リマン君と私
⁂リマン君との出会い⁂
「ねぇ、ここいいかな?」
大学3年の秋。
自動車学校に免許を取るために、友人達とつるんで来たわけじゃない一人でいた私は、見知らぬ男子にいきなり声を掛けられて正直戸惑った。
次の教習待ち。
長い椅子が並んでいる待合い所。
誰が座ったっていいのに、この人なんで、わざわざ聞いて来たんだろうと思いながら、こう言った。
「どうぞ」
「あのさ、僕、〇〇 〇〇って言うんだけど、君は?」
「え?」
「ほら、また会うかもしれないし」
「はあ……」
正直、ここは大学からの帰り道に立ち寄れる教習所だから選んだだけで、ここが某有名私立大学の近くで、ほぼ、そこの子女が通ってるなんて後から知ったこと。
ここで彼氏をあわよくばゲットしようなんて微塵も考えていなかったし、(嘘です考えてました……)知り合い同士が多いらしく、グループで固まっていて話しかけられたこともない。
多分、この人も他大学なのかもと思っていたら案の定、
「大学からの帰り道で通い始めたんだけど、なんか雰囲気違うよね」
「もしかして違う大学ですか?」
「うん、〇〇学院大の社会学科の2年」
「はぁ、そうなんですね」
私はその大学にちょっとした恨みがあった。
私の母は私にはお金をかけてくれない人で、頭がいいと言われ続けていた姉は当初、都内と県内の国公立大学の理系を狙っていて全滅。
しかしながら一浪までさせて、結果、某マンモス私立大学の理系に行くことになった。
当然のことながら私立理系は学費がかかる。
私は、文系を受験することになり大学の受験料さえケチられて本命と滑り止め、絶対受かると言われた2校しか受けさせてもらえなかった。
その時「女の子だから、そのくらいの大学でいいのよ」と賭けもしてもらえなかった本命が〇〇学院だった。
何故落ちたかの理由はトラウマになるほど忘れられない。
世界史のテスト。
参考書自体買って貰ったことがない私は、友達がくれた参考書のおマケのミニ歴史出る出る辞典のようなものを、最初からと終わりからと見直して、テスト時間が来た時、「無敵艦隊」のページだけ「まあ、いいか」と飛ばしてしまったのだ。
そこがピンポイントで出題された。
既に、その時飛ばしたことでパニックになり、エリザベス女王くらいしか思い出せなかった。
他の教科は満点の自信があった。
それでも歴史が半分も出来てなかったら当然落ちるだろう。
当時の担任も友達にも、すごくびっくりされたのを覚えている。
そんなことを知らない彼はまた話しかけてくる。
「ねえ、名前くらい教えて。どこ大?何学部?」
「法学部の3年です」
「お名前は?」
「〇〇ゆづ、と言います」
「ゆづちゃんだね。宜しくね」
「はあ」
「僕のことは出来たら”リマン”って呼んでくれない?」
どうやら下の名前を読み変えして、そう呼ばせたいらしい。
何故か英語がベラベラの彼は、将来アメリカにはまだ古紙回収業者がいないから、それやって一山当てようと思って英会話を自己流で頑張っている最中らしい。
その後、他にもその某有名私立大の人からも声は掛けられるも、同じ大学じゃないと分かっただけで、次回はなかった。
が、〇〇君は時間を合わせて来てるのか?と言うくらい、教習時間が重なることが多く、そのうち普通に話をするようになってしまった。
でも苗字でしか呼んだことはなかった。
⁂免許を取って⁂
私は全くのペーパードライバーで、運転に目覚めたのは、就職してやりきれない気持ちの時に、湘南の海まで行って帰ることが楽しみなった頃のこと。
まだ、その当時は、父親か彼氏に乗せてもらうのが当たり前だった。
実家は相変わらず姉中心の家計の為、私は学費以外は出してもらえず、教材費・交通費・昼食代は自分のバイト代から捻出していた。
だから、免許を取るのも遅い方になってしまったのだ。
