14.桐塚優乃は天敵に遭遇する
ちょっと長くなりました。
途中できると妙な具合になるので、そのまま載せます。
城の東にある豪華な建物の地下の一室。小さな部屋にこの棟で使われた衣類が溜められている。
この建物は、他国の要人を迎えることもある迎賓館だ。出される汚れ物は、洗濯物の中で上位を争う質の良いものばかりだった。要するに、面倒ランキングで一二を争う子たちってこと。
「これが終われば、前半戦の山は越えるかな」
よいしょ、とあたしはシーツや夜着などをワゴンにつけられている籠に放り込んだ。
職場復帰二日目。
ようやくあの腐海となっていた洗濯場にもめどがついてきた。こうやって本来のローテーションであたしが回収作業に来れるからね。
ゴールは見えてきたぞ~。
汚れ物を全部移し替えもう用は無くなった、とあたしは小部屋を後にする。
からからと車輪が音を立てる。重量に反して、軽い乾いたような音だ。
この回収作業の時だけは、普段使わないエレベーターを使う。でないととても一回で運びきれないから。
流石に何度も違う建物間を往復する気にはなれない。
あ、エレベーターを使うタイミングも計算に計算を重ねてどの時間なら利用率が最も低いか、を見計らっている。
嫌味言われて気分のいい人なんていないでしょ。
特にお客様に姿を見られるのが言語道断。
客室メイドたちに何を言われるか分かったもんじゃあない。無茶な要求ばっかり突きつけてくるんだから腹が立つ。
あのヒトたちは上級メイドだから、下っ端の洗濯メイドより立場が上。
反抗すると、力で訴えてくるし集団的な嫌がらせをしてくるから大人しくしちゃうんだけど。女の職場は恐ろしいってこういうことを言うのかな。
全員が全員ってわけじゃないよ。意地悪なのはごく一部。その一部が性質悪いんだけどね。
業務用のエレベーターは地下の一番奥にある。スイッチを押すと小さなモーター音がした。
さほど時間をおかず、キラリン、とかわいらしい音を立てて扉が開く。その瞬間、あたしは心の中でうめき声をあげた。
正直者のあたしが、表情筋を動かさなかったのは過去の教訓を体が覚えていたからに他ならない。
「あら。さぼり魔がこんなところで何をしているのかしら」
それはこっちのセリフ。普段地下になんて降りることがないくせに。
絶対あたしが使ったことに気付いて、途中で乗り込んだな、この性悪メイド。
変なところで勘が鋭いんだから。
性悪メイド、もとい客室メイド長のコミネ。エルフ族出身らしい彼女は、一見褐色の肌をしたエキゾチックな美女だ。細くて尖った耳と、細くて吊り上った目が種族的特徴。ただし、非常に性格が悪くそれが顔に完璧に表れている、とあたしは思っている。
顔を合わせるたびに、嫌味を言ってくる上級メイド。レジーナさんの完璧メイドぶりを見習わせたい。
「何か言ったらどうなの?」
言ったら言ったで、いちゃもんつけてくるくせによく言うよ。
こういう時は、余計なことを言わずさっさと退散するのが一番いい。
「洗濯が待っているので、失礼します」
「待ちなさい。私を無視するなんて躾けのなっていない子には、お仕置きが必要よね」
にやあ、ってコミネの口が悪女のように吊り上った。
なんでこんな性悪が、他国のお客様を迎える重要なメイドたちの長をやってるんだろ。つくづくそれが不思議でたまらない。
やっぱりエレベーターを使うと碌なことにならないな。
「ねえ、何か言ったらどうなの?無能なキンドレイドが」
「無能で構わないので、通してください。ただでさえ遅い仕事が更に遅くなります」
「あら、無能って認めるのね。でも、その反抗的な目は気に入らないわ。……洗濯するのに目は二つもいらないわよね」
コミネがくすりって笑った瞬間、あたしの背中に悪寒が走った。
ゆっくりとのばされる滑らかな褐色の、腕。
細い指先が目に、突き刺さる。
潰される、そう思った瞬間湧き上がってきたのは恐怖と、理不尽に対する怒り。
「あ……」
たとえ立場が上だからって、なにされても許されるなんて、思うな。
とてもゆっくり近づいてくる手を叩き落とす寸前、ふさふさの毛におおわれた女性の手がコミネの腕を掴んだ。
「何するのよ!」
いきなり現れた第三者に、コミネが金切り声を上げた。
その声にあたしはは、と正気に返った。一瞬凄く凶悪な感情があたしの中に生まれた気がする。
ドキドキと暴れる心臓を宥めながら、コミネを見ると顔を歪ませてあたしの隣に立っているレジーナさんを睨みつけていた。
自分のやろうとすることを邪魔されるのが気に食わないタイプだよね。
「それはこっちのセリフ。ユウノ様に何をしようとしたの?」
氷点下八十度。思わずそんな言葉が頭の中によぎった。
それくらい冷たい目で、レジーナさんがコミネを睨み返していた。はっきり言って、コミネの数倍怖い。
もしもし、レジーナさん。どこから現れました?
