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王都を追われた土魔法使い、辺境を開拓せんとす  作者: 秋月 もみじ


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第4話 上下水道革命と、王都の異変


「……臭いますね」


 私がハンカチで鼻を覆うと、隣を歩くジルベール様が気まずそうに視線を逸らした。


「すまない。下町ダウンタウンは排水設備が整っていないんだ。冬は凍結して誤魔化せているが、少し暖かくなるとこの有様だ」


 執務室のリフォーム(断熱・床暖房完備)を終えた私は、次なる現場視察のために城下町へ降りていた。

 そこで直面したのは、鼻が曲がりそうな悪臭と、絶望的な光景だった。


 道の端には汚水が溢れ、泥と混じって淀んでいる。

 井戸には長い行列ができているが、汲み上げられる水は茶色く濁っていた。

 子供たちは裸足で汚泥の中を走り回り、大人たちは疲れ切った顔でその日暮らしの水を運んでいる。


「これでは、疫病が発生するのは時間の問題です」


 私は眉をひそめた。

 土木屋として、看過できないレベルだ。

 衣食住の「住」において、最も優先すべきは屋根ではない。「水」と「排泄」の管理だ。これが崩れれば文明は死ぬ。


「井戸を掘り直す予算もなくてな……。とりあえず、騎士団に水を運ばせているが」

「対処療法ですね。根本解決しましょう」


 私は腕まくりをした。

 やるべきことは明確だ。


「上下水道の完全整備。および、スライム式浄化槽バイオプラントの設置です」

「……なんだそれは?」


 ◆


 工事は、領民たちの悲鳴から始まった。


「ひぃぃっ! 魔法使いだ! 土魔法の魔女だ!」

「地面が揺れてるぞ! 俺たちを生き埋めにする気か!?」


 私が広場の中央で地面に手を突き刺すと、遠巻きに見ていた人々がパニックになった。

 無理もない。貴族の令嬢が、いきなりド派手な地鳴りを起こしているのだから。


 私は構わず、脳内の設計図(CADデータ)を展開する。


(対象エリア、城下町全域)

(第一工程、地下五メートルに上水道本管を敷設。第二工程、地下三メートルに下水道管を敷設)


 今回のポイントは「勾配」だ。

 水は高いところから低いところへ流れる。この街は緩やかな傾斜地にあるため、自然流下を利用できる。


「『配管生成パイピング』!」


 ズゴゴゴゴ……!

 地面の下を、私がイメージした土のチューブが蛇のように走る。

 ただの土ではない。魔力でケイ素成分を結晶化させ、内面をガラスのようにツルツルに加工した「陶管」だ。これなら汚物が詰まることもないし、水漏れもしない。


「ジルベール様、あちらの木箱をお願いします!」

「あ、ああ。これか?」


 ジルベール様が、事前に森で捕獲しておいた「あるもの」が入った箱を持ってくる。

 中身は、プルプルと震える緑色のゼリー状生物。

 下級魔物、グリーンスライムだ。


 箱を開けた瞬間、ジルベール様が反射的に剣の柄に手をかけた。


「アメリア、下がれ! 魔物だ!」

「斬っちゃダメです! 彼らは大事な従業員スタッフなんですから!」

「従業員……? この粘液質の塊がか?」


 私はスライムをのぞき込んだ。

 彼らは雑食性で、特に腐敗した有機物を好んで分解する性質がある。王都では駆除対象だが、私にとっては最高のエコシステムだ。


「彼らを下水道の終末処理場に住まわせます。流れてきた汚水をスライムたちが食べて分解し、綺麗な水に戻して川へ返す。これぞ『スライム活性汚泥法』です!」


 私は巨大な地下空洞(浄化槽)を作り、そこにスライムたちを投入した。

 彼らは新居が気に入ったのか、嬉しそうにポヨンポヨンと跳ねている。可愛い。


「よし、インフラ(配管)は繋がりました。あとは水源ですが……」


 私は街の背後にそびえる岩山を見上げた。

 あそこには綺麗な雪解け水が流れる地下水脈があるはずだ。


「『掘削ボーリング』!」


 ドシュッ!!