大体の男子は18歳で免許を取ったら、親のちょっとお高そうな車を乗り回している子が多かったなか、〇〇君は「どうしても欲しかったんだ」と中古のフォルクスワーゲンの水色のビートルを自分でバイトで貯めてたお金で買ったらしい。
「でね、ゆづちゃんドライブデートしない?」
「え?」
別にカレカノになったわけでもない人の車に乗るのは、相手に勘違いもされたことが合って怖い目に遭いそうな経験があったので、
「いや、いいかな」
「なんで?僕の運転じゃ怖い?」
確かに、よく喋るし集中してるのか心配だし、運転中がどんなだかは知らないけど、怖い。
「あのさ、じゃ、普通にデートしよ」
「え?」
「僕、ゆづちゃんが好きだ」
「は?」
「つき合って!」
年は1個上だったけど、学年は1個下。
本当は、他大学に当初スポーツ推薦で入学が決まっていたらしい。
ところが運悪く、目にたまたま塗料が入って視力が落ち、スポーツが続けられなくなり闘病生活の後、自力で今の大学に入学したと言っていた。
「えっと……ちょっと」
顔はそこそこ可愛いし、髪の毛はサラサラだし、背も高く178センチあるというし、前から見たところでは肩幅もあるし、スタイルもいいし、おしゃれだった。ブルックスブラザーズのクルーネックのセーターの良さを教えてくれたのは彼だ。
アメフトでスポーツ推薦を貰ったくらいなんだから、きっと身体能力も高いのだろう。その記念となるべきアメフトのユニフォームは、無理やり貰わされ何故か捨てられず、まだ我が家のロフトにある……。
アメフトをやってる人は皆こうなっちゃうんだ、みたいなこと言ってたけど、お尻の後ろにクッションみたいなものを入れて防御するそうで、お尻の形が悪い。ジーパンが似合ってない。これはマイナスポイントだよね。
それでも、定期的に家電がかかって来たり、デートじゃなくてもご飯食べようと誘ってくれたり、悪い気はしない。
東京ディズニーランド(TDR)が4月に開業し、当時同じ大学の千葉県民だった友人にP.Dに連れて行って貰って以来、行ってなかった私はどうしてもクリスマスにTDRに行きたかった。
バイト先で知り合った別の大学の男子学生からも、一緒に行こうと誘われていたが、連絡もつかず忘れられたんだろうと思った私は、〇〇君と行ってみることにした。
これがまさかの最初のドライブデートだ。
それでも免許を取ってから数か月後、多分運転も慣れて来てるはず。
「この車さ、暖房が聞きにくいんだよね。でも、ゆづちゃん側だけには暖気が行くように僕が調整したからね」
お陰で寒くはなかったし、思いの外、運転も上手でだったけど途中で車が壊れたりしないかの方が心配だった。
⁂TDR⁂
12月とは言え、お天気が良かったせいか楽しい気分になる。
空の色が違って見えるのは何故だろう……なんて思ってみたり。
まだカレカノじゃない私達。
園内地図を見ながら、何から乗ろうか?の相談から始める。
「スペースマウンテンに乗りたい」
というのも前回行ったのは、実はP.D。
せっかく行くことができたのに、たまたま乗り合わせた組み合わせが悪かったので楽しむことができなかった思い出があったからだ。
そのP.D当日、運よく私と高校時代の友人一人は無料で、まだ開園前のTDRに行けることが嬉しくて嬉しくて楽しもう!って気になっていたわけで、でも、それにはもれなく誘ってくれた子も一緒だった。
千葉県在住でTDRでバイトをしていたからこそP.Dに誘ってくれた子は実は男子。彼女なし。
5人くらいのグループでいつも行動していたけど、その中では一番まともそうな男子だった。でも、別に私のことをどうこう思っていた訳ではないと思う。同級生の間では、何故かそのグループを”ゆづちゃんズ”と呼ぶ人たちがいた。
