3 旧ローゼンタール邸
馬車が止まった先に、赤い屋根と白壁が印象的な邸宅が姿を現した。
玄関には使用人がずらりと並び、厳格そうな執事が一歩前に進み出る。
「エドワード王弟殿下、そしてご一行の皆さま。旧ローゼンタール邸へようこそ。私、執事のクラウスと申します。邸宅のことはすべて、この老いぼれにお任せを」
白髪混じりの頭を深々と下げ、完璧な所作で告げると、使用人一同も揃って首を垂れた。
その声音と立ち姿に思わず背筋が伸びる──が、次の言葉で緊張が緩んだ。
「なお本日は、厨房より“歓迎のシチュー”を振る舞う予定です。……味の保証は料理長次第ですが、食べても倒れた者はこれまでおりませんので、ご安心を」
一瞬の沈黙ののち、誰からともなく小さな笑いがこぼれる。
クラウスの口元がわずかに上がるのを見て、アウレリウスは(あれ、この人……面白い人?)と思った。
続いてメイド長マルタがエプロンを揺らしながら駆け寄る。
「まぁまぁまぁ! ようこそおいでくださいました! さぁお部屋に荷物を置いたら、すぐに温かいお茶とお菓子をお出ししますからね!」
さらに料理人のオットーが豪快に叫んだ。
「腹ぺこだろう? 殿下方! 今日は鹿肉のシチューだ! 肉は昨日しめたばかりだぞ、安心しろ!」
「しめたての安心って……」とクレメンスが困惑顔で呟き、アウレリウスが目を逸らす。
エドワードだけが無言で肩を震わせていた。
大扉が開かれると、邸宅の内部は外観以上に明るく開放的だった。
どこもかしこも磨き上げられ、しんと静まり返った空気に、一行は自然と背筋を伸ばす。
◇◇◇
今回の留学はかなりの大所帯である。
王弟専属近衛騎士団から団長ギルベルト・トフィーネ卿、副団長カールを含む数名の騎士が護衛として同行していた。
エドワードの身の回りの世話には、おっとりとした男性フランツが任命されている。彼はいつもぽやんと笑い、殿下が指示を出す前に自然と必要なものを整えてしまう、不思議な人物だった。
◇◇◇
「……殿下」クラウスが振り返り、重々しい声で言う。
「皆さまが留学生活を終える日まで、邸宅の無事と、皆さまの健康を守ることを、このクラウスが保証いたします」
きっぱりと言い切ったあとで、ほんの一拍置き、
「ただしオットーの料理は保証外ですので、お覚悟を」
と付け加える。
エドワードはとうとう吹き出してしまった。




