十九話 おじさん、渋谷に挑む⑧
氷と炎、互いに相反する特性を持つ二つには、共通点がある。
それは熱を通じていること。
水が持つ熱を奪い続けることで、それは凍り、熱によって物質の一部が分解され、可燃性の気体が燃焼することで炎を生む。
ベオウルフはその熱を、【権能】によって操ることが出来た。
だが、炎は獣が本能から恐る物であり、自身が仕える【魔王】を怖がらせてしまうために、ベオウルフは鍛錬し、その力をあえて封じていた。
しかし、今、自分の首が断ち切られる直前に、かつての記憶を思い出し、燃え盛る炎を使っていた頃の自分へと覚醒を遂げる。
(この戦いが終われば私は死ぬな。だが、それで良い。この2人は我が【魔王】に届く程の実力を有している。それとの相討ちとあれば、ケルンも許してくれるだろう)
ベオウルフは断ち切られた首元を触り、その焼き跡をなぞりながらレンジ達へと視線を向けた。
闘争のみが、己の存在価値であり、持てる物全てをぶつけられる人間が今、目の前に立っていた。
これ以上の喜びはなく、これ以上の幸いはない。
ベオウルフは己が命を薪に焚べ、肋屋レンジと星空ミリアという両者に敬意を表し、全力で迎え撃つために、両腕に炎を纏わせる。
「哮ろ、炎獄」
ベオウルフの呟きと共に、炎はより猛り、燃え盛るとそれらを凝縮させ、両手で握る剣を生み出す。
「炎獄剣」
両手に握られたのは灼熱の剣、それをベオウルフはレンジ達に向けて躊躇いなく振るった。
レンジはその動きから、自分達に起こりうる光景が脳裏を過ぎる。
ミリアと自分がいっぺんに切り裂かれる未来。
それが見えた瞬間、ミリアが灼熱の剣を【ユニークスキル】で受けようとするのを無理矢理抱きつき、横に避けさせた。
「師匠?!」
「ミリア、あれはヤバい! 僕でも、あれは受け切れない!」
ベオウルフの一振りから放たれたのは高密度に圧縮された熱線。
それは廊下の壁と床を切り裂くと遅れて"キィィィィン"という高音が鳴り響く。
2人はそれを目の当たりにした瞬間、まともに食らえば、幾ら【魔力】で固めた肉体であっても簡単に切断してしまうことを理解させられた。
(ベオウルフ、彼の実力は、マーラ同等の【魔王】に並ぶ。ミリアを守りながら、彼を倒し切る。マーラはどっか行って、出てこないし、何故か、使い物にならない。ふー、出来るかな!? 僕に!?)
レンジはそんなことを考えながら、ミリアを立たせ、再び炎獄剣を振るおうとするベオウルフの姿を確認し、彼女に急いで指示を出した。
「ミリア! あれを受けようとしないこと! なるべく距離を詰めて戦う!」
「了解です! 師匠!」
その言葉が終えると同時に、炎獄剣は再び振るわれ、熱線が彼らを襲い掛かる。
直線上に放たれる熱線は、2人の剣士に向けられており、彼らはそれをギリギリのところで避け続けた。
縦横無尽、幾十重にも放たれる熱線は触れれば最後、切断と焼却、両方を相手に押し付ける。その死の塊のような攻撃をミリアとレンジは目で追いながら、紙一重で避け、徐々に距離を詰めて行く。
それでもベオウルフが剣を振るうのを止めず、彼らがぶつかり合った廊下の壁と床は既に切り跡ばかりが生まれており、その戦いの激しさを物語っていた。
だが、そんな猛攻を掻い潜り、彼らは自分達の攻撃の間合いに入った瞬間、一気にそのケリを付けようと両者共に得物の柄を逆手で握った。
「無明一刀流」
「【光導拾弍式抜刀術】!」
逆手抜刀にて放つのは、師弟別々の技。
2人は足に力を込めて、力強く地面を蹴り上げるとベオウルフの体目掛けて、両者同時に抜刀する。
「流星!」
「雄牛!」