そしてもう一人帰る方向が同じなので、よく出会ってしまう男子が一緒に来ることになっていて、その子は多分私のことが好きで、当時、よく流行の楽曲のカセットテープを編集してくれては「これあげる、聞いてみて」と言ってくれた子だった。(でも喋り方が苦手だった)
計4名行動。
きっちり女子が前二人で、後ろから男子がついてくる、高校生のグループ交際みたいな雰囲気。
そして連れて来てくれたのに、仕切っていたのは誘ってくれた男子とは全く面識もなかった私の友人だった。
一つだけ、誘ってくれた男子から意外なお願いが……私の元カレが今日はバイトでカヌーを漕いでるから会いに行ってやってくれないか?と。
いやいやながらだったけど会って、「バイト頑張ってね」みたいな話だけした……彼はまだその時は私に未練があったみたい。
スペースマウンテンを楽しめなかった話に戻そう。
スペースマウンテンは、横2人の縦3列で一個のカートで、二両連結。
前で待っているのは、少しご年配のご夫婦連れ。
奥さんの方が明らかに不得意なのか不安そうに「大丈夫かしら」を連発していた。
当時はまだまだ若く怖いものなしだった私達は、誰もまだ知らないジェットコースターに乗れるという楽しみしかなかったのだが……
カートに乗り込む段、一番前の列にその夫婦連れと私達4人は一緒にカートに同乗することになったが、真ん中に女子二人、後部座席に男子二人に分かれて座って動き出すのを今か今かと待っていた。
まだ試乗点検もかねての運営につき、ラップバーも掛けられていない時、急に前の席の奥さんは振り向いて私の友人に言った。
「あの、席変わって頂けませんか?」
友人は大のジェットコースター好き。一にも二もなく即答した。
「いいですよ!!」
「すみません」
え?旦那さんはそのまま?
奥さんと友人が入れ替わっただけで、私の隣に奥さんが座ると、いきなり左腕に両手で掴まって来た。
「私、こういうの苦手で……こうしてていいですか?」
「はあ、いいですよ」
まずはその会話だけで、このカート内では爆笑が起きた。
何だか私だって勢いで乗ったけど、そんな得意なわけじゃない。
だから、そのままその気持ちを奥さんに伝えた。
「私も得意な方じゃないんですけど、大丈夫ですよ……(たぶん)」
「有難うございます」
ようやくその時、ラップバーの点検も終わりカートが動き出した。
さて皆さんはスペースマウンテンに乗ったことはおありでしょうか?
それはそれは宇宙の暗闇を星のきらめきが美しい光景が楽しめる世界観だったはず。
最初はキラキラした光の中に向かって、トコトコとカートが上る。
その時は奥さんからは、
「わあ、キレイ」
と言った余裕な発言も出て、ちょっと安心した私。
そして頂上まで来た時、大きなスロープをゆったりと回り
「これなら私でもだいじょう……ぶ!!」
奥さんの最後の「ぶ」がぶっ飛んだ瞬間に急降下したのだ。
「キャッ~~~~~~~!!!」
奥さん私の腕にますます力を込めて掴む。
「大丈夫ですよ~すぐ終わりますから」
訳の分からない慰めの言葉を繰り返す私。
その後、何を思ったのか奥さんは大声で叫び出した。
「神様!!仏様!!キリスト様!!マリア様!!」
それを何度も繰り返す。
前の席から下を向いたままのご亭主が聞く。
「大丈夫か~お前、大丈夫か?」
その間もずっと何か叫んでる。
叫ぶたびに場内のあちこちで大爆笑の渦が起きる。
私はその奥さんをどうにか宥めてあげようと必死なのに、前の席の友人も後ろ席の男子も大爆笑だった。
まだ続くのかと思われる時、急に奥さんはため息をついて静かになってしまった。これって緊急事態なんじゃ?と思った時にカートは下車ゲートに辿り着いた。
係員が駆けつけてきた。
どうやら奥さんは腰が抜けて立てなくなったらしい。
ご亭主も降りられないらしく座ったままだった。
申し訳ないけど、前を通らせてもらってカートから降りた。
ご亭主に言いたい。自分と自分の奥さんの面倒くらい自分で見ろ!!!
