第7話 魔物襲来! 一夜城の防衛戦
「――総員、撤退準備! 領民を城壁の内側へ避難させろ!」
ジルベール様の怒号が響き渡る。
辺境伯城の大広間は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「敵の数は一万を超える! 先鋒はオークとゴブリンの混成部隊、後方にトロールを確認! 二時間後にはこの街に到達するぞ!」
騎士団長の悲痛な報告に、ロベールたち王都の貴族は顔面蒼白で震えている。
「ひ、ひぃぃっ! 一万!? 騎士団は五百しかいないんだろう!? 全滅じゃないか!」
「私の馬車を用意しろ! すぐに王都へ帰るぞ!」
ロベールが喚き散らすが、ジルベール様は冷徹に切り捨てた。
「無駄だ。吹雪の中で馬車を出せば、格好の餌食になる。……アメリア」
彼は私に向き直り、悲痛な面持ちで私の肩を掴んだ。
「貴様はロベール殿たちを連れて、地下シェルターへ避難しろ。城壁が破られたら、地下通路から森へ逃げるんだ」
「ジルベール様は?」
「俺は残る。……ここで食い止めなければ、領民が死ぬ」
彼の目は覚悟を決めていた。死ぬ気だ。
たった五百の兵で一万の波を受け止めれば、どうなるか。それは戦いではない。時間稼ぎという名の自殺だ。
私の作った温泉も、温室も、あのかわいいスライム・マットレスも、すべて魔物に踏み荒らされ、瓦礫の山と化すだろう。
プツン。
私の頭の中で、何かがキレる音がした。
「……お断りします」
「なっ? アメリア、今はわがままを言っている場合じゃ……」
「逃げる? 私が? この私が手塩にかけて整備したインフラを置いて?」
私はジルベール様の手を振り払い、水平器を構えた。
「冗談じゃありません。ここは私の現場です。許可なき立ち入りも、器物損壊も許しません。不法侵入者は――コンクリート詰めにします」
◆
私は城壁の上に立った。
眼下に広がるのは、雪に覆われたなだらかな平原。その向こうから、地平線を黒く染める魔物の群れが押し寄せてくる。
地鳴りが響く。おぞましい咆哮が風に乗って聞こえてくる。
「アメリア様! ここで何を!? 早く避難を!」
騎士たちが叫ぶが、私は無視して平原を見下ろした。
広い。遮蔽物がない。これでは敵は広がり放題、数に任せて包囲してくるだけだ。
ならば。
(敵の動線を限定しましょう)
私は両手を広げ、魔力を大地に注ぎ込んだ。
イメージするのは、前世で遊んだタワーディフェンスゲームの「迷路」と、治水工事の「導流堤」。
「大規模地形操作――開始!」
ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が悲鳴を上げた。
魔物の群れの手前、平原の土が一斉に隆起する。
「な、なんだ!?」
「山ができたぞ!?」
私が作ったのは山ではない。「壁」だ。
高さ十メートル、厚さ三メートルの巨大な土壁が、幾重にも折り重なるように出現し、平原を巨大な「迷路」へと変貌させたのだ。
「敵の進路を三本のルートに絞り込みました! あそこが『キルゾーン(殺傷区域)』です!」
私は呆然とするジルベール様と騎士団に向かって叫んだ。
「魔物は壁を登れません! 必ず隙間の通路に殺到します! 騎士団は壁の上から、通路に密集した敵を攻撃してください! 一方的に撃ち下ろせます!」
そう、これは工事現場の「動線管理」と同じだ。
危険な重機(魔物)は、決められたルート以外通行させない。
「……くっ、全軍! アメリア嬢の作った壁の上に展開せよ! 通路に入ってきた敵を狙い撃て!」
ジルベール様の判断は速かった。
騎士たちが壁の上へ走る。そこは私が「手すり付き」で整備しておいた安全な高台だ。
魔物たちが壁に到達した。
案の定、奴らは壁に阻まれ、開いている通路へと雪崩れ込む。
狭い通路に密集した魔物は、ただの的だった。
「撃てぇぇぇっ!」
矢の雨と魔法が降り注ぐ。
魔物たちは逃げ場もなく、次々と倒れていく。反撃しようにも、高い壁の上にいる騎士には手が届かない。
「ギャオオオッ!」
大型のトロールが、壁を破壊しようと棍棒を振り上げる。
「させませんよ。『緊急硬化』!」
私が指を弾くと、トロールが殴った瞬間に壁が金属並みに硬化する。
