十八話 おじさん、渋谷に挑む⑦
【権能】、それはⅣ界層以降の魔物、通称、魔族と呼ばれる者が持つ、力の象徴。
自らの魔物としての歴史の具現化であり、魔族はそれを拡張し、高みに至る。
魔族はその生涯に一つの【権能】を極めるとされており、マーラであれば【空】を支配する力を持つ。空気の刃を作り出したり、爪に空気を纏わせ不可視の斬撃を生み出したり、空を飛んだりする、全てが【権能】に起因する物。
ベオウルフ、それが彼であればどうなるのか?
【勇者王】の肩書を持つ英雄の【権能】、それは。
「哮ろ、氷獄」
言葉と共に、ベオウルフの吐く息が白くなる。
そして、足下が凍てつき始めると彼の黒い軍服と美しい蒼い眼が真っ白に染まり、レンジへと冷ややかな視線を向けた。
(氷か。となると、相手の練度にもよるけど、とんでもなく厄介だな)
ベオウルフの周囲は徐々に凍り始めるとそれを見たレンジは急ぎの決着が必要と直感で感じ取る。
「ミリア、さっきの炎出せる?」
「出せますけど」
「なら、僕に何かあったら、体目掛けて打ち続けて」
「は?! あ、いや、なるほど! 分かりました、師匠。師匠が丸焦げにならない程度に、打ちますね!」
ミリアはレンジの指示の意図をすぐに理解し、2人は刀を構えながら其々の役割をこなすために、動き出した。
「無明一刀流、番」
レンジは【権能】を起動させたベオウルフに臆することなく、その太刀を振るう。一度の抜刀で、二つの斬撃が襲い掛かる矛盾ありきの攻撃を前にして、ベオウルフは笑みを溢した。
強者のみが至る高みに達した者が放つ、こちらの理解も、原理も及ばぬ攻撃。それを何の躊躇いもなく放つレンジに向けて、ベオウルフは敬意を表し、拳を力強く握り締めた。
「禁狼奈落」
ベオウルフは番の理不尽な斬撃を、その上から更なる理不尽を持って押し返す。自分の鍛え抜かれた肉体を全面に押し出し、二つの斬撃、両方をその身で受けると抜かれていた刀の刃に合わせて、ベオウルフの拳が打つけられた。
「!」
レンジは刀を納刀前にベオウルフ拳がぶつけられたことで、その刃が晒されると自分の剣術の弱点を彼が見抜いているのを理解し、焦りを覚えた。加えて、その瞬間、拳と刃が重なり合った途端、レンジの肉体は一瞬にして、氷漬けになってしまう。
(この【権能】、想像以上、だ!)
刀と拳が重なり合った瞬間は一瞬、それであるにも関わらず、ベオウルフの【権能】は容赦無くレンジへと襲い掛かった。
氷漬けのレンジにベオウルフは再び拳を振り翳すも、背後よりミリアはそのタイミングをあえて狙ったかのように姿を現した。
「火炎魔法V」
火炎の【スキル】による氷の溶解。
レンジの氷結を解除するまでに有する時間は10秒、その間に彼へと向けられるであろう拳をミリアは自分に向ける様に仕向けるために【ユニークスキル】の抜刀術を放つ。
「雄牛!」
ミリアが見せたのは直線上であればあれば無類の威力を持つ【魔力】で生み出した雄牛を放つ抜刀術、雄牛。
レンジに向けて【スキル】を放ちながら、ベオウルフ目掛けて抜刀する。天才とも呼べる同時並行をミリアは簡単にやってのけると、その雄牛はベオウルフの懐へと放たれる。
レンジだけを見ているベオウルフをどうすれば彼ではなく、自分に視線を向けられるか?
ミリアは自問自答し、その答えを出していた。
それはレンジに並ぶ技術を持つということをベオウルフへと示すということ。
【光導拾弍式抜刀術】には、防御の抜刀術と、攻撃の抜刀術が6つずつ、合計12個の型があり、1つを除いて最も攻撃的で威力の高い技である、雄牛をベオウルフに叩き込んだ。
しかし、それを持ってしても、ベオウルフの琴線に彼女の攻撃は刺激されなかった。
その取るに足らないと判断した一撃を無視し、ベオウルフはレンジの体に狙いを定める。
ベオウルフ自身、ミリアの才能がいずれ自分の首に、その刃を届き得る才能があることを充分に理解していた。
ただ、現状では自分には届かない。
いや、届き得ないとタカを括り、ベオウルフはレンジへと見せた肉体での理不尽を持って、その心を折ろうとする。
その時、ベオウルフの目の前には、ミリアという少女の背後に見えていた星の輝きの一つが爆発ける瞬間を目にした。
それが何を意味するのかは分からず、ただのまやかしの様な物である可能性もあった。
だが、その輝きは間違いなく、ミリアという才能の塊が自分という肉体を薪に焚べたことで生まれた光であることをベオウルフは無意識のうちに理解していた。
レンジへと向けようとしていた拳の行き先を急遽変更し、ミリアが放った雄牛へと振り下ろす。
「禁狼強撃」
一直線に放たれる【魔力】の塊に対して、振り下ろされる狼の一撃はぶつかり合った瞬間に、その勝敗は着く。
ミリアの雄牛は木っ端微塵に砕かれ、突き刺さった拳から放たれた衝撃波が地面を揺らすとその場にいた彼女を吹き飛ばす。
「きゃ!?」
ミリアの体は宙に浮き、距離を取られてしまうも、彼女は何とか地面に刀を突き刺し、立ち上がった。
一方、ベオウルフは彼女が見せた光に僅かながら思考を奪われていた。
(私が本気を出すほどでもない相手だと思っていたにも関わらず、本能がいつも以上に警戒しろと警告していた。まさか、恐れていたのか? この私が? あの少女が見せた才能の輝きに?)
