17 密談
夜の旧ローゼンタール邸・中庭
涼やかな風が石畳を渡り、噴水の水音が静かに響いていた。
アウレリウスは庭を横切ろうとして、不意に背後から声をかけられた。
「アウル殿、少しお時間をいただけますか?」
振り返ると、月明かりの下にギルベルト・トフィーネが立っていた。いつものように凛とした姿勢、白い歯を見せる柔らかな笑顔。だが、その瞳の奥には、ただ事ではない色が宿っていた。
「トフィーネ卿。……何か?」
ギルベルトは人払いを済ませ、アウレリウスをベンチへと促した。
「殿下の周りに、最近よく現れる女性がいますね」
「……えぇ。研究所のイザベラ嬢でしょう」
「はい。私の部下が気を利かせて調べたところ、どうも彼女の経歴に不自然な点があるようで」
ギルベルトはそこで一度、にこりと笑った。
「私は武人ですからね、文官の彼女に経歴のことを問い詰めるのは柄じゃない。そこで――頭が切れて、観察眼に優れたあなたにお願いしたいのです」
アウレリウスは目を細めた。ギルベルトの声は穏やかだが、その言葉の裏にある緊張感は否応なく伝わってくる。
「つまり……彼女が何者なのか、探れと?」
「ええ。殿下には気づかれないように。万一彼女が敵国の手の者なら、早急に対処が必要ですからね」
ギルベルトは爽やかな笑みを崩さぬまま、低い声で付け加えた。
「殿下の心が傷つくのは忍びないですが……守ることが、我らの役目です」
アウレリウスはしばし黙し、そしてゆっくりと頷いた。
「わかりました。僕が調べます。トフィーネ卿、騎士団の情報網も貸していただけますか」
「もちろん。頼もしいですね、アウル殿」
ギルベルトは立ち上がり、はははといつもの笑い声を響かせた。