前置きが長くなったが、ようやく〇〇君とスペースマウンテンの搭乗者列に並ぶも、私のことが好きだから、不得意でも乗ると言った〇〇君。
列が進むごとに、ブツブツ何か弱音を吐いてる。
「私一人で乗るから、待っててよ」
「いや、だめだよ。女の子が一人で乗るなんて」
あぁ、面倒くさい。
もしや、あれの再来では……あの奥さんのことが蘇った。
案の定、まあ場内では普通に「ギャアアア~~~~!」くらいだったが、〇〇君はカートから降りた後、30センチ近く小さい私の肩に完全にもたれかかり、真っすぐ歩けず、ふらふらになって外に出たところのベンチから、しばらく動けなかった。
もうトラウマなのか、ピーターパンや白雪姫……子供向けのアトラクションですら乗りも怖いという感じになったのに、何故か夕暮れ時、スタージェットに乗りたがった。
「高いところは大丈夫なんだ」
「へえ、そうなんだ」
答えは乗る時気づいた。
このアトラクションは前後二人乗り。
だいたい女子が前、後ろに男子が乗り、その脚の間に前の人が座る感じなっている。
知ってたな、こいつ……。
〇〇君はニコニコしながら、
「じゃ、ゆづちゃんは前ね」
「え、あ、うん」
12月の空は寒かった。
後ろから私のことを抱きかかえるように腕を回し、長い脚を密着させる〇〇君。
「そんなくっつかないで、リマン君!!」
「え?ゆづちゃん、今なんて言ったの?名前で呼んでくれた?」
「……ギュってしないで」
「え?なに?聞こえない」
この嘘つき……ますますくっついてくる。
もう面倒くさいから、逆に頭で思いっきり寄りかかってみた。
いわゆる頭突きだ。
それでもリマン君は私の髪に顔埋めながら
「ゆづちゃん、好き」
と何回も繰り返し囁き続けられた。
⁂私ってサド?⁂
そんなことがあってから、なんとなく私達は付き合うことになった。
全く男子として見てなかった私は、リマン君に対して警戒心がなかったので、〇軒茶屋にある、自宅にはよく遊びに行った。
ある時、駅まで自転車で迎えに来てくれたリマン君。
でもハンドルがぐらぐらして後ろに私を乗せることが出来なかった。
「ゆづちゃんが乗って行っていいよ。僕走って追いかけるから」
「ふうん、分かった」
まあ、リマン君が二人乗りが出来ないんだから仕方ないよね。
最初は、ジョギングみたいなリマン君のペースで走ってたけど、徐々にペースを上げて全力疾走して、追いつかれると、また走るを繰り返した。
そして先にリマン君家に着く。
後から、ハアハア言いいながら走って来たリマン君は
「もう、ゆづちゃん速すぎ……」
と言いながら駐車場のゲートを開けて自転車を中に入れた。
家の人はいるけど、リマン君の部屋は外階段から入れるから、いつも挨拶なしでいいと言われる。
それでも母屋からも入れるので、たまにお母さんが飲み物とか持って来てくれたりする、その時は一応、私も挨拶する。
「すみません、お邪魔してます」
と声を掛けても、リマン君が、「もう早く行って」と追い出してしまうので話らしい話もしたことがなかった。
部屋に行くと斜め横にアパートが建っていて、そこもリマン君のお父さんの持ち物らしい。
そのアパートのとある部屋の窓を指さし
「あの部屋のやつがさ、昼間っからヤッてんだよ。しかも窓開けたままするんだぜ」
「え?まさかそれ見てるの?」
「だって窓開けたままなんだよ」
「でも、見るのは変だよ」
リマン君はたまにこんな感じの話を始める。
昔、幼稚園くらいの頃、ご両親のそういうところに、夜中トイレに目が覚めてしまって遭遇した時、わざと寝ぼけてあげたんだという話も聞かされた。
可哀そうにトラウマか?
それとも私を煽ってるつもりか?
