好感度を上げればボーナス仕様の乙女ゲーム世界で、攻略対象の王子様をメロメロにさせすぎてごめんなさいっ★
「え~! そうなんですね。凄いです! やっぱり、ローラン様ってセンスが良いんですね」
私は背の高い騎士ローランをうっとりとした尊敬の眼差しで見つめれば、彼は小麦色の灼けた肌でもわかるくらいに目の下が赤くなった。
……うふふ。可愛い照れ顔いただきました。そして、私は間違いなく、ここでボーナスを獲得したことを確信した。
この会話で、好感度がかなり上がったわ。
「いやいや……そのようなことはない。それより、クラレンス子爵令嬢。授業に遅れてしまうのでは?」
しっかりした性格のローランは、私が午後の授業に遅刻しないかと時間を気にしてくれたらしい。校舎を指差し私はわざとらしく口に手を当てた。
「ありがとうございます。ローラン様とお話ししていたら、時間を忘れてしまって……失礼します!」
私は軽く礼をすると、黙って微笑むローランに背を向けて歩き出した。
そして、歩きながら貴族学校の制服のポケットへと手を伸ばし、ピンク色の巾着袋を取り出した。
紐を引っ張り中に手を入れると……手の中には期待通りに、目映く輝く金貨が何枚か。
神聖騎士ローランは最近頑張って良く話し掛けに行っていたし、かなり好感度が上がっていると思っていたけど……やっぱり!
やったわ!
「ふふふっ……やっぱり! ボーナスありがとうございます……」
気を良くした私はポケットに巾着袋を仕舞い、軽く鼻歌を歌いながら王族や貴族が通うため瀟洒な装飾が施された校舎へと向かった。
いかにも乙女が好みそうなお城のような見た目であるのには、ちゃんとした理由がある。
私ことクラレンス子爵令嬢ソフィアが通うルミナスエデン王立学院は、前世で好きだった乙女ゲーム『きらめき★ラブクリスタル』の舞台。
転生していることに気が付いたのは幼少期だったけれど、気にせずそのまま成長している。
なぜならば、私は乙女ゲームヒロインでもなければ悪役令嬢でもない。異世界で平和に学生生活しているだけの、モブらしいモブ。
学内で見掛けるヒロインも悪役令嬢も『あ。居るわ』程度で、まったく無関係な存在で居ようと思ったくらいだった。確かに可愛かったし綺麗だったけど、お近づきになり友人になりたいとも思わなかった。
乙女ゲームに一切関わる気のないそんな私が『あること』に気が付いたのは、メインの攻略対象である王太子カーヴィス殿下と会話した時だった。
学内を普通に歩いていた私は悪気なく急いでいたカーヴィス殿下の胸元に飛び込んでしまった。完全な事故だったので心配したカーヴィス殿下は『怪我はないか』と私に尋ねてきたのだ。
私は咄嗟のことだったので、間近でにっこりと微笑み『大丈夫です。お気になさらないで』と答えた。その時にカーヴィス殿下は、おそらく私への好感度が微量上がった。
数字は見えないけれど、なんとなくそういう雰囲気が私はわかったのだ。あ。いま……彼の中での私の好感度が上がったかも……と。
そして、不思議なことに制服のポケットの中には『ついさっきまで存在しなかったはずのピンク色の巾着袋』が入っていた。
そこには、銀貨が三枚入っていて不思議に思いながらも、私はそこまで深く考えることなく、ピンク色の巾着袋も通学用の鞄に入れて忘れてしまっていた。
カーヴィス殿下と直接接触した時を境に、私が攻略対象者と会話したりするとピンク色の巾着は何故か制服のポケットにあった。瞬間移動してきたのだ。乙女ゲームだと理解していないとただのホラー現象だと思って仕舞うところだった。
おそるおそる開けば、巾着袋の中には、また少量のお金が入っていた……悲しいことながら、我らがクラレンス子爵家にはまったくお金がない……!
貴族王族の通うルミナスエデン王立学院の制服や鞄も、実は母の友人の娘さんから譲り受けたお下がりだし……もちろん、貴族の貧乏自慢なんて何の得にもならないから、お金がないのは誰にも秘密だけど。
そもそも、爵位が低いから良い仕事にありつけないし、先祖代々だって財産もない。領地もない。領民も居ない。悲しいことにクラレンス子爵家の一族に、お金稼ぎの才能は一切なかった。
頼りない前世知識によると乙女ゲーム『きらめき★ラブクリスタル』は好感度が上がる度にヒロインは好感度上昇ボーナスとして、ゲーム内通貨をもらえていたはず……!
