二十一話 おじさん、渋谷に挑む⑩
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ベオウルフとレンジの戦闘が開始直後、彼らの立ち合いを眺めるミリアに向けて、マーラは喋りかけた。
「ミリア、俺は姿を消す」
「なっ?! 逃げる気ですか?!」
「違う。ベオウルフ、アイツは俺達に目も向けていない。俺達がここにいることすらも把握してない。察しがいいお前なら何言ってるか分かるだろ」
ミリアはその言葉を聞いた途端、レンジとベオウルフの立ち合いを見せられ、マーラの言葉を理解すると同時に、逆に怒りが込み上げてきた。
「なるほど、じゃあ、あなたは姿を消して、美味しいところを掻っ攫うって訳ですか」
「おう! そうしようと思ってる!」
悪びれもなく、そう言い切るマーラに対して、ミリアは今は、それで良いと割り切った。
「分かりました。なら、僕達の身に何があっても出てこないで下さい。勝ちを確信した瞬間、それだけを狙って、非常になりきりなさい」
「言われんでも、分かってる、分かってる。俺はお前達、人間と違って優しくないんでね。お前が死にかけても無視するよ」
マーラはそういうとミリアの前から自身の【権能】を使って姿を消した。
ミリアもまた、その短いやり取りで覚悟を決めたのか、レンジとベオウルフ、2人の決闘に足を踏み入れることになる。
***
そして、マーラの奇襲は成功し、胸の真ん中貫かれたベオウルフの手足は、徐々に石化し始める。
英雄の死は決して華やかではなく、悲しみに満ちた物であった。
(ケル、ヌン、ノス。わ、たしのさい、あいの、)
【魔王】の一突きは致命傷となるモノで、ベオウルフは崩れ落ちる意識の中、最後まで自分の仕えた【魔王】のことを思った。
肉体全てが石となり、砕け散ると一つだけ真紅の輝きを持った【魔石】が落下し、それをマーラは空中で握りしめた。
「これにて【勇者王ベオウルフ】、討伐完了っと。レンジ~、生きてるか?」
マーラは目の前で過呼吸気味になっているレンジに喋りかけるも彼からは返事がなく、ため息を吐く。
今度は、少し先で、足が切られたミリアに目を向ける。
意識を失っており、出血量も多く、今直ぐにても応急措置を取らなければ、命が危うい状況にいるミリアを見て、マーラは彼女の体とそこから離れた足を浮かせた。
「はぁー、俺以外絶滅か。しゃあない。【安置】は直ぐそこだし、浮かして移動させてやりますか」
動けなくなった2人を浮かし、マーラは直ぐそこにある【安置】へと足を運ぼうとした。
その時、マーラは懐かしき【魔力】を感じ取った。
「オイ、マジかよ。今は、最悪だぜ」
それは自分と同じ圧倒的な圧を持ち、莫大な【魔力】からは感じ取れるのは、この世全てが自分のモノであり、理不尽とは自分という存在で考えている者。
マーラの背後、そこにはベオウルフの肉体が石化し、砕け散った破片があり、その地面の前に、突然、空間に扉が現れるとそれはヌルリと姿を表した。
両側に角を生やし、真紅の眼と真っ白な髪を長く伸ばした獣達の女王、【第五獣魔王、極刑なるケルヌンノス】。
彼女は目の前にあった石を見て、それを優しく拾い上げた。
「ベオ、貴方も私を残して死んだのね」
悲しげな表情を浮かべ、ベオウルフであったモノをかき集めるもその隙を突いて、マーラは【安置】へ飛び込もうとした。
だが、そんなマーラの目の前には突然、黒い影が広がり、そこから突然、狼型の魔物、牙狼が現れ、彼女へと襲い掛かった。
(クソ! 気付いてんだったら、そんな素振りを見せるなよ!)
迫り来る牙狼目掛けて、マーラはレンジ達を庇うために右足で地面を踏みつけ、【権能】による攻撃を放つ。
「覇九斗!」
九つの空気の斬撃を地面から突き上がると牙狼達の体を貫き、そんなマーラの姿をケルヌンノスはジッと見つめていた。
(何も言わずにこっち見るだけ。全くもって気味悪いなぁ! そういうところが苦手なんだよ。お前の!)