目前より姿を消した2人が、一瞬にして、彼らの必殺の間合いにベオウルフを無理矢理、入り込ませると両側から光速の斬撃が彼の体にぶつけられた。
両者の刃はベオウルフの反応速度を追い越し、その肉体を切り裂くに至る。
はずであった。
間違いなく、刃は届いていた。
間違いなく、レンジとミリアの剣はベオウルフの肉体を傷つけた。
だが、それらが届いていたからこそ、彼らはその理不尽を知る羽目になる。
ベオウルフの肉の一部を切り傷を与えた途端、その刃が溶け出した。
「なっ?!」
「はぁ?!」
レンジとミリアは同時に声を上げ、目の前に起きた想定外への理解を何とか追いつこうとする。
そんな隙を、ベオウルフという強者が逃す訳もない。
2人が無理矢理入り込ませた間合い、それはベオウルフにとっても必殺の間合いであり、2人を同時に切り裂くために炎獄剣を天井へと向けた。
「火焉」
ベオウルフが最も敵に恐れられて来たこと。
それは圧倒的なまでに練り上げられた肉体による暴力の押し付け。
炎獄剣に宿る炎は畝りを上げ、それはベオウルフの暴力と合わさり、必死と呼べる一撃になった。
レンジとミリア両者を切り裂くための剣。
仕える【魔王】へ報いるための一撃は、ベオウルフの持てる全てを持って放たれる。
(あ、これ、は、不味い)
レンジはミリアを生かすために脳を動かし、彼女の服の襟を掴んだ。
(ミリアだけは、何としても!)
レンジは彼女が炎獄剣の刃の線上から外れる様に横に投げようとする。
だが、それを彼女は拒んだ。
襟を掴んだ手を弾き、ミリアはレンジを押し飛ばすと背を向けて微笑む。
「ミリ、ア!?」
その声を最後に、ミリアは 刃が溶けた刀を鞘に納めると振り下ろされる炎獄剣に向けて、【ユニークスキル】による防御を試みた。
咄嗟に感じ取った死の予感。
それは師であるレンジも同じで、ミリアだけは生かそうとしていた。
この時、ミリアの脳裏には敗北の2文字が過った。
レンジが殺されれば、次は自分が、ベオウルフを倒さなければならない。
そうすれば勝率は0に近い。
だが、レンジが生き残れば、勝率は0から跳ね上げられる。
今一番、この戦いで価値が無いのは自分である。それは百も承知で理解していたからこそ、ミリアは自分が生き残るのではなく、レンジを生き残らせる選択をした。
(ここで死んだら、師匠は僕のために泣いてくれますかね。それなら、それで良いかな。はぁー、マーラ、後は任せましたよ)
迫り来る熱線に向けて、ミリアは自分の持てる最大の防御技を放つ。
「【光導拾弍式抜刀術】! 月光獅子!」
抜刀と同時に繰り出されるのは、【魔力】によって生み出された獅子と刃から放たれる月光の輝き。
それら全てが術者を守るために展開され、凡ゆる攻撃から身を守る、星空ミリアの【ユニークスキル】、【光導拾弍式抜刀術】の中でも防御に最も優れた型。
師を、大好きな貴方を守るために。
その剣を今、全力で解き放ち、己の役割を果たさんとする。
火焉とぶつかり合った獅子は主人を護ろうと、雄叫びを上げるもそれは一瞬にして焼き尽くされ、見るも無惨に灰となった。
地面に炎獄剣が振り下ろされ、熱線が床を裂いた途端、"キィィィィン"という高音が遅れて鳴り響く。
その瞬間、爆風と共に砂埃と煙が舞い上がると廊下の床が限界を迎えたのか、崩れ落ち始めた。
レンジは崩れた地面から何とか立ち上がり、砂埃の中を見渡した。
「ミリア、ミリア!!!!」
自分を庇ったミリアを探すために声を上げ、何度も何度も叫んだ。
「ミリア! 返事を! ミリア!!!!」
レンジのミリアを探す声、それが彼らの戦場である場所にこだまする。
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