2 アルトフェン到着
アルトフェン市──リューネブルク侯国の都は、陽気な喧騒に包まれていた。
馬車の窓から差し込む日差しは王都よりもやわらかく、空はどこまでも高い。
「わぁ……見て! アウル。露店がずらりと並んでるよ!」
王弟エドワードが目を輝かせる。
クレメンス・エルドリッジ子爵令息も顔を綻ばせた。
「王都より明るいですよね」
確かに、人々の声も笑顔もどこか陽気だ。
王国民と比べて、侯国の人々は朗らかでおしゃべり好きらしい。果物を山盛りにした屋台の老商人がこちらに手を振ってくると、思わず笑顔で返してしまった。
一行は前日、宮殿で王と王太子の歓待を受け、一夜を過ごした。
そして今日──本格的に留学が始まる。
もっとも「留学」と言っても、侯国の法務局に籍を置き、役人の仕事を間近で見て学ぶことにほかならない。宗教学校以外の学び舎が存在しないこの世界では、それが“学びの場”なのだ。
エドワードには次期特別監察官として、この侯国にも影の目を張り巡らせる任務がある。
潮風に混じる香辛料の匂いを胸いっぱいに吸い込みながらも、背負わされた責務の重さを僕らは意識せずにはいられなかった。
◇◇◇
「そういえば、アウル」
エドワードが馬車の座席で一枚の封筒を取り出した。
見ただけでわかる。アウレリウスの婚約者、王女オクタヴィアの封蝋だ。
「ほら、預かってきたよ」
封を切ると、空色の便箋に流麗な文字が並んでいる。
『学びに勤しむこと。怠けたら承知しないわ』
……それだけか。いや、それだけで十分圧が強い。
アウレリウスは思わず頭を抱えた。
「アウル、読んでよ」
「エド、それはさすがにプライバシーの侵害だ」
「僕の姉君だし、読むなとも言われてない」
「クレメンスは他人だろう」
「私は馬車の壁」
押し切られて読み上げると、エドワードは笑いを堪え、クレメンスは肩を震わせていた。
アウレリウスにとっては皮肉混じりの命令書でしかないが、どうやら彼以外の全員には別の意味が伝わっているらしい。
◇◇◇
馬車が旧ローゼンタール邸に近づくにつれて、街の陽気さはいっそう濃くなっていった。
通りでは吟遊詩人が竪琴を奏で、子どもたちが声を合わせて歌っている。パン屋の軒先からは焼きたての香ばしい匂いが漂い、露店ではスパイスの香りが風に乗って流れてくる。
「なんだか、仕事というより……祭りにでも来たみたいですね」
クレメンスが言い、アウレリウスは内心頷いた。




