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王都を追われた土魔法使い、辺境を開拓せんとす  作者: 秋月 もみじ


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第6話 温泉発掘と氷の辺境伯の融解


「……おい、ここは何だ? 本当にあの貧乏な辺境伯領か?」


 馬車の窓から顔を出した男――宰相の三男、ロベールが呆けた声を上げた。


 ここは城の裏手、かつては岩と雪しかなかった荒れ地。

 しかし今、そこには湯煙が立ち上る、極上のリゾート空間が広がっていた。


 私が土魔法で削り出した、風流な黒曜石のゲート。

 その奥に見えるのは、ガラス張りの温室ドームと、高級石材をふんだんに使った三階建ての宿泊施設。

 名付けて、辺境天然温泉『雪月花せつげつか』である。


「ようこそお越しくださいました、ロベール様」


 私はゲートの前で、丁寧にお辞儀をした。

 かつて私を「泥人形」と呼んで笑った男に対し、あくまで優雅に、商売人としての笑みを貼り付ける。


「ふん……追放されたと聞いていたが、妙に小綺麗な格好をしているじゃないか」


 ロベールは鼻を鳴らし、取り巻きたちと共に馬車から降りた。

 彼らは分厚い毛皮を着込んでいるが、それでも北の寒風にガチガチと震えている。


「父上が『辺境で妙な熱源反応がある、反乱の兆しかも知れんから見てこい』と言うから来てやったが……なんだこの湯気は。硫黄臭いな」

「こちらは『温泉』という、地熱で温められた湧き水ですわ。旅の疲れを癒やすには最適かと」

「野蛮な! 湯など沸かせばいいだろう。これだから田舎は……ハックション!」


 ロベールが盛大にくしゃみをした。鼻水が凍りそうだ。

 ジルベール様が私の後ろで、剣の柄に手をかけて殺気を放っている。

 抑えて、ジルベール様。ここは暴力ではなく、文明の利器で殴る場面です。


「まあ、外でお話もなんですわ。まずは中へどうぞ。……温かいですよ?」


 私が手招きすると、彼らは「仕方ないな」という顔で、私の作った旅館へと足を踏み入れた。


 その瞬間。


「――っ!?」


 ロベールたちの動きが止まった。

 扉一枚隔てた向こう側は、別世界だった。

 玄関ホールには、ほのかな暖かさが満ちている。魔石ボイラーによる全館集中暖房システムが稼働しているからだ。


「な、なんだこれは……温かい? 火がないのに?」

「どうぞ、靴をお脱ぎください。床も温めてありますので」


 彼らが恐る恐るブーツを脱ぎ、スリッパに足を滑らせると、今度は「おおっ……」と恍惚のため息が漏れた。

 ふふん。私の最高傑作、スライム配合の低反発スリッパの威力はどうですか。


「部屋をご用意しております。お荷物を置いて、まずは大浴場へどうぞ」


 ◆


 一時間後。

 男たちの高圧的な態度は、完全に消滅していた。


「……あぁ〜……極楽だぁ……」

「信じられん……外は雪景色なのに、湯の中は春のようだ……」

「おい、背中を流してくれ。この石鹸、すごく泡立ちがいいぞ」


 私は男湯の脱衣所(の壁に仕掛けた集音パイプ)から聞こえる声を盗み聞きし、ガッツポーズをした。

 勝利だ。

 岩盤をくり抜いて作った露天風呂。

 源泉かけ流しの豊富な湯量。

 そして、キンキンに冷えたフルーツ牛乳(温室栽培の果物使用)のコンボに勝てる人類はいない。


 ロベールたちは、ふやけた顔で大広間に出てきた。

 彼らが着ているのは、私がデザインした「浴衣」だ。最初は「こんなペラペラな布」と馬鹿にしていたが、館内が暖かいので快適なことに気づいたらしい。


「アメリア……嬢、だったか」


 ロベールが、湯上がりで赤い顔をして私を呼んだ。

 その声には、かつての蔑みは消え、代わりに媚びへつらうような響きが混じっていた。


「素晴らしい施設だ。王都にもこれほどのスパはない。……ここを、我が家の別荘として買い上げてもいいぞ?」


 出た。

 権力者の「お買い上げ」宣言。安値で奪い取る常套手段だ。

 だが、その手には乗らない。


「お戯れを。ここは辺境伯領の重要な防衛拠点(という建前の保養所)です。売却はできません」

「む……ならば、長期滞在を希望する! 一ヶ月……いや、冬の間ずっとだ!」

「構いませんよ」


 私はニッコリと笑い、用意していた羊皮紙を差し出した。


「こちら、宿泊プランのお見積もりです。一泊につき金貨五枚。冬季特別価格となっております」

「金貨五枚!? 王都の超高級ホテルより高いぞ!」

「ですが、ここには王都にはない『温かいトイレ』と『毎日入れるお風呂』、そして『新鮮な野菜料理』があります。……お嫌なら、今すぐあの吹雪の中をお帰りいただいても?」


