているつもりでしていなかった。
五十年間。毎日洗濯で大変だったけど、命の危険にあったことはなかった。
おとなしくしていれば、魔人の目に触れなければ死ぬことはない。嫌がらせはあったけど、それくらいは日本でも十分あることだと思うし。
だから、あたしは異世界にいるとは思えないほど平和ボケしていたのかもしれない。
それは錯覚だったのに。
自分自身の事じゃなくても、死という恐怖にさらされていなかったあたしは。
とてもラッキーなことだったんじゃないかって、今更気づいた。
「あんま、深く考えんな。これはけじめだ」
多分、すごく悲惨な顔をしていたんだと思う。
フロウ様が、小さく笑ってあたしの頭を優しく叩かれた。安心しろ、って言われているみたいな触れ方だった。
「けじめ……ですか」
「フロウの言うとおりだ。魔人はこの国で絶対の存在として君臨している。それを揺るがすことは、世界の在り方を揺さぶることにつながる。我らはそれを望まん」
「ならどうすればいいかってーと。ある程度の力を見せつける必要があるんだよ。締め付けてばっかじゃ、いずれ反乱がおきるからそのあたりは加減が必要だがな」
飴と鞭を使い分けるってことか。
支配者に対して、不利益を与える存在には制裁を。特に害がなければ保護を。
嫌な言い方だけど、決して悪い方法じゃあないと思う。
国という組織を維持していくためには、ルールが必要。
魔人の勘気を買ったら、死ぬ。
それが、このレスティエスト公国では暗黙の了解になっていて、みんなそれを受け入れているんだ。
ここは日本とは違うルールで動いている世界なんだ。
「俺たちだってむやみやたらと殺しはしねえがな。必要だと思えば、やるさ」
「……」
「いずれ、お前もわかる。いやでも理解する日が来る」
「来なくて、いいんですけど」
一度、その制裁現場を見たことを除けば、五十年以上そんな殺伐とした世界とは無縁だった。
今までと同じ生活を続けることができれば、一生その世界を知る日は来ないはずだ。
あたしは、ヒトが死ぬところを見たくなんてない。
「これまでの洗濯メイドとしての生活を望んでいるならば無駄だ。もはやお前は存在を明らかにした。元には戻れん」
あたしの考えを読み取ったかのように、ロダ様は逃げ道を塞がれる。
卑怯だ。あたしは、そんなこと望んでいなかったのに。
怖い。あたしは、ロダ様が示す場所に立つことなんてできない。
行きたくない。あたしは、他者の命の重みになんて耐えられない。
だから、あたしは変わりたくない。
「戻りたい、と願うことは自由です」
「無駄だ。私は許さない」
「どうしてですか?今までいなかった存在なんです。これからも無視し続ければいいじゃないですか!!」
誰もあたしに見向きもしなかった。
ケノウたち以外あたしを必要とするヒトはいなかった。
それでいいと、思っていた。
気持ちが悪い。思考が揺れる。
これは毒のせいなんかじゃない。
あたしの気持ちが悲鳴を上げているんだ。
「誰もお前の存在を知らなかった。けれど知った以上、お前の力は脅威となる。利用する者も出てこよう。それは、ケノウたちにも言えることだ」
「お前の場合、親父から取り込んだ血肉の量が量だからなあ。流石に放置しっぱなしってわけにはいかねえんだよ」
幼い子供に言い聞かせるような声音でフロウ様はおっしゃる。
ああ。この方はいいヒトだなあ。あたしが嫌がっているのを分かってくれている。その上で、国の都合を押し付けることに少しでも罪悪感を抱いてくれている。
ロダ様だって、言い方は冷たいけど目の奥に憂いを帯びている。
公女様と公子様に気を使わせるなんて、あたしって馬鹿。
このヒトたちは、国のことを考えて動くヒトたちだ。
魔人ってもっと自分勝手に動く者だと思っていたから、ちょっと意外だ。
「あたしたちってそんなに危険指定なんですか?」
「ケノウたちは親父のキンドレイドとしては平均を上回るってとこだな。その力にふさわしい職場に異動すれば、すぐに紛れることができる。問題はお前だ」
「あたし、ですか」
「心臓の血をコップ一杯分飲まされたユウノの力は、計るのも馬鹿らしい値になっている」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
フロウ様待ってください。心臓の血コップ一杯ってなんですか?!
大公の血って一滴で死ぬ可能性大なんでしょうが!!
そんな量を飲んだら、普通体が持たなくてお陀仏決定だから。
知らない間に、何を飲ませてんの、あの変態大公!!
「おまけに指先十個だろ。潜在能力だけなら、第一世代べタルと張るだろうな」
「我ら兄弟中のシークンの中では断トツだろう」
うんうん、って頷かないでくださいロダ様!
どことなく楽しそうなのはなぜですか?!!
「そんな未知数の力を持つお前を下級メイドになどしておくわけにはいかないんだ」
「諦めとけ」
っく。百歩ううん一万歩譲って、異動は受け入れる。
だけど、その異動先が問題ありすぎなんだってば!
「だとしても、大公閣下の娘っていうのは無理だと思うんですけど!!」
「あ~。その辺は親父に言ってくれ。キンドレイドにするかシークンにするかは親父の意向で決まるからな」
「私たちにどうこうできる問題ではないんだ」
ポリポリとご自分の頬を掻いてから笑いをするフロウ様と、目をそらされたロダ様の態度で、あたしの処遇に変更はないって言うことは分かった。
無茶振りいいとこだから。ほんと勘弁してよ。
気持ちが全くついて行かないから。一般庶民のあたしに、なんでそういう無茶振りしてくれちゃうかな。
結局のところ。
すべての元凶は、あたしを攫って洗濯メイドにした犯人なんかじゃなく。
大公閣下なんじゃないかって結論に至っちゃったよ……。