何故だかわからないけれど、私もそんなシステムの恩恵を受けることが出来るらしい。そもそも論で私が乙女ゲームに転生した存在で、そこから何もかも説明がつかない。
それならば何か他に説明のつかないことが何か起こっても、それはそれで当然のことではないのだろうか。
よくわからないけど、攻略対象者の好感度を上げればボーナスとしてお金が貰えるなら、私はやりたいと思ってしまった……! だって、イケメンとお話ししたりするだけで、お金貰えるんだよ? 現代日本だと、大体逆になるんだよ!?
父も野心的でもなく下位貴族の子爵令嬢の私は、別に彼らとの恋愛関係なんて望んでいない。乙女ゲームの攻略対象者の彼らはいわゆるスパダリの卵で、何の障害もなく高位貴族ご令嬢とすんなり結婚するだろう。
それで良い。私は多分、男爵か良くて伯爵と結婚出来たら良いなと思っている……家督を継ぐ長男と結婚出来たら良いんだけど、なかなかに彼らは競争率が高い。
せめて、貴族出身の騎士か商人として身を立てている次男あたりが良い。
この異世界に転生してきたと気が付いて、十数年。私は貴族の階級というものを身に染みて理解しているし、身分違いの恋愛の困難さを色々な噂話で思い知っている。
恋愛関係には育ちや価値観が同じというのは、とてもとても大事な要素で、そこが大きく違ってしまうと大抵の場合上手くいかない。
あまり幸せだったとは言えない前世だったので、出来るだけ苦労したくない。
なので、私の目に見えている彼らは、いくら魅力的だろうと、好感度が上がればお金をくれる……それだけの存在だ。
「……ふふふ。けど、楽しかったな」
公爵家の跡取りながら聖騎士であるローランは趣味が馬術なので、門外漢の私が知らないたくさんのことを知っていた。
「何が……楽しかったんだ?」
不意に声がして私が立ち止まった。廊下の影になった部分からゆっくりと現れたのは、この国アルテミシア王国王太子カーヴィス殿下だった。
長めの美しい金髪はゆるく巻かれ、濃い青色は深海を思わせた。整った双眉に切れ長の瞳、高い鼻に形の良い唇。うん。驚くほどの美形だけど、あまりに美形過ぎるがゆえに現実感がない。
こちらがメイン攻略対象者のカーヴィス様。もちろん、外見は完璧で性格も良いという夢のような存在である。
子爵令嬢の私からすると『絶対に結ばれることはあり得ない相手』なので、逆に話しやすかったりするんだよね。
カーヴィス殿下は現在悪役令嬢ルチル様と絶賛婚約中で、乙女ゲームヒロイン聖女マリアンナ様は距離を縮めて彼の傍に居るはずだし、私のようなモブなんかに何かの感情を抱くはずもない。
「あ! カーヴィス殿下。こんにちは~」
私は気楽に挨拶をしながら、王族と言えどルミナスエデン王立学院制服姿の彼に近付いた。
スーツっぽい灰色のブレザーなのだけど、これがまたお似合いで、きらきらしいお顔と共に目の保養になるのだ。
最初、話し出した時はさすがに王族なので不敬罪を気にしていたのだけど、カーヴィス殿下は乙女ゲームメイン攻略対象者なだけあって人間的にも素晴らしく、私のどうでも良い世間話に付き合ってくれる。
ちなみに、とっても良い感じの巻き髪は単に癖毛なだけらしい。以前に聞いたら、普通に教えてくれた。何もしなくても格好良く髪が決まるなんて、チート過ぎる。
それに、何故だが王族だからか好感度が上がった時のボーナスの金額も多いので、カーヴィス殿下と話す機会は私は楽しい上にお金も貰えるという一石二鳥の絶好の機会なのだ。
「……こんにちは。ソフィア。やけに楽しそうに見えたが」
「ええ。先ほどローラン様に、馬のお話を聞いていたのですわ……! 私は馬術を嗜まないので、とっても楽しくて……馬は尻尾で感情を表したり、立ったまま眠ったりするらしいです」
ふふふと私がはにかむと、何故かカーヴィス殿下は珍しく面白くない顔をしていた。眉が寄って、いかにも不満そうだ。
……? カーヴィス殿下って、馬嫌いだったかしら。彼も馬に乗るはずだけど……。
「君は……ローランと知り合いだったのか?」
不思議に思っていると、カーヴィス殿下が質問してきたので、私は慌てて答えた。
「あ。はい! いつだったか、道に迷っていたローラン様を目的地に案内したことがあったのですわ。その時から、ご挨拶するようになって……」
「そうなのか。ついこの前、君は僕の婚約について頷いたので、ルチルへ婚約解消を申し出ているという現在の状況に、自覚が足りないように思うのだが」
ーーーーその時、私の世界の時は止まったように思えた。
な、なんですと!? ど、どどどどどどういうこと!?
