55 お忍びデート
一同は、戦後処理のために侯国に戻った。
そこで、一日だけ休暇日を設けることにしたのである。
「お忍びデート」という言葉に、アウレリウスの耳が真っ赤になる。
けれど護衛にぐるりと囲まれた隊列では、どう見てもお忍びには見えなかった。
オクタヴィアは侯国の平民服を着ていたが、それでも彼女はオクタヴィアだった。立ち居振る舞いの一つ一つが気品に満ち、通りの人々が無意識に道を空ける。
「小説で読んだのよ。姫と騎士の物語。お忍びのデート、一度やってみたかったのだけど……」
「……デート、ですか」
アウレリウスの声が小さくなる。
予定通りの店、予定通りの席、予定通りの宝飾店──完全に護衛たちの手の中で進む「お忍びデート」に、オクタヴィアは時折ふふっと笑った。
「思ってたのと、だいぶ違うわね」
彼女がそう言った時の、素直な笑顔があまりに可愛らしくて、アウレリウスは視線を逸らした。
最後に立ち寄ったのは、市門の時計台だった。
「この国に来てすぐに送った手紙、覚えてる?」
オクタヴィアは少し照れくさそうに尋ねた。
「時計台のことが書いてあった手紙ですか?」
「そう。わたくしの好きな小説に出てくるの。お姫様と、お姫様の騎士が、数々の困難を乗り越えて──最後にここで、騎士がお姫様を抱き上げて『わたしだけのお姫様になってください』って言うの」
耳まで赤くしながらオクタヴィアは続けた。
「わたくしが恋愛小説を読むなんて意外でしょ。……似合わないって知ってるわ」
その瞬間、アウレリウスは彼女の腰に手を回し、ぐっと高く抱き上げた。
「きゃあっ!? え、ちょっと!」
「オクタヴィア殿下……いえ、オクタヴィア。わたしだけのお姫様になっていただけますか」
空色の瞳に涙がにじむ。
「えぇ……えぇ、もちろんいいわ!」
アウレリウスは彼女を抱えたまま、その場でぐるりと回る。
「やめてよ! あははは!」
オクタヴィアは、普通の女の子みたいに大きな声で笑っていた。




