第5話 勘違いされる「国造りの女神」
「……あー、やっぱりこれ、すごい熱量ですね」
私は、テーブルの上に置かれた赤い宝石を火箸でつついた。
拳大の大きさしかないその石は、ゆらゆらと陽炎を立たせ、周囲の空気を灼熱に変えている。私の執務室(リフォーム済み)の窓ガラスが割れたのは、この急激な温度差による熱割れだった。
「『あー、やっぱり』ではない! アメリア、貴様わかっているのか!? それは『火竜の心臓』だぞ!?」
ジルベール様が、珍しく声を荒らげていた。
彼は頭を抱え、信じられないものを見る目で私と石を交互に見ている。
「伝説級の魔道具素材だ。市場に出せば城が三つ建つ。王家の宝物庫にだって、これより小さな欠片しかないはずだ。なんでそんなものが、そこの温泉掘削現場から出てくるんだ……!」
「地層的に、昔ここは火山の火口だったのかもしれませんね」
私は冷静に分析した。
城が三つ建つ? ふうん、すごい。
でも、換金するには王都の市場に行かなければならないし、そんなことをすれば間違いなく王家に没収される。
ならば、使い道は一つだ。
「ちょうどいい熱源が手に入りました」
「ボイラー?」
「はい。この領地の弱点は『寒さ』で農作物が育たないこと。ですが、この石の熱を循環させれば、真冬でも春野菜が作れます」
私は窓の外、荒涼とした荒れ地を指差した。
「作りましょう、全天候型・温室栽培農場を」
◆
私の辞書に「不可能」の文字はない。あるのは「工期」と「予算」だけだ。
今回は材料費ゼロ(現地調達)なので、実質やり放題である。
私は城の裏手の広大な更地に立った。
「まずは、農業用水路の整備から!」
土魔法で地面を隆起させ、川から水を引くための水路を作る。
水漏れを防ぐために内側をセラミック化し、等間隔に水門を設置。
「次は、防風壁!」
北風を遮るため、高さ五メートルの石壁を屏風状に展開。
さらに、透明度の高い石英質の砂を熱で溶解・板状に加工し、巨大なガラスのドーム建設。
「仕上げに、中央に『火竜の心臓』を設置して、熱交換パイプを地中に這わせれば……」
完成。
外は吹雪でも、ドーム内は常に気温二十五度の常春パラダイス。
「……できた」
私が額の汗を拭うと、背後で見ていた農民たちが、ポカンと口を開けていた。
鍬を取り落としている者もいる。
「さあ皆さん! これでトマトもキュウリも育て放題ですよ! 二期作も夢じゃありません!」
私が振り返って満面の笑みで告げると、農民たちは一斉に地面に平伏した。
「おお……女神様……豊穣の女神アメリア様……!」
「冬に種が蒔けるなんて……こんな奇跡が……!」
「アメリア様万歳! ヴァルシュタイン領万歳!」
拝まれた。
違うんです、私はただ、シミュレーションゲーム感覚で「食料自給率ゲージ」を緑色にしたかっただけなんです。神格化しないでください。
けれど、そんなお祭り騒ぎの中、一人だけ顔色の悪い人物がいた。
「…………」
ジルベール様だ。
彼は完成した巨大温室を見上げ、幽鬼のように立ち尽くしていた。
目の下のクマが濃い。頬もこけている気がする。
「ジルベール様? 顔色が優れませんが」
「……いや。貴様が数時間で……国の食料事情を解決してしまったのを見て……少し、目眩が」
彼はふらりとよろめいた。
慌てて私が支える。重い。熱い。
筋肉の鎧に隠れているが、体は悲鳴を上げているようだった。
「働きすぎです! 最後にちゃんと寝たのはいつですか?」
「……三日前か? 貴様が次々と規格外のものを生み出すから、その対応と警備計画、王都への隠蔽工作で寝る暇がないんだ……」
あ。
私のせいだった。
良かれと思ってインフラを整えていたが、その管理をする領主(管理者)のキャパシティを考慮していなかった。これではブラック企業の現場監督と同じだ。
「申し訳ありません……。私が張り切りすぎました」
「いや、いいんだ。領民のためだ。俺の身など……」
「よくありません!」
私は彼の腕を強引に引き、城へと歩き出した。
「ジルベール様、緊急メンテナンスを行います」
「メンテ? どこか壊れたのか?」
「ええ、貴方自身です。……寝室へ案内してください」