待って……とりあえず、整理しよう。カーヴィス殿下はじっと私を見つめており、反応を待っているようだ。
……その深い青い目には、揶揄いや嘘偽りのようなものは感じられない。信じられないことに、これは本気なのかもしれない。
ちなみにルチル様は公爵令嬢で、カーヴィス殿下の幼い頃からの婚約者。
いわゆる悪役令嬢の役割で、聖女マリアンナ様が好感度を上げていけば彼女を虐めるようになり、嫌がらせは暗殺未遂にまで発展し、卒業式で婚約破棄される流れ。
私はその方向性で、進んでいると思っていた。聖女マリアンナ様は慣例として世話係として傍に居るカーヴィス殿下以外の攻略対象者とは、あまり話していないようなのだ。
ボーナス目当てになっていた私が一番に良くわかっていることだけど、とにかく会ったり話したりしないと好感度は変わらない。上がらない。
つまりは、マリアンナ様の恋愛対象は、カーヴィス様しかあり得ない……そう思って居たのだ。
「……まままま、待ってください。カーヴィス殿下。私は子爵令嬢でして、身分が足りません!」
王族に嫁げるのは伯爵家以上と決まっているのは、私だって知っていますよ……!
「そのようなこと、些細なことだ。ソフィアにはいずれ、叔母上の公爵家に養女になってもらうことになる。僕はそういうことも理解してくれた上で、この前婚約の話を進めて良いかと確認したのだが?」
そ、それって、いわゆる最終手段では……? えっ……えーと、えーと……この前? 申し訳ないけれど、会話内容を覚えていない。
いわゆる恋愛の『さしすせそ』である『さすが』『しらなかった』『すごい』『センスいい』『そうなんだ』などを多用していて、聞きづらかった時も聞き返しもせずに適当に頷いていたかもしれない。
……だって、絶対、そういう恋愛対象にならないって……私は、そう思っていたので。
別にこれはいつもって、そういうわけではないのよ! けど、好感度が上がったらもらえるボーナス目当てでしかないので、たまに、意識が飛んでいたかもしれない……だって、本当に親しくなる気はなかったもの。
よくよく考えると私……カーヴィス殿下に会うたびに、お話ししていたかもしれない。
『きらめき★ラブクリスタル』では、好感度を上げるチャンスは、午後一回ずつ……つまり、ゲーム内の倍とか三倍とか……話していた日があったかも……。
会う機会があればあるだけ、好感度は上がり続けて……幼い頃からルチル様という婚約者が居るカーヴィス殿下が女慣れしている訳もなく……私の方が乙女ゲームヒロインに好感度で勝ってしまったということ!?
……なの!? あまりに想定外過ぎる展開に、心がついていけない。
え!? ここここ、これって、モブの私が乙女ゲームクリアしてない!? まったく無意識のままで!
「その、カーヴィス殿下。私……あの」
「もしかして、ローランに乗り換える気か? ……それは、いけない。僕の身分を考えれば、ソフィアは思いとどまるべきだと思うね」
優しそうな声に柔らかな口調、けれど私も社交辞令で生き抜く貴族令嬢の端くれ。カーヴィス殿下の言葉の裏にあるものは、完全に理解することが出来た。
この言葉の意味は『次期国王である王太子の僕の意向に逆らうなんて、二人ともどうなるかわからないよ。覚悟は出来ているよね……?』と、そういうこと……! 出来てない……! 覚悟なんて!