自分の持つ超直感が下した判断は常に正しいと考えており、ベオウルフの目の前でミリアが見せた輝きに、最初下した判断を覆されたことに驚いた。
そして、ベオウルフは思考を戦闘ではなく、ミリアに奪われた結果、目の前に立っていた獲物、それが今、自分の首元に刃を突き立てることを知る。
「無明一刀流、火焔星」
ミリアが稼いだ時間、凡そ10秒。
レンジは自分の体が動くのを理解し、次の一手を打つ判断を下す迄に要した時間、凡そ0.5秒。
ミリアへの全幅の信頼を元に、レンジは既に、凍てついた瞬間に今の光景を見て抜いていた。
刀の刃に無理矢理炎を纏わせたまま、鞘に納めると同時に、ベオウルフ目掛けて、火炎の抜刀を解き放つ。炎を無理矢理納められた鞘は燃えるように熱いが溶けた直後の肉体には程良く感じ、レンジはベオウルフという豪傑の首へとその刃を疾らせた。
「禁狼」
否、技を放つよりもその炎を纏う刃はベオウルフの首を、その声帯へと突き立てられた。
(これ、は、よもやか)
ベオウルフ、彼の目前には、死が見えた。
人として魔物と対峙していた時、【勇者王】の名を轟かせ続けた時以来、突きつけられた死。
ベオウルフはこのどうにもならない状況の中、彼の脳裏にはかつてあり日の光景が走馬灯の様に巡り出す。
男は幼少の頃、母に教わった誰かのために何かをするという気持ち一心で、【魔王】の討伐のために、たった1人で戦い続けた。
しかし、人を守るために魔物を殺し続けた結果、世間が自分に向けられた視線はあまりにも厳しく、忌み嫌われた。
魔物に襲われていた人を助けるとその人間は全員同じく魔物を見る視線を送った。
「魔物を殺す姿を映すな、気分が悪い」
「助けてくれるのはありがたいけど、もっと、スマートに片付けてちょうだい」
「魔物といえど生物だ! 命を粗末にするな!」
「あんたがもっと早く来れば! 俺の娘は助かったのに!」
【勇者王】などいう肩書きは自分を称える物では無く、そこに納まる様に押し付けられた認知の監獄であった。
嫌なことばかりであったが、それでも自分の人生を変えた【魔王】の姿が見えるとその嫌なこと全てが帳消しになった。
両側に角を生やし、真紅の眼と真っ白な髪を長く伸ばした獣達の女王。
「ベオは、私を置いて死なないでね」
そう呟く彼女こそが【第五獣魔王、極刑なるケルヌンノス】であり、ベオウルフが仕える換えが効かない最愛の人。
その言葉を思い出した瞬間、残り薄皮一枚で千切れそうな首を繋ぎ止めるために、レンジの刀の刃に拳を向けて、何とか押し止めた。
「なっ!?」
レンジですらその剣を止めらることは予期しておらず、困惑で声を出すとベオウルフはそんな彼に向けて、拳を振るう。
それを避けるために、レンジはもう少しで首を断ち切れそうであった刀を鞘に納めると、後退させられた。
「ごめん! ミリア! 仕留め損なった!」
「大丈夫です! それよりも、師匠、何でさっきまで凍っていた地面が溶け始めているのですか?」
ミリアの言葉を聞き、レンジはベオウルフへと視線を向けると彼の周囲は氷ついていたのに、今は何故かそれが全て溶け出していた。
(脊髄までは断ったから、【権能】の能力が維持できなくなった? いや、違う。これは僕が【権能】の効果を履き違えていた?)
皮一枚で繋がっていたベオウルフは自分の落としてしまいそうな首を炎で焼き付けると、レンジを見た。
その視線に含まれたのは喜びと決意。
強者に出会えた嬉しさと、必ずお前を倒すという覚悟が見えるとレンジはそれに応えるために得物を構えた。
氷炎混じる戦いは、次のステージへと突入する。
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