◆
案内されたジルベール様の寝室は、予想通りひどいものだった。
執務室と同様に寒く、ベッドはせんべい布団のように硬い。枕に至っては、木の塊に布を巻いただけのような代物だ。
これでは疲れが取れるはずがない。睡眠の質は、仕事の質に直結するのに。
「ここで寝ていたんですか? 拷問部屋ではなくて?」
「戦場に比べれば天国だぞ」
武人の感覚、恐るべし。
私は彼を椅子に座らせ、すぐに「改修工事」に取り掛かった。
「まず遮光! 朝日が眩しいと熟睡できません!」
土魔法で窓枠を改良し、分厚い遮光カーテン(に見える柔軟な石板)を設置。
「次、防音! 廊下の足音をシャットアウト!」
壁に空気層を作り、断熱と防音を兼ねた二重構造に。
「そして最重要項目、寝具!」
私は廊下で待機させていたスライム入りの壺を持ってきた。
浄化槽に使いきれなかった余りのスライムたちだ。
「『形状加工』!」
私はスライムの核を取り除き(無害化)、そのプニプニした体を細かく発泡させる。
魔法で空気を含ませ、弾力を調整。
イメージするのは、前世で憧れていた高級ブランドの「低反発ウレタンマットレス」。
出来上がったのは、体圧を完璧に分散し、雲の上にいるような寝心地を提供する、特製スライム・マットレスだ。
「さあ、寝てください」
「……これがベッドか? 生き物じゃないのか?」
「いいから! 一度横になればわかります!」
私は躊躇する彼を半ば無理やり押し倒した。
ジルベール様の巨体が、ふわりとマットレスに沈み込む。
「……!」
彼の目が大きく見開かれた。
背中を包み込むような柔らかさ。しかし沈み込みすぎず、適度な反発力で体を支える安定感。
「なんだ、これは……体が、浮いているようだ……」
「人間工学に基づいた設計です。さあ、そのまま目を閉じて」
私は布団(中綿に空気層を含ませた保温仕様)を彼の方まで引き上げた。
ジルベール様は抵抗しようとしたが、睡魔には勝てなかったらしい。
数秒もしないうちに、彼の呼吸は深く、規則正しいものに変わった。
◆
翌朝。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
私は様子を見るために、ジルベール様の寝室へと向かった。
もう日は高く昇っている。いつもなら夜明け前から鍛錬をしている彼にしては珍しい。
そっとドアを開ける。
遮光カーテンの隙間から、一筋の光が差し込んでいた。
「……ん……」
ベッドの上で、ジルベール様が身じろぎした。
そして、ゆっくりと目を開ける。
彼は天井を見つめ、自分がどこにいるのか確認するように瞬きをし、それから――。
ふわり、と笑った。
いつもの眉間のシワがない。
殺気立った威圧感もない。
ただ、よく眠れた子供のような、無防備で穏やかな、心からの笑顔。
「……よく寝た……」
その独り言と共にこぼれた微笑みは、窓から差し込む朝日よりも眩しかった。
ドキン。
私の心臓が、変な音を立てた。
熱い。執務室の窓ガラスのように、私が熱割れを起こしそうだ。
やだ、何この人。
笑うと反則級に格好いいじゃないですか。
「……あ、アメリアか?」
私の気配に気づき、ジルベール様が体を起こす。
寝癖がついている。かわいい。
彼は私がいることに気づくと、慌てて取り繕おうとしたが、その表情はまだ緩みっぱなしだった。
「すまない、寝過ごした……。こんなに深く眠ったのは、子供の頃以来だ」
「……そ、それは良かったです。機能テストは合格ですね」
私は顔が赤くなるのを隠すように、早口で言った。
「その笑顔が報酬ということで、手を打ちます」
「笑顔? 俺が笑っていたか?」
「はい。すごく……その、いい顔でしたよ」
私がボソリと言うと、ジルベール様も耳まで赤くして、口元を手で覆った。
沈黙。
けれど、それは気まずいものではなく、甘く温かい空気が流れる沈黙だった。
インフラも整った。食料も確保した。領主様の体力も回復させた。
順風満帆だ。
……そう、この時は思っていたのだ。
まさか、私の掘り当てた「温泉」が、王都の貴族たちを引き寄せる「甘い蜜」になるとは、まだ知らずに。




