32 作戦決行
法務庁舎・正面階段
その日、侯国の街は異様なほど静まり返っていた。
本来なら王女の訪問となれば群衆であふれるはずの通りも、人影はまばらだ。侯国政府があえて人出を抑え、短い区間だけを厳戒態勢で封鎖した“即席のパレード”。
石畳を行き交う役人たちの視線の先に、凛然と立つ一人の女性がいた。
オクタヴィア王女。
彼女は、あえて一人きりで石畳の道を進むように見せていた。
淡い空色のドレスに白い手袋。首元には、アウレリウスが贈った繊細なつけ襟が輝いている。
だが、完全に一人というわけではない。
数歩離れた場所に控えるのは、使用人に扮した護衛たち。自然に見える距離を保ちつつ、常に彼女を囲んでいた。
――帝国に狙わせるための囮。
これは侯国と王国が練り上げた危険な作戦だった。
◇◇◇
旧ローゼンタール邸・執務室
エドワードとアウレリウスは、侯国の要請で旧ローゼンタール邸に留め置かれていた。
オクタヴィアが囮になる以上、王弟を一歩も外に出すわけにはいかない――侯国も王国もそう判断していたのだ。
外からは賑やかな音楽も市場の喧噪も一切届かず、ここはまるで宮殿の一角を切り離したような静けさだった。
「……落ち着かないな」
エドワードが小さく呟く。
アウレリウスは窓辺に立ち、侯国軍の兵士たちが邸の周囲を固めるのを見ていた。
「殿下を閉じ込めるのが最善なのは分かっています。でも……」
そこまで言いかけたとき、扉が乱暴に開かれた。
息を切らしたカールが飛び込んできた。
「報告! 法務庁舎が襲撃されました!」
部屋の空気が一瞬にして凍り付く。
エドワードが立ち上がりかけるが、カールが手で制した。
「殿下、侯国軍・竜騎兵団がすでにオクタヴィア殿下をお守りしています。出てはなりません!」
アウレリウスの胸が締め付けられる。