出来てるわけないし、ローラン様と話していたのは単なる好感度ボーナス狙い……! なんて、そんな話を口に出来るわけもなく、私は黙ったまま頷いた。
意気地なしと思ってくれて良い。王族の本気の圧に、子爵令嬢風情が太刀打ち出来るはずがないもの。
息を潜めて生き残る道を探るしかないのだ。
「……良い子だね。ソフィア。なんだか、僕の弟や下級生、それに、保険医とも仲が良いみたいだけど、それもやめてくれる?」
ヒッ……! 私が他の攻略対象者と話をしているの、知ってるんだ……!
もうなんだか反論するのも怖くなって、黙ったままでこくこくと頷いた。
「ソフィア。そろそろ行った方が良いよ。遅刻するから」
その時、予鈴を耳にしたので、微笑んで私の頭を撫でた彼へ頷いて、教室に向けて小走りで駆け出した。
◇◆◇
「……それでは、これで授業を終わりとする」
先生の声が響き、教室を後にすると、下校時刻になったので皆は鞄を持って帰宅したり、気の置けない友人と笑い合ったりしている。
そんな中で、私は……ふふふ。自席に座ったままで、頬杖を突き遠い目をして現実逃避をしていた。
……あー、赤い夕焼け綺麗。最高。
ふふふ。嘘でしょう。もしかして、カーヴィス殿下の好感度を、一学期終わらない内にMAXになっちゃったかもしれない。
だって、ルチル様に婚約解消を申し込むってそういうことよ……!
本来、それは卒業式前にそうするつもりだったけど、ルチル様が聖女マリアンナ様を暗殺した計画が露見して婚約破棄へと至ってしまうわけだけど……。
ああー!!! 今すぐにアルテミシア王国から、逃げ出したい!!! だって、カーヴィス殿下と結婚したいなんて思ったこと、一度もないもの!
確かに、好感度は上げました……! 上げました。間違いないです。お金目当てでやりました。反省してます。
好感度が上がると思って、積極的に話し掛けたし、よくわからない話にも興味ある振りをしたりしました。
けどっ……けど!! それが、まさか、カーヴィス殿下が婚約解消を言い出すなんて、全然まったく想像もしていなかった事態でっ!!
「……貴女が、ソフィア・クラレンス?」
私はハッとして立ち上がった。そこには、金髪縦ロール青いつり目で、キツいけど、美しい顔立ち。いかにも悪役令嬢ルチル様……こんなに近くで見た事なかったから、感動しちゃった! えー、綺麗可愛い。
「ちょっと……! 聞こえていないの?」
悪役令嬢らしく居丈高気に言われて、私は慌てて椅子から立ち上がった。
「ははは、はい!」
「少し時間をいただけるかしら?」
腕組みをしたルチル様の後ろには、何人かのいかにも取り巻きの貴族令嬢たち……凄い。ゲームスチルにもこういう場面、あった気がする!
こ、これって! 自分の婚約者に何手を出そうとしているんだと、校舎裏で虐められる……あの!
「わっ……わかりましたっ」
私は彼女たちの後に続き、おそるおそる歩き出した。取り巻きの一人は、私の背後にまわり挟まれて歩いた。
連行されてる……! すごい。
連れて来られたのは屋上で、校舎裏ではなかった。そうなんだ。屋上versionもあるのね。
私が感心して周囲を見回していると、取り巻きの一人が唐突に私を突き飛ばした。
「ちょっと! カーヴィス殿下に汚い手で、近付いたでしょう? こちらの完璧な公爵令嬢であるルチル様との、婚約解消を願ったとか? 今すぐに取り消しなさい!」
「そうよ! 子爵令嬢の分際で!」
「あまりにも、身の程知らずだわ!」
固い床の上で尻もちをついたままで彼女たちを見上げ、私はこれが噂の……! と、感動していた。
乙女ゲームオタクとしては、数多のこういうシーンを見て来たけれど、リアルの世界であまり見たことはない。ましてや、体験したこともなかった。
「……クラレンス子爵令嬢。悪いことを言わないわ……殿下と婚約するという話を取り消しなさい。王妃は貴女には、身が重いでしょう?」
「……その通りです! 私には無理です! 王太子様との婚約、辞退させていただきます!」
ルチル様の言葉に喰い気味に同意した私に、彼女たちは驚いた表情を見せていた。
「……は? なにを?」
「……どっ……どういうことなの?」
「ちょっと! 訳がわからないから、説明しなさいよ!」
全員戸惑ったように一歩後ずさり、王太子との婚約を一秒で諦めると言い切った私に引いていた。私も彼女たちの驚きの反応は、もっともだと思った。
