35 コンスタンティンの回想
王国 コンスタンティンの執務室
開け放たれた窓から風が入り、日よけのために閉めさせたカーテンが一瞬大きくはためいた。
コンスタンティンは書類を読んでいた視線を一度だけ窓に向けた。
◇◇◇
オクタヴィアが侯国を訪れる前のこと。
王国・謁見の間
コンスタンティンの治世になってから整備された、質実剛健な謁見の間。高い天井には王国の象徴たる大鷲が彫刻され、巨大な窓から冬の光が差し込んでいた。
玉座に腰掛けるコンスタンティンは、戦況報告を受けると黙して考え込む。彼の前に並ぶ重臣たちの間で、ただ一人、オクタヴィアだけが顔色を変えていた。
「……帝国が侯国に兵を動かしていると?」
報告官が深く頭を下げると、コンスタンティンはゆるやかに立ち上がり、王者の風格を湛えたまま静かに言葉を継いだ。
「我が王国の騎士団を国境へ送った。辺境騎士団にも協力を要請してある。すぐに国境で待機してくれるだろう」
そこで初めて、オクタヴィアが一歩進み出た。
「お兄様、オクタヴィアは侯国に参ります」
「……は?」
低く響いたコンスタンティンの声とともに、謁見の間の空気が一変する。重苦しい威圧感が広がり、重臣たちは思わず息を呑んだ。
「わたくしの婚約者が、侯国におるのです」
「知っている」
「わたくしの婚約者が、戦禍に巻き込まれても良いと申すのですか?」
コンスタンティンはしばし沈黙し、やがて静かに答えた。
「エドワードもいる。守りは盤石だ。小競り合いにはなるだろうが、死なずに帰ってくるだろう」
そして肩をわずかにすくめ、冷たい声音で続けた。
「正直に言えばな……小さな小競り合いが起こり、侯国の軍事力が役立たぬと分かれば、いっそ侯国を属国にする口実にもなる。小さいが豊かな国だ。今より利が大きい」
「お兄様!」
オクタヴィアの声が鋭く謁見の間を突き抜けた。コンスタンティンは片眉を上げる。
「お前らしくないな」
「やっぱりわたくしは侯国に参ります! わたくしのアウレリウスにかすり傷一つでも負わせたら、お兄様を一生お恨み申し上げますわ! もしくは私が帝国に寝返って、このお兄様の王国をぶっ潰して差し上げます!」
「……正気か」
「わたくしにアウレリウスを与えたのはお兄様です。お兄様の責任です」
コンスタンティンはしばらく妹を見つめ、やがて深く息を吐いて項垂れた。
「わかった。協力しよう。ただし、エドワードにはこれ以上負担をかけるな。それから――お前もかすり傷一つでも負ってくることのないように」
「わたくしにお任せを」
◇◇◇
コンスタンティンは眉間を揉んだ。
王国にはまだ、王女が誘拐された報告は届いていない。