ガキンッ! という音と共に、逆に棍棒が折れた。
「さらに――『沼地生成』!」
通路の床を泥沼に変える。
足を取られて転倒する魔物たち。そこへ騎士たちが容赦なく槍を突き下ろす。
一方的ゲームだ。
「す、すげぇ……」
「俺たち、無傷だぞ……?」
「ただの殺戮ショーじゃないか……」
騎士たちのそんな声が聞こえるが、私は止まらない。
現場監督は忙しいのだ。
「あっちの壁、耐久度が落ちてます! 補修します!」
「そこの窪み、死体が詰まってますね。埋め立てて平らにします!」
私は戦場全体を俯瞰し、リアルタイムで地形をメンテナンスし続けた。
これぞ、土魔法による戦場支配。
やがて。
一万いたはずの魔物の群れは、城壁にたどり着くことすらなく、私の作った迷路の中で全滅した。
◆
戦いが終わった。
夕焼けに染まる平原には、魔物の死体が山積みになっていたが、それらは私がすぐに土中に埋めて「堆肥」にする予定だ。来年の畑はよく育つだろう。
私は城壁の上で、へたりと座り込んだ。
「ふぅ……。工期(戦闘時間)二時間。残業なしで終わりましたね」
魔力は空っぽだった。流石に広範囲の地形操作は疲れる。
そこへ、カツカツと足音が近づいてきた。
ジルベール様だ。
彼は返り血で軍服を汚していたが、その表情は晴れやかだった。
「……信じられん。怪我人は数名、死者はゼロだ」
彼は私の前に跪き、視線を合わせた。
その瞳には、今まで見たことのない強い光――畏敬と、情熱が宿っていた。
「アメリア。俺は今日、貴様を守るつもりでいた」
彼の手が伸びてきて、私の頬に触れた。
親指の腹が、優しく泥汚れを拭う。
「だが、守られたのは俺たちの方だ。……貴様は、本当にすごい」
「た、ただの地形利用ですよ。孫子の兵法にもありますし」
「謙遜するな。これは、貴様にしかできない奇跡だ」
ジルベール様がいきなり私を抱きしめた。
ぎゅっと、強く。心音が伝わるほどに。
血と汗の匂いがするけれど、不思議と嫌ではなかった。むしろ、生きているという温かさに安堵する。
「……ありがとう。君がいてくれて、本当によかった」
耳元で囁かれた感謝の言葉に、私は今日一番の赤面をした。
やめてください、そんな素直にデレられると、心臓の耐久設計が持ちません。
「……あー! 汚い! アメリア嬢、離れなさい!」
そんな感動的な空気をぶち壊すように、地下シェルターから這い出してきたロベールが叫んだ。
彼は無傷の私たちを見て、信じられないという顔をしている。
「魔物は!? 一万匹いたんだろう!? なぜ生きている!」
「全滅させましたから」
「はぁ!? 嘘をつくな! そんなこと……」
ロベールが城壁から下を覗き込み、言葉を失った。
そこには、綺麗に整地された(埋め立て済みの)平原と、うずたかく積まれた魔石の山があるだけだったからだ。
「……化け物め」
ロベールがポツリと呟いた言葉は、私に向けられたものだった。
恐怖と嫌悪。
王都で向けられたものと同じ視線。
けれど、今は違う。
「化け物ではない。俺の誇り高い婚約者だ」
ジルベール様が私を背にかばい、ロベールを鋭く睨みつけた。
その背中の、なんと頼もしいことか。
私は彼のコートの裾をきゅっと掴んだ。
ああ、やっぱりこの場所(現場)が好きだ。
王都がどう思おうと、私はここで、彼と一緒に生きていこう。
そう決意した矢先だった。
「へ、辺境伯閣下! 大変です!」
通信兵が血相を変えて走ってきた。
「王都より緊急連絡! ……王太子ジェラルド殿下が、こちらへ向かっているそうです!」
「……は?」
私たち全員の声が重なった。
「『アメリアを迎えに行く』と……国軍を引き連れて、進軍中です!」
ロベールが「助けが来た!」と喜ぶ横で、私とジルベール様は顔を見合わせた。
迎えに来る? 今さら?
しかも軍を連れて?
「……どうやら、ただの里帰りではなさそうだな」
「ええ。これは『強制連行』ですね」
私の作ったインフラ目当てか、それともプライドのためか。
どちらにせよ、私の平穏なスローライフ(土木工事)を邪魔するなら、容赦はしない。
「迎撃準備をしましょう、ジルベール様」
「ああ。俺の領地と女に手を出した代償、高くつくぞ」