 私が窓の外を指差すと、猛吹雪がゴーゴーと音を立てていた。

 ロベールは青ざめ、そして悔しそうに、しかし縋るようにペンを取った。


「……わ、わかった。払う。父上のツケでな!」

「毎度あり! あ、追加のマッサージは別料金になりますので!」


 契約成立。

 これで当面の開発資金(外貨)は確保できた。

 ざまぁみろ、とは言わない。彼らはこれから私の資金源として、たっぷりと搾り取らせていただくのだから。


 ◆


 夜も更けた頃。

 客たちが寝静まった後、私はこっそりと裏庭へ出た。

 そこには、私専用の小さな「足湯」スペースがある。


「……ふぅ。疲れました」


 湯に足を浸すと、じんわりと熱が伝わってくる。

 接客スマイルで強張っていた頬が緩む。

 今日は頑張った。土木屋なのに、なんで女将みたいなことをしているんだろう。


「ここにいたか」


 背後から低い声。

 振り返ると、ジルベール様が立っていた。

 彼もまた、執務用の軍服を脱ぎ、ラフなシャツ姿だ。


「お疲れ様です、ジルベール様。ロベールたちは大人しくなりましたよ」

「……ああ。骨抜きにされていたな」


 彼は呆れたように肩をすくめ、私の隣にドカリと腰を下ろした。

 そして、躊躇なくブーツを脱ぎ、靴下を脱ぎ、私と同じ湯に大きな足を浸した。


 ザブッ。

 湯が波打ち、私と彼の足先が水中で触れ合った。


「っ……」


 私がびくりと足を引こうとすると、

「逃げるな」

 と、低い声で制された。


「……貴様のおかげで、厄介な視察団も、俺たちの金づるに変わったわけだ」

「ええ。彼ら、王都の下水事情に相当参っていたみたいですから。清潔で温かい場所なら、いくらでも金を出すでしょう」

「頼もしいな、俺の婚約者は」


 ジルベール様が、隣でくつくつと笑った。

 月明かりに照らされたその横顔は、昼間の「氷の辺境伯」とは別人のように穏やかだ。


「だが、無理をするな。あの男たちが貴様を見る目……不愉快だった」

「え?」

「貴様は俺の……俺たちの、大事な女神だ。あんな俗物どもに愛想を振りまく必要はない」


 彼は湯から足を出した私の方を向き、置いてあったタオルを取った。

 そして。


「じっとしていろ」


 そう言って、私の濡れた足を、彼の手が包み込んだ。

 ゴツゴツとした大きな手。剣だこで硬い指先。

 それが、壊れ物を扱うように優しく、私の足についた水滴を拭き取っていく。


「じ、ジルベール様!? そんな、辺境伯様に足を拭かせるなんて!」

「構わん。貴様は俺たちに温もりをくれた。……これくらい、させてくれ」


 彼は私の足首を掴んだまま、じっと私の目を見上げた。

 その瞳は、もう氷ではない。

 この温泉よりも熱い、融解した感情が揺らめいている。


「アメリア。……この冬が終わっても、ここにいてくれるか?」


 その問いかけはずるい。

 契約上の婚約者に対する言葉の温度を超えている。


「……工事、まだ終わっていませんから」


 私が精一杯の照れ隠しで答えると、彼は満足そうに目を細めた。


「そうか。なら、もっと仕事リクエストを増やさないとな」


 私の足を拭き終えた彼は、愛おしそうに私の手に口づけを落とした。

 手の甲ではなく、指先に。


 私の顔から湯気が出たのは、温泉のせいだけではないはずだ。

 氷の辺境伯様、完全に溶けてます。デレデレです。

 これじゃあ、契約更新(結婚)待ったなしじゃないですか……!

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