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12.桐塚優乃は勝手に職場復帰を果たす




 部屋を埋め尽くさんばかりの汚れ物に、あたしの顔は引き攣った。


 予想はしていたけど、ここまでとは。いくらなんでもひどい。

 あたしのお城である洗濯場は、足の踏み場を探すのが大変なほどの洗濯物に占領されていた。作業着、訓練着、制服、大小さまざまなタオルにシーツ。その他もろもろが、ごちゃ混ぜになって放置されている。


 これ、何日分あるんだろう。


 間違いなく一日フルで働いても終わらない。それを確信させる光景に意識が軽く遠くに飛んでいきかけた。その紐を無理矢理押さえつけて、あたしは現実に向き合う。

 逃げていてもこの山は無くならない。千里の道も一歩からっていうし、まずは手をつけなくっちゃ。


 ちょっとでも少なくする努力をしよう。


 腕まくりをして、あたしは戦場へと足を踏み入れた。





 三十台ある洗濯機の中には洗い終わった洗濯物が入っていた。たぶん寝ている時間も無駄にしないために、ケノウたちがかけていったんだと思う。

 時刻は、レンブルオーダの暁。日本で言うと夜中の三時くらいを思ってもらえばいいかな。普通ならまだ寝ている時間だからね。

 それらを全部取り出すと、すでに仕分けされていた洗濯物を放り込んでスイッチオン。同じことを全ての洗濯機で済ませてから、今度は普段は使わない機械に洗い終わった洗濯物を入れた。こっちも魔充石に魔力を流してスイッチを押す。困った時の強い味方、乾燥機ちゃんだよ。

 魔力消費は半端ないけど、十日以上養生生活を余儀なくされていたあたしは元気いっぱい。今日は一日洗濯機、乾燥機合わせて六十台をフル回転させる自信があるよ。


 本気になった優乃さんをなめちゃいけません。


 後は、洗いが終わるまで山積みの洗濯物を仕分けする。

 う~ん。ちょっとどころじゃなく、臭いがやばい。放置されて三日は経っているものがたくさんある。

 普通に洗濯機にかけても、汚れ落ちそうもないよ。手洗いバージョンが大量にありそうだな、こりゃ。

 ぺいぺい、と分別している間に、一回目の洗いが終わった。

 蚊の羽音のタイマーを懐かしく思う日が来るとは思わなかったよ。背筋にぞぞぞって走る悪寒も久しぶりだなあ。

 洗濯物を取り出して、新しい汚れ物を入れて。

 さて。この子たちは干し場に持って行くか、それとも乾燥機に回すか。比較的単純で乾きやすいタオルとかなんだよね。


 乾燥機でいっか。


「ユウノ?!」


 乾燥機の前に籠を置いた瞬間、後ろから名前を大声で呼ばれてびっくりした。

 振り向けば、洗濯メイドのリーダー、ケノウが信じられない、という顔で入り口に立っていた。

 ずいぶん早いなあ。始業時間までまだあと一時間はあるよ。この洗濯物たちの事が気にかかって早起きしたんだろうけど。


「おはよー、ケノウ。無断欠席しちゃってごめんなさい」


 不可抗力とはいえ、十日も職場放棄をしていたのだ。

 その間、ケノウたちがどれだけ大変だったのか、目の前の洗濯物たちから簡単に察することができる。あたしは、ぺこり、と頭を下げて謝った。

 すると、いきなりびっくりするくらいの力で思い切り抱きしめられた。


 ケノウ、いつ瞬間移動なんて覚えたの?!


 実際は、驚くような速さで、部屋を移動しただけだけど。


「ケノウ?」


 あたしを抱きしめるケノウの腕が少し震えていた。顔を上げれば、大きな真っ赤な瞳が潤んでいる。


「よかった……。シャラがあんたが大公閣下に連れて行かれたなんて言うから、どうなったのかと心配したのよ。元気そうね」


 そう言えば、あたしが連れ去られる寸前までシャラと一緒にいたんだっけ。彼女は大公閣下の魔力に当てられて気絶しちゃってたけど。

 ケノウの様子から、シャラが元気であることは察せられた。よかった。


「うん。心配かけてごめんね。幸い死ぬような目には合わなかったよ」


 退屈で死にそうにはなったけど。

 第一公女様のお見舞いなんて受けて、心臓止まりそうなほど緊張したけど。

 メイドさんにお世話されて、非常に居心地悪い思いしたけど。

 まあ、元気であることに変わりない。


「ユウノ?本当に大丈夫?」

「ああ。うん。それより、すごいことになっちゃったねえ」


 ぐるり、と床を埋め尽くす洗濯物を見たあたしに、ケノウはまあね、と苦笑した。


「あんたのありがたみをつくづく感じた十日間だったわ」

「誰か回してもらえなかったの?」

「どこも人手不足で、洗濯になんて回している人手はないそうよ」


 吐き捨てるような言い方はケノウに似合わない。それくらい憤りが溜まっているってことなんだろう。

 にしても、洗濯だって大切な仕事なのに。自分たちのメイド服だってこっちに回してるくせに、よく言うなあ。

 メイド長ってば、現状に目を向けてないな。一回この場所見に来ればいいんだ。

 現場を見れば、ここの深刻な人手不足なんて一発で分かるのに。

 回せるメイドがいないなら、新しく雇えばいいと思うんだよね。

 メイド長の立場なら、魔人のだれかに頼んでキンドレイドを作ってもらうこともできると思うし。


「着るもの無くなってもいいのかなあ」

「そうなる前にみんな適当に買ってくるでしょ。あたしたちに嫌味を言いに来る方が先でしょうけど。でもユウノが復帰してくれたなら、何とかなりそうな気がしてきたわ」

「期待に応えられるように頑張るね。流石に今日中にって言われたら自信はないけど」

「そんな無茶振りわしないわよ。じゃあ、それもらっていくわね」


 ケノウが洗い終わった洗濯物を入れた籠を二つ、持ち上げた。

 ケノウが起きたなら、この回は干し場に回そう。状況見ながら乾燥機は使って行けばいい。


「よろしく~。シャラたちは上に直行?」

「そう。入り口に夕べの洗濯物置いてあるわ」

「了解。まかせといて」


 軽く請け負うと、ケノウは笑って洗濯場から出て行った。




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