15.桐塚優乃は夕飯という名の間食中
一日の労働後のご飯はおいしい。
しあわせ~、と頬を緩ませてあたしが食べているのは、カジャランという一口サイズのお菓子。見た目はあられ、味はチョコレートクッキー。歯ごたえはよくて、かむたびにバリバリ音をたてる。見た目と味のギャップが楽しいよね。
ケノウの一族で伝統的なお菓子なんだって。料理人の中に彼女の同族がいるから、時々頼んで作ってもらっているみたい。
え。ご飯食べないのかって?夕飯食べる習慣がないから、食べたい人は適当に自分で用意しなくちゃいけないんだよ。事前に決まった時間の間に調理場にお願いしておくと、用意しておいてもらえる。大体、手軽で高エネルギーが摂取できるお菓子系になることが多い。
おいしいから文句はないよ。これくらいなら、十分消費しちゃうから、太る心配もあんまりないし。
一応女ですから?やっぱり体型は気になるよねえ。
「やあっとあの怒涛の日々から解放されたわ。一時はどうなるかと思ったけど」
隣でカジャランに手を伸ばしながら、ケノウが嬉しそうに言った。
ただ今、洗濯メイド全員集合で夕飯がわりの間食中。こうやってみんなでゆっくりするのっていつ振りかなあ。
すっごく懐かしい気分になる。
「ユウノのおかげね。いなくなったときは絶望したけど」
向かいで水を飲みながらシャラが、ちょっとだけ恨みがましそうな目で見てきた。
それを言われると弱い。
悪いのは、あたしを連れ去った大公様となかなか外に出してくれなかったレジーナさんなのに。
「シャラ~。それは不可抗力なんだってばあ。いい加減許してよ」
「分かっているわ。でも、ちょっとだけねえ」
「八つ当たりってやつ?シャラってばおっとなげなーい」
あたしの左隣に座っていたカラッカが、きゃらきゃらと笑った。
カラッカは木人族の女性だ。緑人族のシャラとは親戚筋の種族になるらしい。下半身は、うねうね幾重にも別れた太い根っこ。上半身はこげ茶の肌をした人型をしている。髪は緑色だけど、楕円に近い形をした葉っぱが重なっているって感じかな。目はくりくりで緑色。シマウマみたいに、顔の外側についている。鼻はない。その分、目と口が大きい。見た目、色っぽいお姉さんだけど、中身は小学生って感じかも。
「あの地獄の十日間を思うとついつい、ね」
「ご迷惑おかけしました」
深ーい溜息をつくシャラは、普段こんなに愚痴ることがない。よっぽど大変だったんだね。
思わずテーブルに手をついて、頭を下げちゃった。
「そうよう。やってもやっても減らないどころか、増えていく汚れ物たち。あの絶望がユウノにわかる?!」
「ク、クロレナ?」
あたしの斜め右向かいに座っていたクロレナが、金色の蛇目に涙を浮かべていた。
ジャ族の彼女は下半身が蛇で上半身が人の形に近い女の子。腕は四本、肌は青灰色の鱗で覆われている。顔はのっぺりとしていて、口は裂けるんじゃないかって思うくらい大きい。小さな鼻の穴が口の上に二つある。ちょっと幼い顔立ちで、かわいい系。
欠点。愚痴っぽいところ。
「回収が遅れれば、仕事が遅いだの、こんなこともできないのだのと、あっちこっちから嫌味は言われるし。睡眠時間はほとんどないし。ご飯も食べ損ねること多いし!ああ、もう!!なんでここはこんなに人手が少ないのよおおおおおお!!」
手の中にあったカジャランを握りつぶして、クロレナが絶叫した。
「あーあ。とうとう爆発したわね」
笑って言うのはシャラ。
「ここのところ、文句も言わずに仕事してたもんねえ」
腕を組んでしみじみとしているのは、カラッカ。
「よく頑張ってくれたわ」
ふう、と深い息を吐いたのはケノウ。
「いや、もう、ほんと、ごめんなさい」
平謝りしたのは、あたし。
「ユウノが悪いんじゃないのよ。一人でも抜けた場合、フォローできないこの状況が問題なの」
「いくら言ってもメイド長聞いてくれないしねえ」
困ったような顔をするケノウは、きっとリーダーとして責任感じてるんだろうなあ。