 岩山の中腹から、間欠泉のように水が噴き出した。

 それを空中でキャッチし、土魔法で作った「高架水槽(給水塔)」へと誘導する。

 高さ二十メートルの塔から落ちる水圧を利用すれば、電力なしでも各家庭の蛇口から水が出る。


「さあ、通水テストです!」


 私が広場に設置した公共の水飲み場の蛇口(石製)をひねる。


 シュゴォォ……ボコッ。

 最初は空気の抜ける音がして、次に。


 ジャーーーーーッ!


 勢いよく、透明で冷たい水がほとばしった。

 泥水ではない。クリスタルのように澄んだ水だ。


「……水だ」

「おい見ろよ、透き通ってるぞ!」


 恐る恐る近づいてきた子供の一人が、指先で水に触れ、そして口に含んだ。

 その目が大きく見開かれる。


「あめぇ! 母ちゃん、この水、甘くて冷てぇよ!」


 その声を合図に、人々が殺到した。

 我先にと水を汲み、顔を洗い、そして飲み干す。

 あちこちで「うまい」「生き返る」という歓声が上がり、泣き出す老人までいた。


 領民たちは、水に濡れるのも構わず、私に向かって平伏し始めた。


「あ、ありがとうございます……!」

「魔法使い様……いや、水の女神様だ!」

「バンザイ! 辺境伯様、アメリア様、バンザイ!」


 土魔法を怖がっていた彼らが、今は泥だらけになって感謝を叫んでいる。

 私は照れくさくなって、頬をかいた。


「大げさですね。ただの水道工事ですのに」

「……大げさなものか」


 ジルベール様が、私の肩に大きな手を置いた。

 彼もまた、蛇口から出る水を見つめている。その横顔は、いつになく優しかった。


「水は命だ。貴様は今日、この領地の寿命を百年延ばしたんだ。……誇っていい」

「ジルベール様……」


 褒められた。

 王都では「泥臭い」と罵られたこの手で、何かを守れたのだろうか。

 胸の奥が、床暖房よりも温かくなった気がした。


 ◆


 その日の夕方。

 工事の成功を祝って、ささやかな宴が開かれた。

 そこへ、一台の馬車が転がり込むように到着した。


「た、助かったぁ……ここは天国か!?」


 馬車から降りてきたのは、小太りの行商人だった。

 彼は広場の噴水を見るなり駆け寄り、ガブガブと水を飲んだ。


「どうしました? まるで砂漠から来たみたいですね」


 私が声をかけると、商人は青ざめた顔で振り返った。


「砂漠の方がマシですよ! 俺は王都から逃げてきたんですがね……あそこは今、地獄ですよ」

「地獄?」

「ええ。数日前から、急に街中の排水溝が詰まって逆流し始めたんです。下水が溢れて、道はクソまみれ。貴族街の屋敷でもトイレが流れなくなって、パニックになってまさぁ!」


 商人の言葉に、私は「あちゃー」と天を仰いだ。

 やっぱり。

 王都の下水道は勾配が緩く、定期的に私が土魔法で圧力をかけて押し流さないと、すぐに堆積物が詰まる構造なのだ。


「おまけに、王城の壁にヒビが入ったとかで、大騒ぎですよ。聖女様が祈祷してるらしいですが、一向に直らないそうで……」


 それも知っている。

 あそこの地盤は弱い。私が毎週、地下から基礎を締め固めていたから保っていただけだ。


「へぇ……それは大変ですね(棒読み)」


 私は冷めた紅茶を啜った。

 ジルベール様が呆れたように私を見る。


「……アメリア。貴様、王都で一体何をしていたんだ?」

「何も? ただの『地味な土魔法使い』ですよ。今はもう、無関係な他人事ですけどね」


 私はニッコリと微笑んだ。

 ざまぁみろ、なんて品のないことは言わない。

 ただ、物理法則は嘘をつかないというだけのことだ。メンテナンスを軽視した組織は滅びる。それは国家も建物も同じこと。


 さあ、王都が汚物(自業自得)に沈んでいく間に、私たちはこの街をもっとピカピカに磨き上げましょうか!

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