おそらくは、彼女たちは私がここで『そんな……! 止めてください! 私は、カーヴィス様を愛しています!』などと、涙するだろうと想像していたはずだ。いわゆるテンプレ悲劇のヒロイン。
実際は、その逆だった。だって、私はカーヴィス様と婚約したいと思っていたわけではない。
ただ、好感度が上がるともらえるお金に目が眩んでいただけで、攻略対象者と恋愛したい結婚したいなんて、一切思っていない。
貧乏がにくい……お金のある貴族の家に生まれていたら、あのピンクの巾着袋を持っていたとしても、よこしまなことは考えなかったはず……こんなにも面倒なことに巻き込まれることもなかった。
「なっ……あの、クラレンス子爵令嬢。貴女は……その、カーヴィス様と恋仲で、婚約して欲しいとねだったわけではないのですか?」
「それはっ……!」
違うと言い掛けたところで、聞き覚えのある低い声が響いた。
「ああ……その通りだ。ルチル。君はここでソフィアに何をしている?」
ルチル様とその取り巻きはザッと背後を振り返り、私も開けた視界に見えた背の高い男性を見た。
……見るんじゃなかった。
カーヴィス様のお怒りは、身体の周囲の空気でわかる。怒っている。とても強い怒りを彼は全身から放っていた。
「……カーヴィス様っ」
「殿下だわ」
「なんてことっ……嘘でしょう」
途端に声を震わせ顔を青くした面々は、慌てて王族に対するカーテシーをした。立ち上がった私も慌ててそれにならい、カーヴィス様に頭を下げた。
彼女たちの反応は、大袈裟だとは言えない。だって、この異世界……アルテミシア王国では、王族は圧倒的な権力を握っているからだ。ささいなことでも、不敬罪として取られかねない。
……けれど、乙女ゲームの中で王太子カーヴィス様と第二王子エミル様は、そういう権力を振りかざすようなこともなかったので……私もこの国で貴族として暮らすようになってから、身分格差を思い知るのだけど……。
「僕はソフィアと婚約する。ルチルとの婚約解消は十分な保証金を支払うし、嫁入り先も出来るだけのことをさせてもらうと言ったはずだ」
カーヴィス様の声はいつもより低く、その周囲は威圧感で満ちていた。開放感のある屋上のはずなのに、私はなんだか息が詰まりそう。
「……殿下は! 騙されているのです! このような……先ほどだって、王太子様との婚約、辞退させていただきますと私に言ったり。意味がわからないですわ! クラレンス子爵令嬢は、カーヴィス様と婚約をしないと」
「このように大人数で囲まれれば、怯えて心にもないことも口走ることもあるだろう。ルチル。僕は君と、婚約を解消する。言葉の意味がわからないなら、わかるようにしてみようか?」
きらりと目は光りゆっくりとした口調は柔らかく脅すようで、思わず息を呑んだ音が聞こえた。
……うん。怖い。脅す対象が私でなくても、十分怖いですが!?
「っ……いえっ! 失礼しますわ」
ルチル様は取り巻きたちを連れて、ササッと逃げていった。
私も続いて退場したいところだったけれど、そういうわけにはいかない……カーヴィス殿下の視線に縫い止められるように、その場に立ち尽くすしかない。
「ソフィア。迎えに来るのが遅くなって、すまなかった」
カーヴィス様は私の制服が汚れてしまっていることに気が付き、表情を歪めると手ではたいて汚れを落としてくれた。
私は何をどうするべきかわからず、固まっていた。
とにかく、お金目当てでカーヴィス殿下の好感度を上げてしまったことは確かで、そればっかりは言い訳のしようがない。
私はお金目当てで、人の心を弄んだ極悪人で合っています。言い訳いたしません。牢屋に自ら入って反省したいと考えております。大罪人です。国外追放されるべきだと考えており……。
そうなのだ。身分差を飛び越えて希望して彼と結婚したいわけでもないので、それはここでちゃんと話しておくべきではないかと考えたのだ。
「あのっ……カーヴィス殿下、その……」
「ああ。気にしないでくれ。ルチルに関しては、君にはもう絶対に手出し出来ないよう、僕が手配しておくから」
そこで、彼はあらぬ方向を一瞥した。本来ならば何か物音が聞こえたから、視線を向けたのかな……? 程度のそんな動きだ。
しかし、前世知識を持つ、私は知っているのだ……そこには『王家の影』と呼ばれる存在が居て、王太子たるカーヴィス殿下の命を忠実に実行することを……。
ひえー!! あれって、私に手を出すなって、ルチル様へ脅しに行けってことだよね!? おそらくは、ルチル様のご両親にも……? 怖すぎなんだけど!