シャラの言うとおり、メイド長はあたしたちの訴えを何度も退けてきた。
曰く、十分すぎる人手を与えている、とのこと。
どこが?と思うけれど、メイドの配置に関してはあの人が一任されているから、駄目、と言われたら駄目なんだよね。
どうしても何とかしようと思ったら、メイド長より上の立場のヒトを動かすしかないんだけど。
メイド長より上の存在なんてあたしたちから面会を望んだって、会えるわけもない。この間ロダ様に会えたのって、あたし的にはイレギュラー。あっちから会いにいらっしゃったって感じだしね。だから無駄と分かっていても、メイド長に訴え続けるしかないんだ。
「ふざけてるよね」
「ほんとよ。五人で回せているだけで奇跡だってなんでわかんないのかしら、あの石頭!」
苛立ちを現すように、クロレナがカジャランを鷲掴みにした。
やけ食いをする彼女は、相当鬱憤が溜まっているらしい。
そんなに食べると太るぞー。
いつもは気にしてるのになあ。そこに気が回らなくなるくらい、過酷な日々だったんだね。
いや、もう。本当に復帰できてよかったよ。
「レジーナさんのお手伝いは、助かったもんねえ」
カラッカが席を外している臨時応援のメイドの名前を尊敬するように言った。
一日中洗濯場に詰めているあたしに根負けした、レジーナさんはずっと洗濯を手伝ってくれた。本来彼女みたいな上級メイドがやるような類の仕事じゃないんだけどね。
罪悪感が募るけど、それに勝ったのが仕事を片付けなくちゃ、という使命感。
結果、三日間レジーナさんはあたしたちと寝起きを共にした。
夜くらい戻ってください、ってお願いしたけど、ユウノ様が戻られないなら戻りません、って押し切られちゃった。あたしも頑固だけど、レジーナさんも相当だと思う。
「有能なメイドさんだもんね。上級メイドは違うよね」
レジーナさんの有能振りに、あたしたちは驚かされたよ。一回教えただけで、ぱぱぱ、とやれるようになっちゃうなんて、なんというスーパーメイドさん。
臨時ではなく、ずっといてくださいってお願いしたくなっちゃったよ。
そこまで図々しくなれないけどさ。
「お手伝いなんてしてもらってよかったのかしら」
「今更何言ってんのケノウ。あれだけ、レジーナさんのこと散々こき使ってたくせに」
「そうよね。問答無用って感じだったわね、あの時のケノウは」
「危機に迫ってったって言うか~。立ってるものは何でも使えって感じだったしい」
初めは遠慮していた洗濯係のリーダーは、戦力となると判断するや否や、レジーナさんを思いっきりあてにしたからね。
あたしの茶々にシャラとカラッカが便乗してくる。
「そ、そんなこと……あるわね」
ガクッと肩を落としたケノウにあたしたちは揃って笑い声をあげた。
「あれ、クロレナどうしたの?」
カラッカが、一人静かな仕事仲間の様子に気づき首をかしげた。
見れば、クロレナの顔色が悪い。蒼いを通り越して白くなってる。
体も小刻みに震えていて、苦しそうに息をしていた。
「クロレナ?!」
異常に気付いたシャラがクロレナの体に触れる。その瞬間、クロレナの身体がのけぞって倒れた。
ガシャン、って椅子が倒れる音がした。
「クロレナ?!」
「大丈夫?!」
驚いてクロレナの下に駆け寄る。白目を剥いて倒れた彼女の口からは泡みたいに唾が溢れていた。
「クロ、レナ……?」
明らかにおかしい彼女の様子にあたしは、言葉を失った。
クロレナを抱き起そうと手を伸ばそうとしたあたしの後ろで、何かが倒れる音がまた聞こえた。
振り返って見れば、ケノウたちが苦しそうな顔をして倒れている。
クロレナと同じように青白い顔で泡を吹いていた。
「みんな……ぐ?!」
どうしたの、って言おうとした言葉は、猛烈に襲ってきた吐き気に阻まれた。なにこれ、気持ち悪い。
頭もぐわんぐわんする。
体を起こしていられない。
心臓が爆発するみたいに忙しなく動いていた。
「ユウノ様?!」
床に崩れ落ちたあたしの耳に届いたのは、レジーナさんの悲鳴じみた声だった。




