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7.桐塚優乃は体調不良



 体が熱い。それで、痛い。骨や肉がバラバラになってる気がする。熱でも出したかなあ。この世界に来てから一度も体調崩したことがないから、すっごく久しぶりだ。しんどいなあ。

 喉がひりひりする。熱が出た時には水分補給が大事なのに。


「み、ず……」


 無意識に水分を求めたあたしのかさかさの唇に、冷たい布みたいものが当てられた。水分がたっぷり含まれたそれが欲しくて、あたしは口を開けて吸い付いた。

 ちゅうちゅう、と布に含まれる水分を必死で飲む。

 うう。おいしいよう。今なら泥水も飲めちゃう気がするから渇きって恐ろしい。

 ある程度水を吸い尽くすと、布が外された。


 ああ、まだ残ってるのに、もったいない。


 そう思っていたら、今度は細くて固いものが口の中に入れられた。先に穴が開いている。何だろう、と思っていたら、液体の状態で水が流し込まれてきた。

 どうやら口に当てられたのは、水差しだったらしい。


 おおおおおお。天からの恵みだああああ。


 少しずつ注がれる水をあたしは夢中で飲んだ。

 とにかく喉が渇いていた。こんなちまちまと飲まず、桶一杯の水をがぶ飲みしたい。

 そんなことを思っている間に、水差しの中身が無くなった。飲み口が外される。

 そこであたしはようやくうっすらと目を開けた。

 ぼやけた視界にまず入ってきたのは、クリーム色の布の天井だった。

 あれって、いわゆる天蓋ってやつじゃないかな。お姫様やお貴族様が使うような憧れのなんちゃらってやつ。

 この世界にもあるんだああ。というか、妙に地球の文化に通じるところあるよね、アーバンクルって。

 戸惑いが少なくなって、助かるから構わないんだけどさ。


「気づかれましたか?」


 柔らかな女性の声が右の方から聞こえた。

 誰だろう、と重い頭を動かすと、メイド服を着た女の子がいた。

 姿はヒト型。もっさもさの先の尖った大きなウサ耳に、ウサギの顔。目はあのつぶらな赤い瞳。ちょっと幼い顔立ちをしているけど、かわいい。青緑色の髪をポニーテールにしてる。人間の耳がある場所はつるん、としていて何もない。首から下はちょっと長めの青緑の毛がふさふさとしている。服の下までは見えないから、そっちは想像だけど。顔に似合わず、胸はおっきい。いわゆるロリ系。確かウ族っていうんだったかな。顔立ちが幼いのは種族的特徴だって、聞いたことがある。

  薄紫のメイド服を着ているってことは、たぶん上級メイドの一人。それも、メイドの最高位侍女メイドなんじゃないかな。下っ端のあたしとは天と地の差があるような場所で働いているんだよね。

 メイドにもランクがあって、あたしはその中でも下の方。その証が灰色のメイド服。メイドはそのくらいに合わせて、服の色が違うんだ。


 文句はないけど。


 だって、一日中洗濯していれば、変に目をつけられることを偉い人たちにおべっかを使う必要もないんだもん。洗濯メイドはあたしも含めて五人とも現状に満足している。おかげで連係プレーが素晴らしくて、毎日時間内に仕事が終わるんだよね。


「姫様、ご気分はいかがですか?」


 メイドさんが心配そうな声であたしに聞いた。


 待った。姫様って何?


「失礼いたします」


 目を白黒させて、答えないあたしに焦れたのか、メイドさんがそっとあたしの額に触れた。まるで壊れ物を扱うような仕草だった。ものすごく変な気分だ。


「まだ少しお熱が残っておられますね。食欲はございますか?」

「あ、ちょっとは」


 これには、反射的に答えが口から飛び出した。

 たくさん食べたいわけじゃないけど、お腹はすいている。それに、病気を治すには食べなきゃね。

 あたしの答えに、メイドさんはほっとしたように笑みを浮かべると少々お待ちください、と言って離れて行った。 

 さて。さっぱり状況がつかめない。

 なんであたしはこんな豪華なベッドに寝かされているんだろう。

 さっきの上級メイドさんだって使わないようなベッド。そんなところに寝転んでいる理由がさっぱり思い浮かばない。


 う~ん。


 とりあえず、熱を出す前の記憶を辿ろう。

 いつも通り洗濯をして、ちょっと早めに仕事のめどがついたんだよね。それで、シャラとケノウと休憩してた。

 そうしたら、いきなり現れた漆黒の超イケメン魔人に変態行為を強要されたんだよね。

 その後の記憶がさっぱりない。

 多分、気絶したんだろうけど。それで許容量越えて知恵熱でも出したかなあ。

 それにしたって、あたしが置かれている状況のヒントにはならない。

 明らかに上級クラスの存在が使うような部屋。天蓋付きベッドはスプリングが効いていて寝心地は抜群。使われている布団も羽みたいに軽いのに、すごくあったかい。ちら、と見たけど、部屋もなんか馬鹿みたいに広い。これ、あたしたちが使っている下っ端メイドの六人部屋と大して変わらない面積なんじゃないの。そこにどかん、とベッドが一つとクローゼットが一つ、それに鏡台があるだけなんだよ。