あたしここに一人できたんだよ。レジーナさんはケノウたちを手伝ってたはずなんだけど。
……細かいことを気にするのはやめよう。
何せ相手は、人外魔境。何が起こっても不思議じゃないんだよ、きっと。
「なん、で侍女メイドがっ?!」
己の行動を遮ったのが、自分より更に立場が上の上級メイドだと悟ったコミネが目に見えて狼狽えた。
こいつ絶対権力に弱いタイプだよね。
客室メイドと侍女メイド。どっちが立場が上かって言われたら、この城じゃあ侍女メイドだからね。彼女たちに睨まれると、下手したらその素行が魔人に知られて、ジ・エンドってことになりかねないから。
魔人に近い立場になればなるほど、地位は高いんだよね。
「あなたには関係のないことよ。……ユウノ様を傷つけようとした指はこれ?」
「ヒ……」
レジーナさんの手が、あたしの目に伸ばされていた指を掴んだ。コミネが痛みと恐怖に引き攣った声を出す。
「レ、レジーナさん?!」
「ユウノ様。すぐに始末いたしますので少々お待ちください」
「始末って。必要ないです!特に何にもされていませんから!!」
言われたけどされてないし。される直前で助けてもらったし。
というか、あたしのせいでレジーナさんに殺しなんてさせたくない。
下手したらレジーナさんまで罰せられちゃうんじゃないかな。一応コミネは客室メイド長。メイドの中じゃそれなりに立場が上だから。
正直言ってコミネはむかつくけど、殺したいほど憎いってわけでもないし。
ほら。あたし事なかれ主義の日本人だから!!
あたしの必死のお願いに、レジーナさんが根負けしたようにため息をついた。
握りしめいていたコミネの指を解放すると、褐色のメイドは取り戻した自分の腕を抱きしめた。
「あなた、私にこんなことしてタダで済むと思っていないでしょうね!」
「ユウノ様を傷つけようとした狼藉者を排除しようとしただけよ。正当性はこちらにあるわ」
正面からにらみ合う上級メイド二人。けれど、明らかにコミネの方が迫力負けしていた。
客室のメイド長と言えど、侍女メイドには逆らい難いのかもしれない。その辺はよくわからないけど。
悔しげに顔を歪ませると、覚えてなさい、とコミネは、三流悪役の捨て台詞を投げてエレベーターに乗り込んでいった。
あ~。せっかく来たエレベーター持ってかれた……。魔力の消費損だなあ。
「ユウノ様。お怪我はありませんか?」
「おかげさまで無傷です。ありがとうございます、レジーナさん」
「当然のことをしたまでです。それにしても、あのメイドは問題がありますね。後でメイド長に伝えておきましょう」
珍しく憤慨しているらしいレジーナさんにあたしは何も言えない。
あれくらいいつものこと、と言えない怖さが今日のコミネにはあった。嫌味が少ない上に、直接あたしを傷つけようとした彼女は。
どこか焦っているようにも見えた。
「ユウノ様?ご気分がすぐれませんか?」
「いえ。あの、そろそろ戻らないとって思って」
ぼおっとしていたあたしを心配そうな顔で見るレジーナさんには、さっきの冷たさはもうなかった。
こっちの方が、いいな。ちょっと強引なところもあるけど、優しくてやり手なレジーナさんの方が安心する。
「そうですね。洗濯物はまだまだ増えそうですからね」
あたしが引きずっているワゴンを見て、レジーナさんが苦笑した。
あたしに洗濯をやらせることには抵抗があるけど、仕方がないって割り切ってくれたみたい。メイドとして見過ごせない状態だったんだろうな、あの洗濯場の惨状は。
臨機応変に動いてくれるレジーナさんに感謝だよ。
「お手伝い、ありがとうございます」
「お仕えする方の傍にいるのがわたくしの仕事ですから」
にっこり笑うレジーナさんは、あたしのことを完璧に主人扱いしている。
これがなければもっといいんだけどなあ。
だって、あたしは、下っ端メイドだからね。
レジーナさんはユウノの危機に気付いて転移してきました。




