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侍女マリーと侍従ジェフ

侍女マリーと侍従ジェフの仕える関係

作者: さとう野菊
掲載日:2026/08/11

挿絵(By みてみん)



ベルラド王宮の執務室、ルーク王太子と侍従ジェフが午後の予定を打ち合わせしていた。


椅子に腰掛けルーク王太子が真面目な顔をして言った。


「ジェフ、私もそろそろ結婚したくなった。」


「殿下も20歳です。しかも美しい金色の髪に深いグリーンの瞳。どんな服も着こなす高身長。今まで婚約者がいなかったが不思議な位です。」


「褒めすぎだ。まぁ賭博事件が長引いたし、公務も一時的に増えてそんな余裕は無かったからな。ジェフにも随分働いてもらった。ありがとう。」


「いえ、私は殿下にお仕えしてるだけです。」


「ジェフ、婚約を申し込むような相手を作る時間も無く、本当に申し訳けなかったな。」


「いえ、申し込みたい相手はいます。」


「…いるのか?!」


執務室が暫く沈黙した。


***


執務室が沈黙する2ヶ月前。


スペンス伯爵家の三女であるデイジー嬢の侍女マリーはレオ子爵の行動を探るべく動いていた。

デイジー嬢の婚約者レオ子爵がミリア嬢と逢瀬を重ねているらしいのだ。まずは真実かどうか調べる必要がある。


マリーはバケツと箒を持ち、王宮内の顔見知りの侍女や侍従を見つけると世間話をして情報を集め、時々掃除をしながら歩きまわった。そろそろ帰らねばと思っていると庭園に向かうミリア嬢を見つけた。レオ子爵ではない貴族と話している。


マリーは話しを聞こうと静かに近づきしゃがみ垣根に隠れた。…隠れたのだが、その様子を怪訝な顔をして見ている男に気づいた。オールバックの黒髪に切れ長の目をしたルーク殿下の侍従ジェフだ。


そのまま睨みあっているうちにミリア嬢達は去っていった。話しは聞こえなかった。


「ミリア嬢を探っていたのかい?」


「内緒です。」


垣根の葉を手で払いつつマリーが立ち上がると、ジェフが近づいてきた。しかしマリーはサッと後ろへ下がった。


ジェフはマリーの態度に眉をひそめた。

「何を警戒してるんだ?」


「貴方に夢中の侍女を何人か知っているわ。そうして情報を集めている事もね。」


「君だって随分顔が広いのを知っているぞ。デイジー嬢の侍女マリー。君はかなりの情報通だ。」


「何故そんな事を知っているのよ。でも、時間がないわ。貴方も忙しいでしょう。失礼します。」

マリーはジェフに何も言わせず立ち去った。


残されたジェフはあっけに取られていた。 大抵の侍女は自分が近付くと顔を赤らめた。二度目に会った時、名前を呼べば覚えてくれていたと嬉しそうに近寄ってくる。それは王太子の侍従という肩書きと、まあまあ整った顔のおかげだろうと思っている。

「扱いにくそうだな」

ポツリと呟いて仕事に戻った。


***


マリーはレオ子爵とミリア嬢の逢瀬を確認し、デイジー嬢に伝えた。デイジー嬢はそれを取り乱す事なく聞き、ミリア嬢とレオ子爵それぞれの様子を探るようにマリーに指示した。


マリーはデイジー嬢の様子に以前と変わられたと思ったが、元々芯の強い方だったと思い出した。でもお茶会でデイジー嬢がミリア嬢のわざと落としたハンカチを踏んだ時は驚いた。傑作だった。


マリーはまずはミリア嬢を調べる事にした。デイジー嬢のお供で王宮に入り、身の回りの世話は他の侍女に任せ部屋を出た。


いつものコースで何人もの知り合いを渡り歩いた。世間話の中にルーク殿下の侍従ジェフの名がいくつか出てきた。いつもより多い。偶然なのかと考えているとミリア嬢と見知らぬ貴族が歩いてきた。咄嗟に柱の影に隠れた。


2人は周囲に人が居ない事を確認し、貴族からミリア嬢へ何かを渡した。ミリア嬢が去るとその貴族は小さく悪態をついて地面を蹴った。マリーが静かに立ち去ろうとすると貴族が気づき声を上げた。


「待て!そこで何をしている。」

後ろ姿だけで顔は見られていない。これは逃げるしか無い。マリーはすぐ走りだした。


「止まれ!あいつを捕まえろ!怪しいぞ!」

貴族の声に侍従も走り出したようだ。これはまずいと通路を曲がると大きな布に捕まった。そして白いキャップを取られ、まとめ髪を雑に下ろされ、見上げるとジェフだった。

「助けるから黙って。」

そう言って口付けるように抱き寄せた。


走ってきた貴族がマリーの姿を見失いゼイゼイと立ち止まった。侍従にさらに追うように指示するとジェフを見た。ジェフは貴族から背を向け、真紅のドレスで栗色長髪の女性と抱き合っている。


