22 潜む影
賑やかな笑い声が旧ローゼンタール邸に満ちたその頃。
リューネブルク侯国の港町アルトフェンの外れ、人気のない倉庫の一室。
重たい空気の中で、数人の黒衣の男女が地図を広げていた。
「王国の王弟は、予想以上に警護が厳重だ」
低い声の男が吐き捨てる。
その言葉に、壁際で腕を組んでいた赤毛の女が口の端を上げた。
鮮やかな赤毛は光の少ない室内でもなお燃えるようで、瞳には鋭い光が宿っている。
「だからこそ近づいたのよ。護衛の目をかいくぐってではなく、あえて“正面”からね。王弟サマは純粋だわ。私の言葉を疑うことさえしない。だから彼は——利用しやすいって思ったんだけどね」
赤毛の女――イザベラの言葉に、他の者たちが小さく笑った。
「総督はカンカンだ。それで? 次はどうする」
イザベラは薄い笑みを浮かべ、地図の一角を指で叩いた。
「王弟の警護は強固すぎる。だから王弟そのものを狙うのはやめましょ。友人、護衛、書簡の経路……どこかに必ず綻びはあるはず」
その瞳は、まるで獲物を追う獣のように鋭かった。
◇◇◇
一方、侯国の政府内部でも不穏な噂が流れ始めていた。
ヴァルハラ帝国の商人を装った者たちが、港や交易路で頻繁に目撃されている。
新しく現れた宗教団体「白き契約の会」も、なぜかこの時期に急速に信者を増やしており、裏で何が起きているのか掴めないままだ。
エドワードたちはまだ、この暗い波が自分たちの足元に迫っていることを知らない。