 すっごく場違いだよ。なんでこんなところにいるのかわかんないけど、さっさと出て行った方が精神衛生上よさそうな気がする。


「よ、と」


 ふらふらする体を無理矢理起こして、何とかベッドから降りた。ねえ。ベッドから降りるのにどうして這って行かなきゃならないわけ。何人寝れるの、このベッド。

 幸い降りた場所にスリッパみたいな履物があった。あたしの仕事靴と仕事着はどこ行っちゃったのかなあ。

 一応替えはあるけど、無くなっちゃったりしたら足りなくなる。請求すれば都合つけてくれるかな。無理なら自腹切って買うしかない。

 ここちゃんとお給料は出るから助かる。眷属になっても、道具扱いってわけじゃあないみたい。変則的雇用関係ってあたしは思ってる。


「このパジャマ、っていうかネグリジェは洗って返せばいいか」


 肌触りが最高としか言えないネグリジェの裾をつまんで、そう結論付ける。どうせ脱いでいったって洗うのはあたしだからね。

 シルクみたいな光沢を放った白い生地に、襟や裾、袖口に薄いピンクの太い縁取りがされている。同じような線が胸から二股に分かれてベルトみたいに腰を一周している。

 シンプルだけど可愛い。ちょっと欲しいかも、って邪な思いが頭の隅を横切った。

 パクったのがばれたら殺される可能性大なので、やらないけどさ。

 ふらふら~っと幽霊みたいにおぼつかない足取りで何とか扉までついた。やっぱり豪華な扉。金色のとっては指の形に合わせているのに、あからさまじゃないデザインで逆におしゃれだった。


 弱った体には重い扉をよっこいしょ、と年より臭く開けた先には。


 今までいた部屋より更に広い部屋があった。ソファにテーブル。本棚、箪笥。その他もろもろ。床にはふかふかの絨毯が敷かれている。色が赤とかじゃなく、目に優しいクリーム色なのが救いかも。

 お姫様の部屋だよ。決まりだよ。なんであたしこんな場所にいるんだろ。本気でわけわかんないなー。

 軽い眩暈を覚えつつ、外へと続く扉を見つけてそっちに向けて歩き出した。そのとき、蝶番が開く音がして、中にさっきのウ族のメイドさんが入ってきた。

 何かおいしそうな香りを放つ料理を乗せたお盆を持っている。そう言えば、ご飯を持ってきてくれるようなこと言ってたな、と思い出した。

 ウ族のメイドさんは、ぼうっとしているあたしを見て、小さな目を驚きで見開いた。


「まだお休みになられないといけません!」


 びっくりするくらい大きな声で言うと、メイドさんはお盆をテーブルに置いてあたしの方に敏捷な動きで跳んできた。うん。ウサギと同じだ。


「ええええええ、と。なんかよくわからないんですけど、あたしそろそろ仕事に行かないとなんで」

「仕事?なりません。今はお体を回復させることが先です」


 そう言って、メイドさんはぐいぐいとあたしの背中を押して寝室に入れると、びっくりするくらいの手際の良さでベッドに戻した。うーん。おかしいぞ。


「お熱が完全に下がるまで、窮屈でしょうがベッドから出られませんよう」

「いや。もう、大丈夫なので仕事行きたいんですけど。みんなにも迷惑かけちゃうし、洗濯物溜まってるだろうし」

「洗濯?そのようなことをされる必要はありません。姫様はこちらでご養生なさってください」

「あの、その姫様ってなんですか?あたし単なる下っ端の洗濯メイドなんですけど」


 さっきから妙にあたしを丁寧に扱うメイドさんに、首をかしげて聞いた。明らかにおかしいでしょ。上級メイドが格下のメイドの面倒を見るなんて。

 メイドさんはちょっと困ったような顔をした。


「姫様は姫様です。大公閣下の十三番目のお子様。第八公女様ですわ」


 爆弾も爆弾。核爆弾並みの威力のある言葉が、メイドさんの口から落とされた。





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