「ケッ」

貴族は相手の身分が分からない為か何も言わずに去っていった。


「キスの振りをこんなに拒否されたのは初めてだ。」

ジェフは両手でがっちり顔を覆っているマリーに呆れた。


「私もこんなに素早くカーテンに包まれ髪を解かれたのは初めてだわ。慣れているのかしら。」

マリーも呆れながら解かれた髪をサッとまとめキャップをかぶる。


「素敵なカーテンドレスだろ?」

真紅のカーテンを窓辺へ置き、2人は貴族が去った方とは逆方向に歩き始めた。


「助けてくれてありがとう。まさか追いかけられるとは思わなかったわ」


「何か、重要な場面でもみたのかい?」


「いいえ。ミリア嬢がさっきの貴族から何か受け取ったけど。それが何かは分からないわ。」


「あれはベラド男爵。見られて困る物だった訳だな。ところで情報通の君に聞きたいんだけど、最近王宮で気になる事はあったかい?」


「そうね。いつもより多くの侍女が王太子の侍従に夢中な事かしら。」


「それは俺の事が気になってるって事?」


「まさか。貴方の事だから彼女達を利用しようとしてるんでしょう?何を探ろうとしているのか気になっただけよ。」


「なんだ。まぁ理由は言えないけど、彼女達には協力してもらってるだけさ。」


「彼女達を傷つけないでよ。私、女を軽くみる男は大嫌い。」


「じゃあ俺は女性を大切に思っているから、貴方には好かれる筈だ。」


「どうしてそうなるのよ。」

マリーが心底呆れた顔をした。


ジェフはマリーの呆れ顔を見て心がざわついた。


***


マリーはレオ子爵の侍従マックと連絡をとった。そして休暇を合わせ城下町で待ち合わせた。レオ子爵とデイジー嬢が幼馴染だけあって、侍従のマックとは自分も付き合いが長い。


待ち合わせの喫茶店に着くと一つ年下で赤茶色で癖っ毛ちょっと童顔のマックが待っていた。いつも明るい筈のマックの表情は暗かった。


「久しぶりね。随分会ってなかったものね。」


「今のレオ様ではデイジー様にとてもお会い出来ないよ。ミリア様の事は知っているんだろ?」


マックは吐き出すように話し始めた。このままではいけないと思ったのだろう。ミリア嬢と出会ってからレオ子爵が変わってしまった事。夜、行き先も知らせず出かける事。自分ではどうしたらいいのかわからない事。