全ての牙狼を退け、マーラの周りには血溜まりが幾つも生まれた。
その血溜まりにケルヌンノスは【権能】を使い命じる。
大蛇に生まれ変われ、と。
その瞬間、マーラの周囲にある血溜まりが一纏めとなり、巨大な蛇、大蛇が生まれた。
「だぁー! それ、ズルくねえかなぁ!」
大蛇は大きく口を開き、マーラへと襲い掛かると彼女は不可視としていた【波旬】の刃に空気を纏わせた。
「バレんなよ!!! 覇穢流!!!!」
マーラは今、空の【権能】の並行利用を行っている。レンジ達を浮かせながら、【波旬】を不可視とし、その刃に空気を纏わせた。
本来の完全体のマーラであれば、それくらいは容易であったが、今の彼女は【権能】自体が弱体化しており、三つ同時の並行利用は大きく【魔力】を消費していた。
口を広げた大蛇を、【波旬】が縦一直線に貫き、切り裂くとその時を狙ってか、マーラの目の前にケルヌンノスが忽然と姿を現した。
「なっ!?」
「貴方、マーラね?」
ケルヌンノスはマーラの首に手を伸ばすも、彼女は爪に空気を纏わせ、それを拒むために弾いた。
「何言ってるのか、サッパリだなぁ~! 俺はマーラなんかじゃねえぞ! 肋屋カーマだ!」
マーラは息を切らしながら、ケルヌンノスに啖呵を切ると彼女は首を横にした。
「あら、そうなの。ごめんなさいね、昔の知り合いにそっくりだったから。そっか。なら、ベオは【魔王】でもない人間に殺されたのね。残念。彼なら私が死ぬまで横にいてくれると信じてたのに」
ケルヌンノスに感情の起伏はなく、淡々と言葉を綴るだけ。
それでも彼女は心の底から悲しんでいた。
ベオウルフという、自分を愛してくれた存在を失ったことを。
「人違いってなら、ここは一旦、引いてくれねえかな? 俺達、疲れてんだわ」
マーラの言葉に対して、ケルヌンノスは真紅の目を真っ直ぐと向け、ハッキリと答えた。
「ベオを殺した。それだけで私は貴方達と殺し合う理由がある。私はね、私から奪って行く奴らが嫌いなの。他の【魔王】も、私から魔物を奪って行くから大嫌い。そして、私からベオを奪った貴方達もそれ以上に大嫌い。だからね、死んで」
ケルヌンノスの感情の起伏はないに等しいが、それでも真紅の美しい眼には、憤怒の二文字が込められており、マーラ目掛けて、腕を前に向ける。
そして、彼女は自身の【権能】の全てを引き出すために、呟いた。
「嘆け、絶対魔獣戦線」
前に出した腕の影より、溢れ出るのはドス黒く濁った生命の水であり、そこから魔獣が一瞬にして溢れかえった。
絶対魔獣戦線、それはⅠ~Ⅲ界層の魔物を自由自在に生み出し操るケルヌンノスの【権能】。
そして、それこそが彼女の異名の正体。
【第五獣魔王、極刑なるケルヌンノス】、生命は自分の物であり、この世界で最も命を軽く見る。
それは命に対する侮辱であり、極刑を受けるに相応しい。
(ま、ずい! この量は! 捌き切れない!?)
大量の魔獣がマーラへと襲い掛かる。
圧倒的な質量攻撃は、力を失っている【魔王】になす術はなく、踏み潰されかけた。
目の前に、赤髪の青年が現れる迄は。
颯爽と現れたサングラスで目元を隠した青年はその手に握る片刃の大剣を構えると【権能】に生まれた幾多の魔獣目掛けて、その刃を振り下ろした。
大剣が"ドォォォン"という音共に床の地面を叩き割ると、魔獣達が跡形もなく木っ端微塵にし、青年はマーラの背後にいるミリアを少しだけ見て、彼女に喋りかけた。
「状況は」
味方か、敵か不明であるが、喋りかけられたことで、マーラは素早く今の状況を伝える。
「負傷者2人、内1名重症! あんた、何もんだ!?」
マーラの報告と問いに青年は目の前に立つケルヌンノスの方向を向きながら、答えた。
「通りすがりのS級【冒険者】だ。よく、覚えておけ」
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