遊びに行って何回目かの時から急にそんな話を始めたから、警戒心は必要かもと思うようになって
「そういえばサーフボードがあったよね」
駐車場の横の建屋に括り付けてあったのを見かけたの思い出して、話題を変えてみる。
そういえば酸素ボンベも部屋に置いてあった。
どうやら海好きのリマン君はウインドサーフィンとスキューバダイビングをやるらしい。来年の夏にはウインドは教えてくれることになったけど、スキューバは海の中は季節が二か月遅れだから秋になる頃にね、と言ってくれた。
ところがホントのクリスマスが来る頃、リマン君は酸素が残っていたボンベを売ってしまった。
バイトで貯めたお金は車を買ってしまったし、バイトするより、ゆづちゃんといたいみたいなことを平気でいうヤツだから、理由は聞かなったけど、お小遣いでも足りなくなったんだろうとしか思ってなかった。
ところがクリスマスデートの時、喫茶店でリマン君から差し出されたリボンのついた箱。
「え?何?」
「クリスマスプレゼント」
「え?クリスマスプレゼント?私は何も用意してないんだけど」
「いいのいいの、僕があげたいだけだから」
箱の中身は、指輪だった。
繊細な造りの花とその枝と葉で表現された、金とプラチナとダイヤの競演。
『うわっ、めっちゃ苦手なデザイン……絶対、セーターとか引っかかるし、花とれちゃうかも』
「私がお転婆だって知ってるよね?」
「え?」
「こんな繊細なの無理だよ。つけられない。すぐに壊しちゃう」
「絶対ゆづちゃんに似合うと思ったから、だから壊してもいいからつけて」
恐る恐る右手の薬指に入れようとすると
「違うよ。こっち」
と言われ取り上げられ左手の薬指に入れられた。
「ほら、すごく似合ってる」
「……うん……」
まあ、指に入ってしまったら何だか可愛い気もしてきた。
結果、お礼も言わずに文句を言う私のために、リマン君はボンベを売ったことになった。
でそ来年のスキューバはお預け確定になった。
⁂リマン君とのデート⁂
映画を観に行った。
題名も覚えてないけど、その映画を観た後から、もう絶対コイツとは映画に行かないと心に決めた。
それは……
「ねえ、映画見ないの?」
「うん」
私はスクリーンを観ているのに、リマン君は私を横から抱きしめて、私を見てる。
ずっと髪を撫でたり、耳を触ったり、ちょっと耳たぶを噛んでみたり……よく分からないことをしてる。
映画自体も話を覚えてないほどだから、つまらなかったとは思うも、集中できない事この上ない。
上映の間の2時間近く、ずっとそんな状態。
その後で聞いた話では
「僕さ、子供の頃大好きなクマのぬいぐるみがいてさ。その子の耳、毎日寝る時に、しゃぶってたら、そのうち耳なくなっちゃって……ゆづちゃんの耳好き……前からもいいけど、横から見た時の鼻の形も好き」
やばいヤツだ。
私の耳もいつかなくなるかもという恐怖心が芽生えた。
リマン君との思い出は本当尽きないが、一緒に食事するのが嫌だった。
ファミレスは便利で安いから、よく行ってた頃、必ず、食べ終わると、ナフキンで食べ終わった後のお皿の汚れを拭くのだ。
小学生の頃、給食の食器を洗いやすくするために、一時期、食べ終えた後のお皿をテッシュで拭かされたことはあったけれど、そんなところで、そんなことをする人を見たのは初めてだったので驚きを隠せなかった。
「それさ、私と一緒の時だけでいいから止めて欲しいんだけど」
「でもさ、これおばあちゃんから、片付ける人の手間を考えなさいって言われてやり始めたことだから、今更やめられなんだ」
こんな人いる?今まで、気遣いのできる人は付き合った中にもいたけど、そんなことまで、堂々と、何枚かあるお皿に残るケチャップとかを丁寧にナフキンで拭き上げたのは後にも先にもリマン君だけ。
本当、部屋とかは片付いてないのに、無駄に神経質なヤツ。
ある時、ドライブデートで某サファリパークに行くことになった。
自衛隊の演習場を通り抜けるような道を走る。
前に迷彩服を着こんだ自衛隊員の人たちが乗り込んだ幌付きトラックが走っていた。
そういう時、絶対、訳の分かないヤキモチを言い出す。
「前のヤツ、ずっと、ゆづちゃんのこと見てくる」
「え?そんなことないと思うけど」
「いや、見てる」
私はまた始まったと思うだけ。
サファリパークの園内を車でそのまま走らせて、動物を見るというコースの最中、ライオン達に突然、リマン君の大事なビートルが襲われて、上に乗られるわ、フロントガラスにオッシコをひっかけられるわ、で大変な目に遭った。