「話してくれてありがとう。デイジーお嬢様はレオ様の事を心配されているの。幼馴染だもの。きっと力になってくれるわ。」


「ありがとうマリー。この話はデイジー様以外には内緒にして欲しい。僕はレオ様を支えるよ。」


二人で喫茶店を出てマックと別れた。するとジェフが道端に立っていた。


「私服も素敵だねマリー。そろそろ暗くなる、スペンス邸まで送るよ」


「偶然じゃ無さそうね。何か聞きたい事でもあるの?」

私服といっても飾り気のない茶色のワンピースに編み上げブーツを履いている程度だ。なんでも褒めるんだなと冷めた目で答えた。


「君達を見かけたのは偶然だよ。マックと会ってレオ子爵の事を聞いたんだな。」


「まぁね。分かるでしょ。デイジーお嬢様の婚約者だもの。マックとは付き合いが長いしね。」


その時、走ってきた馬車が道を逸れ急に近づいた。ジェフはマリーの肩を抱き素早く道端に寄せ庇った。御者の謝る声を残してガラガラと暴走馬車は去って行った。


「ありがとう。助けてくれたのはこれで二度目ね。でも知りたいような情報は無いわよ。頼ってくれたマックを裏切れないし。」

ジェフが肩に置いた手で茶色の髪に触れると、マリーが見上げ2人の目が合った。


「君は童顔の年下が好きなのか?」

吸い込まれるようにマリーに顔を近づけると、足を踏まれた。


「どうしてそうなるのよ。」

マリーはどうしようもなく呆れた顔をした。そして足早に去っていった。


ジェフは顔が紅潮するのを感じ確信した。マリーの呆れ顔が心を打ち抜いていた。


***


後日、レオ子爵が自身の賭博についてルーク王太子に告白した。それによりガネル男爵が賭博場を開いている事が発覚した。ミリア嬢はそれに加担している。


ルーク王太子は賭博場が開かれている時に一斉検挙する計画を立てた。あとは開催の日時を調べるだけだった。

しかしレオ子爵は日時を知らなかった。レオ子爵の落ち込む様子にミリア嬢は呆れ、賭博の誘いは既にしなくなっていたのだ。


日時を調べている事がガネル男爵に知られると、暫く賭博は行われない可能性もある。逃げられて終わりは避けたい。


ジェフが賭博リストに上がった貴族を探っていると丁度二人揃った所に出くわした。庭園で立ち話をしている。

秘密を共有してる同士、気が緩んだのだろう。賭博の話題が出た。ジェフは靴を草むらに隠し、忍び足で庭園に隣接する渡り廊下の低い壁に隠れた。


「まさか次が舞踏会とはね…。」

「しかも同時刻だ。まぁその方が安心か。」


その時、ひとりが廊下に気配を感じ振り返った。

「誰かいるのか?」

「え、まずいだろ。いるか?」


二人が辺りを見渡した。ジェフは足音を抑え低い壁に隠れ走った。すると走った先にマリーが歩いていた。

ジェフが咄嗟にマリーのスカートを指差すとマリーがスカートの裾を上げたその中に滑りこんだ。

マリーがスカートの裾を下げ、ジェフを隠すように腰を少し落すと同時に貴族達が庭園から顔を出した。貴族達からマリーまでは距離があり、庭園での話し声など聞こえはしない。


「気のせいか。」

貴族達は廊下を掃除するマリーを素通りした。


マリーはスカートの裾を持ち上げながら背筋を伸ばすとジェフを軽く蹴った。


「もう少し入っていたかったな」

ジェフが蹴られた腰をさすりつつ立ち上がって振り返ると呆れ顔のマリーがいて心が痺れた。


「これで借りは返したわよ。」


「二つ貸してるから、あとひとつだな。」

力無く笑うジェフに気付き、マリーはポケットからクッキーの包みを渡した。


「じゃあこれで完済ね。疲れた顔をしてるわよ。忙しいんでしょうけど、ちゃんと食べてる?それはデイジーお嬢様と作ったクッキーよ。」


「ありがとう。忙しいのも後少しさ。」

クッキーを嬉しそうに持ちジェフは去っていった。


***


ルーク王太子の周りは舞踏会まで更に忙しくなった。舞踏会の準備をしつつ、水面下では一斉検挙への計画が進められた。時々ジェフとマリーはすれ違ったが言葉を交わす事は無かった。しかし、マリーはいつもポケットにクッキーを入れていてジェフにそっと渡した。


賭博一斉検挙当日、ジェフは舞踏会担当になった。ルーク王太子がデイジー嬢とダンス中、城下町では検挙が始まったとの報告が入った。


しかし、王太子のダンス後、思いがけない事が起こった。デイジー嬢が毒を盛られたのだ。幸いセオドア医師が近くにいた為、毒の判明と解毒がすぐ処置された。ルーク殿下が証拠も無いままミリア嬢と関係するホール係を直ぐに拘束した。勿論、後から証拠が出ると確信してだった。


ジェフはデイジー嬢が無事応急処置を受け、王宮医師団室に運ばれてゆくのを確認した後、マリーの元に走った。事を伝えるとあの気丈なマリーが震え動揺した。

マリーの手を繋ぎ、励ましながらデイジー嬢の元へ急いだ。デイジー嬢の回復を確認してルーク殿下の元に向かった。


現場の指示が終わりルーク殿下とジェフが医師団へ向かうと、ワンピース姿で走るデイジー嬢とすれ違った。

その後からマリーや医師見習い達も走ってくる。

訳もわからずついて行くと、薬草畑でデイジー嬢がセオドア医師に抱きつき、好きだと泣き叫んでいた。そして何やら二人で話していたが、セオドア医師も好きだと答えた。


二人の周りから拍手が起こった。マリーがもらい泣きをしていた。それを見たジェフがそっと手を握ると、顔を赤くしたマリーに肘鉄をくらった。


***


沈黙の執務室でルーク殿下が口を開いた。


「ジェフ、婚約したい相手は誰なんだ。」


「デイジー嬢の侍女マリーです。」


「ああ、彼女か。なるほど、応援する。でも大丈夫なのか?お前、色々な侍女に声をかけていただろう。」


「ここ一か月はそういった事はしていません。これからもしません。」


「そうか、良い結果を待っているよ。」


ジェフは執務室を出て王宮医師団室へ向かった。この時間、デイジー嬢と共にマリーがよく通っているからだ。

見習い医師は若い奴も多い。モタモタして誰かに取られてはたまらない。


王宮医師団室ではデイジー嬢とマリーがサンドイッチを配っていた。ジェフが大きな机の片隅に座るとマリーがサンドイッチを持って来た。


「顔色が良いわ。ゆっくり休めてるようで良かった。」


マリーの優しい顔にジェフは理性が飛んで囁いた。


「マリー愛してる。また君のスカートの中に入りたい。」


次の瞬間、ジェフの口にサンドイッチが突っ込まれた。

むせるジェフに真っ赤な顔をしたマリーが叫んだ。


「私だって好きだけど…好きだけど!どうしてそんな台詞になるのよ!」


「ごめん。やり直していい?」


「無理よ」

マリーの最高の呆れ顔、ジェフはたまらず抱き寄せた。



END

「伯爵令嬢は異世界転生前の片思いを実らせたい」のスピンオフ作品となりますが、独立した短編として読めるように書き上げました。

アップした後ですが、イラストを描いてみました。

イラストを上げる方が緊張します。

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