……うちの両親なんて、私が王家に嫁ぐなんて知ったら、きっと二人とも卒倒しちゃう。
とにかく、落ち着こう。私が落ち着くべきよ。いろいろとちゃんとした説明をすれば、わかってくれるはずだけど、今はカーヴィス殿下も気が立っているみたいだから。
時間を置くべきよ……うん。そうしましょう。事情説明は、明日の私、頑張れ。すべての面倒事は明日の私にぶん投げ、とにかくここは適当に切り抜けることに決めた。
「そのその、ですね。カーヴィス殿下って……いつ、私と婚約しても良いって……思ったんですか?」
私はそれは、普通に疑問に思った。
だって、カーヴィス殿下のお話をいつもにこにこ聞いていたことには間違いないけど、特別何か好意を伝えるようなことをしたこともない。
カーヴィス殿下は私と一緒に歩き出しながら、顎に手を当てて思い出すように言った。
「……そうだな。最初、ソフィアにぶつかってしまった時は自分の不注意で申し訳ないと思い、挨拶をしてそれから話すようになった……ソフィアは僕の前でも緊張せずに話してくれるし、好感が持てた。おそらく、僕に王族ではなく普通に接してくれる女の子は君だけだった」
「ふふふ……そ、そんなことないですよ。私だって、緊張してたんですからっ……!」
そ、そうだったんだー! 私はカーヴィス殿下が温厚で優しく『絶対にあり得ない存在』って思って居たから、普通に話していただけだったんだけど……それって、いわゆるおもしれえ女になってしまっていたのかもしれない!
「それから、ソフィアのことが気になるようになった。君は僕以外の何人かと親しいようで、それも気になった……誰にも取られたくない。そう思ったんだ。だから、ルチルに婚約解消を申し出た。彼女には申し訳ないが自分の心を偽れば、いつか全員が傷つくことになると思った。痛みを最小限にするには、今しかないのだと……」
「あ。そうだったんですか……」
……そして、乙女ゲーム『ときめき★ラブクリスタル』の隠し要素を思い出した……確か、ある一定の好感度を超えたら、他の攻略対象者と話しただけで好感度上がってたような。
……馬鹿過ぎる。いまここで思い出すなんて。最近、誰かと話すたびに金貨がもらえていたのは、連動してカーヴィス殿下の好感度も上がっていたから?
カーヴィス殿下は私を好きになってしまったのなら、婚約者ルチル様にも誠実であるために婚約解消を申し出たのだと言う。
ふ……ふーん。それって、私もうカーヴィス様と婚約して、結婚するしかない流れに乗ってません……!?
こんなこと言うのもなんだけど、いまさら逃げ出せる気がしないんですよね……!
「それに、ソフィアがたまに金貨を数えて微笑んでいるらしいと聞いて、僕にならいくらでもそれは与えてやれると思った。金銭的に苦労しているんだな……ソフィア。これからは、君に苦労などさせない」
……!!!!
そっ……そうか。カーヴィス殿下には私の身辺調査なんて、お手の物で……! お金がないことも……好感度ボーナスでお金を貰って喜んでいるのも、全部全部……知られてるんだ!
「知ってらっしゃったんですね。は……恥ずかしいです……」
知られていると思っていないことを知られていた……私は恥ずかしさのあまり、赤くなった顔を両手で覆った。
「心配しなくて良い。僕は君と婚約して結婚するのだから、生活には何の不満もないよう幸せにする。顔を上げて……ソフィア」
世にも珍しいくらい整った顔で囁かれる甘い言葉に……私は貴方の好感度で貰えるお金だけが目当てでした、なんて……一生言い出せる気はしません。
Fin
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
もし良かったら、評価を頂けましたら嬉しいです。
それでは、また別の作品でもお会いできたら幸いです。
待鳥園子




