50 白き契約の会
高い天井、古代の文様が刻まれた壁に淡い光が揺れる宮殿の広間。
ローブを纏ったヨハンが一歩前に進み出て、低くしかしよく通る声で語り始めた。
「王国――美しき王国よ。我らが敬愛する王族たちよ。古代の魔術の聖地を受け継ぎし、あの大魔術研究所を神聖なるままに守り続けるあなた方こそ、我ら“白き契約の会”がひれ伏す唯一の存在なのです」
その声は次第に熱を帯び、目元はローブの陰に隠れているというのに、激情がほとばしっていた。
「だというのに! あの下卑たヴァルハラ帝国が、敬愛すべきエドワード殿下を害そうとし、さらにはオクタヴィア殿下を――っ!」
ヨハンの拳が高らかに振り上げられた。
白き契約の会の面々も口々に憤りを漏らし、まるで集会は一瞬で神聖な怒りの場と化したようだった。
「我らはずっと、静かに、誰にも迷惑をかけぬよう、ただ古代の魔術を守るためだけに生きてきました。しかし――もう我慢ならぬ!」
王国の者ですらここまで言うことはないだろう。アウレリウスは内心でそう思い、オクタヴィアは薄く笑みを浮かべた。
ヨハンがなおも熱弁を続けようとした瞬間、オクタヴィアが一歩進み出た。
「――わかりました、ヨハン。お気持ちは痛いほど理解しました」
彼女の声は凛と澄んでいて、それだけで場が静まった。
「では、計画の詳細を話しましょう。帝国に対して、王国と侯国、そして白き契約の会がどう動くか。ここからが本題です」
オクタヴィアの瞳が強い光を宿し、会議の空気が一気に現実的な戦略の場へと切り替わった。
◇◇◇
白き契約の会の集会所――時空の歪みにある神秘的な宮殿の大広間。
オクタヴィアを中心に、アウレリウス、ヨハン、そして白き契約の会の幹部たちが円卓を囲んでいた。
「……状況を整理いたしましょう」
オクタヴィアが淡々と切り出し、場の視線が一斉に彼女に注がれた。
◇◇◇
アウレリウスは静かに彼女の言葉を聞きながら、これまでの調査を思い返していた。
侯国に到着してからずっと続いていた、どこかちぐはぐな帝国の動き。
その調査の中で、たしかに「白き契約の会」という謎の宗教団体の名が何度も出ていた。だが、彼らが表立って何かをしている気配はなく、むしろ静かに、粛々と何かを守っている……そんな印象があった。
――そして、王国の宮殿に残された、今は使われていない不思議な塔。
幼い頃に一度だけ足を踏み入れたことがある。重苦しい空気と、どこか別世界めいた雰囲気だけが記憶に残っていたが、あれは古代の魔術研究所の跡地だと聞かされたことがある。
今こうして白き契約の会が王国に忠誠を誓い、帝国を憎んでいる理由の一端が、あの塔と関係しているのだとしたら……?
アウレリウスの胸に、ひとつの線が結ばれていく予感があった。
◇◇◇
「帝国は侯国を足がかりに王国へ侵攻しようとしています。けれど、私がこうして生きていること、そして白き契約の会が表に出たことで、彼らの計画には綻びが生まれました」
彼女は円卓に地図を広げ、侯国と帝国、そして王国の位置を示す。
「私たちは帝国の補給線を断ち、同時に彼らが利用しようとしている地下組織の動きを封じます。
白き契約の会には古代から伝わる情報網があります。帝国がどのルートで兵を動かそうとしているか、我々なら掴めるはずです」
ヨハンが深くうなずいた。
「我らが王国の聖なる血を守るために、命を懸けよう」