エリアが変わるゲート外で誘導されてバックヤードに入るとホースの水で洗って貰えた。
変なことばかり言うから、こういう目に遭うんだよな~と思って私は笑っちゃったけど、後でバンパーに噛み跡がついてて、二人でビビった。
またある時、休日の幹線道路。
高速道路に入りたい車と、真っすぐ行きたい車が信号で待たされて、かなりのノロノロ運転だった時、
「進まないね~」
「そうだね」
私は運転してないから、ずっとリマン君の方を見てなかった。
よそ見運転で私の方ばかり見てるからだ。
その時、コツンと何か前の方で音がした。
「わ~~~~~!」
案の定、私の方を見ていたリマン君は前の車に追突してしまったのだ。
ただ、全くスピードが出ていなかったから車同士が接触した程度だった。
でもまあリマン君は、進まないのをいいことに、横にずれもせず、慌てて前の車に駆けて行った。
しばらくして戻ってくると、「保険で何とかなるから大丈夫」と言ってはいたが、前の車は後部のバンパーに二本筋が入った程度で、むしろ、ぶつけた相手から「君、大丈夫?」と心配されたと言う。
「で、悪いんだけど、ゆづちゃん電車で帰ってくれる?おれ、ちょっとショックでもう真っすぐ家に帰りたいから」
とその場で降ろされた。
何処なのここ?これからどこかに行こうって時に一人で帰れって?とは思ったけど、答えは、ビートルちゃんのボンネットがこれでもかというくらいに、凹んでいたこと。
まあ、落ち込むよね……仕方なく、自分で駅を探して歩いて帰った。
その後、すぐに代車を借りたリマン君は懲りずにまたドライブに誘って来た。
起き上がりこぼしみたいな人だった。
⁂キスの話⁂
東京に住んでるのに、いつも横浜のはずれの方の私の家の近くまで車じゃなくて歩きのデートの帰りも送ってくれた。
人通りのないバス停からの帰り道がどうしても心配だからという理由。
これだけは、歴代彼氏の中で1番優しい人だったのは間違いない。
だけど、ちょっと馬鹿なんだよね。
本当に夜空の星が綺麗だと思って
「星が綺麗だね」
なんて言おうもんなら
「女の子がそう言う時ってキスして欲しいって言う事なんだってね」
とか言う。
あほか。それならしろよ!
しないくせにって思うときもあったのに。
リマン君との初めてのキスは?
いつだったんだろう?
ドキドキしなかったのか思い出せない。
キスも普通に帰り間際や、彼の部屋でするようになった頃、事件が起きた。
「あ……」
「え?」
何だか濃厚なキスをされたとは思ったけど、まさかこんなことが起きていたとは……唇の真横に、赤を通り越した真っ青なキスマークが……。
「これ、どうすればいいの?こんなになるって何?」
理由は分からないけど、殴られたみたいな跡が残った。
自宅に戻った時、変な言い訳しか考えられなくて、「電信柱にぶつかった」ことにした。
⁂キスの続き?⁂
ある日、何を考えたんだか行先の決めていないドライブに出かけた。
「どこ行くの?」
「決めてないんだ」
「ふうん」
何だか山の奥に入って行く。
変な雰囲気が漂って来た。
まさか……。
林道の途中で急に車を止める。
当時、あまり、執着心が強くてヤキモチをすぐ妬かれるから、B(胸までの接触)までは許してた私。
ただ、C(SEX)は結婚しないと嫌と拒絶していた。
「ゆづちゃん」
また始まった……思いながらも、車でこんなことは初めてだったが、背もたれを倒されても、繰り返されるキスと、ブラから胸を出されても抵抗しなかった。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してる」
何回も言う。
ちょっと下の方にも手が……抵抗しようとした時、リマン君が覆いかぶさって来て、
「もう我慢できない!!」
と言いながら激しく唇を求めてきた時だった。
車がゆっくり下降し始めたのだ。
どうやら、リマン君の身体がサイドブレーキを下げてしまったらしい。
「わー!」
かなり慌てているリマン君をよそ目に私はサイドブレーキを引いた。
「止まった」
当たり前だよ、ブレーキ掛けたんだから。
そして周りを見回したところ、そのすぐ先がまた違う林道になってることに気づく。
「もう今日はだめだ……帰ろうか」
「うん」
林道に軌道修正すると、本当にそのまま帰るという、何だか分からないデートになった。
⁂ワンコ事件⁂
その後も未遂ばかり続いた、そんなある日。
うちのワンコが仔犬を4匹生んだ。
当然、リマン君に声を掛ける。
「うーん」
何だか歯切れの悪い感じ。
「友達に声掛けてみる」
え?彼女の家のワンコなのに、貰ってくれないの?
