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31 作戦の決断

法務庁舎・会議室


 重厚な扉が開くと同時に、侯国の法務庁舎の空気が一層引き締まった。

 オクタヴィアが優雅に歩み入り、その後ろにはエドワード、アウレリウス、そして竜騎兵団長ジークフリートと副長エミールが続く。


 出迎えたのは事務次官バルタザール。骸骨のように痩せた頬と鋭い眼光が印象的な男である。彼の後ろには補佐官マティアスが控えており、緊張で背筋を伸ばしていた。


「殿下、法務庁舎へようこそ」

 低い声で告げるバルタザールの声には、一切の感情がなかった。


 オクタヴィアは堂々と頷き、席に着くと、迷いのない視線で一同を見渡した。


「帝国は次の一手を探している。けれど今のままでは王国との戦争を起こす口実が足りない。……だから、わたくしが囮になるわ」


 会議室に沈黙が落ちた。


 エドワードが勢いよく立ち上がる。

「姉上! そんな危険な真似は──」


 だがオクタヴィアは微笑んで、弟の言葉を静かに遮った。

「心配しないで。侯国も、竜騎兵団も、事務次官殿も、すでに覚悟を決めてくださっているわ」


 バルタザールが重々しく頷く。

「殿下の決断を支持いたします。我らはあらゆる警備体制を敷き、決して帝国の思惑どおりにはさせません」


 マティアスは真面目な顔で、手元の書類を整えながら言った。

「作戦の詳細はこれより詰めます。殿下の行動が、敵の動きを炙り出す鍵となるでしょう」


 ジークフリートが地図を広げ、低い声で説明した。

「法務庁舎へ向かうわずか数百メートルの石畳を、殿下に歩んでいただく。その道を狙わせる」

「沿道の市民は意図的に制限し、代わりに兵を紛れ込ませる。護衛は使用人に扮し、自然な距離で殿下を囲む」


 エミールが扇を打ち鳴らす。

「つまり“歓迎パレード”を装いながら、実際には囮。敵は必ず牙を剥くはずですわ」


 オクタヴィアは一同を見渡し、まるで戦場の将のように言い放った。

「結構です。狙わせなさい。必ず仕留めてみせる」


◇◇◇


数刻後、旧ローゼンタール邸・執務室


「殿下。作戦の進行に伴い、旧ローゼンタール邸からの外出は一切お控えください」


 ジークフリートの声は、まるで軍法会議の判決のように冷徹で、揺るぎなかった。

 邸内の警備は倍増し、エドワードは静かに頷いて従った。


 だが、その後ろで立っていたアウレリウスの胸には、重たい鉛のような痛みが落ちていった。


――この作戦の囮になるのは、オクタヴィア殿下だ。


 自分の立場はただの侍従であり、公安組織の一員にすぎない。指示に従うことが仕事だと分かっている。

 しかし、彼女が危険に身を投じることを、黙って見ているしかない。

 守ることさえ許されないのだ。


 アウレリウスは拳を握り締めた。


 俺は、何をしている。

 彼女が狙われると知っていて、ここで何もできずに立っているだけなのか。


「アウル、顔が暗いぞ」

 隣でエドワードが小さく笑ったが、アウレリウスは返せなかった。


 オクタヴィアは、彼の婚約者でありながら、彼の手の届かない場所にいる。

 彼女は王女で、自分はただの侍従。

 そして今、彼女は囮となって敵を引き出そうとしている。


 どうして俺は、彼女の盾にさえなれないんだ。


 その苦しみだけが、胸の中で静かに膨れ上がっていった。


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