9 初めての手紙
旧ローゼンタール邸の朝。まだ湯気の立つ朝食の最中、侯国の伝令が駆け込んできた。
「王女殿下からのお手紙です!」
差し出された封筒には、しっかりとオクタヴィアの紋章が押されている。
アウレリウスは受け取った瞬間、手が小刻みに震えた。
「……え、もう?」
まだ返事を書いていないのに。まるで自分の行動を先回りするかのような速さだった。
封を切ると、端正な筆跡の中に、毒舌を微笑みに包んだ言葉が並んでいる。最後の一文にはさらりと「返事を楽しみにしているわ」とあった。
「ど、どうしよう……!」
彼は顔を真っ赤にして半泣きになり、机に突っ伏す。エドワードとクレメンスは視線を交わし、肩を震わせて笑いを堪えていた。
◇◇◇
その日の午前、一行は市場へ。陽気な呼び声と香辛料の匂い、見慣れぬ果物や織物に溢れている。
「ここは王都とはまるで違うな」
エドワードが目を輝かせ、クレメンスが得意げに解説を添える。
やがて宝飾店の一角で、アウレリウスは足を止めた。
レース状に編まれた絹糸に、小さな空色の宝石を散りばめたつけ襟。中央の大粒の宝石は、まるでオクタヴィアの瞳のように冷ややかな青を放っていた。
「……もしこれを贈ったら」
その首元を飾る姿を思い浮かべ、急に胸が熱くなる。耳まで赤く染まり、彼は視線を逸らした。
◇◇◇
夜、書斎の机にそのつけ襟を置き、アウレリウスは震える手でペンを取った。
書き直しを繰り返しながらも、ようやく言葉を綴る。
『こちらアルトフェンは陽気な人々と鮮やかな市場、そして先進的な法制度に満ちた町です。殿下がこの地をご覧になれば、きっと驚かれることでしょう。
この国の工芸品のひとつを、殿下にお送りいたします。お似合いになれば幸いです』
最後は無難な一文で締めくくった。
『殿下のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます』
書き上げた手紙とつけ襟を封筒に収めると、深く息を吐く。
「……やっと終わった」
けれど胸の奥には不安が残る。あの方は、これを見てどんな顔をするだろうか――。