そんなことってある?
近所の人が一匹貰ってくれて残り3匹。
リマン君の友達が真っ白な仔犬ならと、真っ白な子を引き取ってくれた。
でもリマン君は残りの茶色と真っ黒で胸だけ白い仔犬に関心がなかった。
リマン君はこの仔犬たちの行く末を心配もしてくれなかった。
なのに、血統書付きのシェルティーのブリーダーをしている人が母の知り合いでいて、この度ブリーダーをやめるからと、お宅で飼わないと一匹預かることになった。
その話にはリマン君は食いつて来たのだ。
「飼いたい飼いたい」
血統書付きなら欲しいんだね。
内心がっかりした。
その子は避妊前のまだ仔犬の女の子。
うちで預かっている間は私が面倒をみたせいか、リマン君に引き取られて行く時、その子はキャンキャン鳴きながら私とお別れしたのに、次の週、リマン君の部屋をいつもの通り尋ねると、ワンコが一匹でお留守番をしていた。
「お留守番?えらいね」
声を掛けたけど、ホントに一週間前までと様子が違う。
アンタ誰?って感じ。
頭を撫ででも、気がそぞろだ。
そこにリマン君が帰って来た。
「お待たせ」
どうやらワンコのオヤツを買いに行ってたらしい。
ワンコはリマン君が帰ってきたら嬉しそうに大騒ぎだ。
「ゆづちゃん、来てたんだ」
「うん、様子が気になって」
なんだかんだで、付き合いが一番長かったリマン君。
私はワンコを迎える前に大学を卒業し会社員になっていた。
ワンコの名前も覚えてないけど、とりあえずマリーとでも呼んでおこう。
「マリーちゃん、お待たせしまちたぁ~」
人間が食べる魚肉ソーセージを口にくわえて、まるで口移しの様にマリーに食べさせている。
何だか、むかついた。
私の事をほったらかしで、マリーマリーとメロメロのリマン君。
「帰る」
「え?何で?ちょっと待ってて送るから……でもマリーが淋しがるからな」
は?なにそれ?一週間ぶりに会った彼女の言う言葉?
謝恩会の送迎をしてくれたリマン君は、私の着物姿を見て「脱がせてみたい」なんて言いながら車の中で裾から手を入れようとしたくせに!!!
「じゃ」
と言って外に出た私をリマン君は追いかけてこなかった。
⁂もう嫌だ⁂
電話で久しぶりに会おうと言われて、仕事帰り、横浜駅で車で拾ってもらって家までの帰り道の途中にあるファミレスで夕飯を食べることになった。
そこでの会話にまた頭にきた私。
「バイトもしてないし金欠なんだよなぁ……」
まあ、それは私はもう仕事をしてるし、ここのお代くらい払うよと伝えてみるも、ここからがリマン君のよく分からない嫌味ったらしい言動が始まるきっかけになった。
リマン君が頼んだご飯が運ばれてくると、ウェイトレスさんにわざわざ、
「今日、僕お金がなくて就職した彼女におごってもらうんです」
とか言う。
なんじゃ、そりゃ?わざわざ言うこと?
そんなこと言いわなきゃ分かんないし、プライドの高い男子と付き合ってた時には、何気なくオーダーシートの下にお金を忍ばせたことだってあるよ!!!
「どうしてそういう人の神経逆なですること言うの?」
「だって本当の事でしょ?だから、悪いからコーヒーも頼まなかったし」
「頼めばいいじゃん」
「だって悪いでしょ」
どういう思考回路?
男として不甲斐ないと思ってるんだったら、今日誘うなよ!金のある時に誘えばいいだろ?!
本当にむかついた。
そして、またあれが始まった。
お皿をナフキンで拭く。
「私も怒ってるって分からない?今日だけはそれをやめておこうとは思わないの?
「なんで?いつもやってた事は止められないよ」
「あっそ」
オーダーシートを手にすると会計に向かった私。
会計がしている最中に追いかけてくると、また、
「今日はお金がないから彼女におごってもらうんです」
と会計をしてくれた人にまで言った。
店を飛び出た私は、駐車場のリマン君の車ではなく道に向かって歩き始めた。
「ゆづちゃん、ごめん!!気触ったのなら謝るから」
「……」
何を今更、どんだけ私に対して失礼な態度取ったのか分からないの?と思いながらも、もう話す気力も失せてた。
私の事を追いかけた時にリマン君が履いてたビーサンが片方脱げて、私の前に跪いて、腰に腕を回して必死になって謝ってる姿を見たら何だか笑いそうになってる自分がいた。
でも、もう無理!と思っている自分もいた。
⁂エピローグ⁂
結局、その後、電話が何回もかかって来たけど一回も出なかった。
母は私が「殺されるかも」と本気で心配していたみたいだけど、あんな弱虫に殺される訳がないことは私が一番分かっていた。
そんなある日。
2年お付き合いして結婚を決めた彼が、うちの両親に挨拶に来た日、狙ったかのようにリマン君から電話があったと聞いて驚いた。
マリーが目が悪くなったらしく、それをブリーダーさんから遺伝性のものなのかとか聞いてないかという話だったらしい。
ブリーダーさんに電話しないところがリマン君らしい。
結果、そういうことは血統書の書き換えの金額だけで引き取っておいてなんだよって話で、まあ今まで目が悪い子はいなかったから後天的なものではないかという回答をするために、またかかって来た電話は私が対応することになった。
受話器を取ると、また例のブツブツ悪口が聞こえた。
しばらく聞いてみた懐かしい感じ。
「なんだよ、忙しいからって電話ぐらい出ったっていいだろ……ブツブツ」
「もしもし」
「あ、ゆづちゃん!」
電話に出た途端、態度が変わった。
変わってないね、リマン君。
「今本当にお客様が見えていて忙しいんです……」
と前置きをして、結果の話をしたら、
「そうですか。分かりました」
普通にお互い電話を切った。
そしてその時、来ていた彼と結婚した。
今まで付き合ってきた人とは違ってべたべたしないというのが決め手のはずだった。誠実なのか我儘なのか、いずれにしても昭和の男だった。
子供が生まれて変わるかと思うも自分のぺースを一切変えない人だった。
パパとママになったら途端にセックスレスになった。
どうして優しくしてくれない人と結婚したのだろう。
「有難う」も「ごめんなさい」照れくさいからと言えない人。
買い物に行った帰り道、両手に荷物を持っていても、持とうか?とも言わず、言えば持ったのにと言う人。
過去一冷たい人だった。
女として見てくれないことが辛すぎて離婚したいと話したこともあった。
その時、彼は「なんでかなぁ、俺はゆづのこと好きなのに」と言った。
好きなのに?……全く私を見てくれないのに?
愛してるでもなく、好きなのに?って別れない理由になるの?
しばらくして考えることをやめた。
リマン君、今だから言える。
私があなたと別れた本当の理由。
それはね、ワンコに嫉妬したからだよ。
私があなたの一番だったのに、その座をワンコにとられたからだよ。
過去一、優しい人だった。
アメリカに行って古紙回収業者になったのかな?
リマン君あの時は言えなかったけど
私がどんなにイジワルしても怒らない、そんなあなたが大好きだったよ。
今だからリマン君に読んで欲しい。
私の本当の気持ちだよ。




